白豚悪役令嬢の妹
「トパーズ、ペリドット、やっとお前達をこの屋敷に呼ぶことが出来た」
そう言って、お父様が笑顔で出迎えてくれた。
新しいお屋敷は信じられないくらい広くて…それだけでもうお姫様になったような気分だ…。
今までのお家でも、生活するのには困らなかったし、このお屋敷のように使用人がいなかったから、自分達で掃除するのには、あの広さで良かったのだけれど…。
でも、これからは掃除も料理も全て他の人がしてくれる。
私はお嬢様と呼ばれる身分になるんだ…。
何よりも、これからはお父様と一緒に暮らせることが一番嬉しい。
私のお母様とお父様は、学生時代、仲の良い恋人同士だった。
でもお母様は平民で、お父様はシルバー侯爵家の跡取りだったから…
両親に結婚を反対され、お父様は政略結婚で無理矢理ゴールド公爵令嬢と結婚させられた…。
それでもお母様のことをあきらめることが出来なかったお父様は、祖父母に隠れてお母様との交際を続け、そして2人の愛の結晶として私が生まれた。
お父様は、正式な家族として私達を公にすることは出来なかったけれど、それでも月の半分はうちに来て、一緒に過ごしてくれた…。
欲しいものは何でも買ってくれたし、お母様が熱を出した時は、お父様も泊まり込んで看病してくれた。
だから私は…自分が婚外子だからといって、不幸と思ったことも恥ずかしいと思ったことも…そんなこと一度もない。
だってお父様の本当の家族は私達だもの。
それでも、いつかは堂々とお父様と一緒に暮らせたら…と願っていた。
そんな私の願いを神様が聞き届けてくれたのか、結婚を反対していた両親が亡くなり、政略で結婚した正妻も流行り病で急逝したため、ようやく私達はお屋敷でお父様と一緒に暮らせることになった。
そして…初めて入ったお屋敷の中で、私はその印象的な少女に出会った。
私と変わらないくらいの年に見えるその少女は、年齢に相応しくない陰気臭い黒のワンピースを着て…真っ白な髪に赤い瞳が不気味だった…。
何よりも特徴的なのは、背が低く子豚のようにまん丸いその体型…。
その姿を見て、私は突然思い出してしまった…。
私の前世を…
~・~・~・~・~
前世の私は、ゲームやアニメが大好きな普通の女子高生だった。
あの時も…大好きな乙女ゲーム『聖ジュエル学園物語』の新作が出たと聞いて、早く家に帰ってゲー厶がしたい!!と注意力散漫に横断歩道を渡っていたところ、曲がり角から急にトラックが飛び出してきて…
たぶん、あの後私はトラックに轢かれて亡くなり…この世界に転生したんだと思う…。
私が大好きな『聖ジュエル学園物語』の世界に…
~・~・~・~・~
私が突然前世を思い出し、ボ~ッとしていた間に、お父様から彼女の説明は終わっていた。
「ルビー、お前の新しい母のトパーズと妹のペリドットだ。ちゃんと言う事を聞いて、仲良くするように」
父の言い付けに、ルビーと呼ばれたその女の子は、信じられないものを見るような目で私達を見た後、無言で2階の自分の部屋へと駆け上がっ
ていった。
「ルビー、待ちなさい!!新しいお母様と妹に挨拶もまともに出来ないのか!?」
お父様の声が聞こえていなかったのか、彼女がこちらを振り返ることはなかった…。
「申し訳ない。あの気味の悪い容姿だけでなく、亡くなった母親に似て性格まで愛想の悪い娘なんだ。
本当なら、すぐにでも追い出したいところだが…あれでも王太子の婚約者だから、嫁ぐまでは面倒を見なくてはいけない。
それも、卒業するまで…あと1年にも満たない期間なので、もう少しの辛抱だ。
我慢してくれるか?」
お父様が労るように、お母様に微笑みかけると…
「大丈夫よ、あなた。今まで何年待ってきたと思っているの?」
お母様も戯けるように笑い返した。
「学校はアレと一緒になるが、ペリドットは大丈夫か?
もし万が一、イジメられるようなことがあれば、すぐに私に言いなさい。
厳しく躾けるから…」
「心配し過ぎよ、お父様。
私だってもう十七歳なんだから、自分のことは自分で出来るわ。
それに、ずっと一人っ子だったから、お姉様って憧れていたの…。
これからはお姉様とも仲良くしていきたいわ…」
心配するお父さんを安心させるように、私は微笑んだ。
実際、私は全然異母姉のことなど怖くなかった…。
だって、私は…『聖ジュエル学園物語』のヒロインですもの…。
~・~・~・~・~
乙女ゲーム『聖ジュエル学園物語』はタイトルの通り、宝石の名前をした登場人物が沢山出てくるゲームだ。
物語の舞台は、王国の貴族が通う聖ジュエル学園で、貴族になったばかりの主人公ペリドットが、様々なイベントを通して攻略対象と仲良くなり、恋をする。
途中、ルートによってそれぞれの悪役令嬢から意地悪されたり、妨害されたりするのだけれど…
それを乗り越え、最終的にハッピーエンドだと攻略対象と結ばれ結婚する。
バッドエンドの場合は、途中で学園を退学になり、平民に戻るか修道院に入るか…全年齢用のゲームなので、そんなに酷い結末では無かったはず…。
それぞれのルートに出てくる、ライバルとなる悪役令嬢達の末路も、もう少し条件の落ちる他の人に嫁ぐとか、平民落ちとか…そんなに残酷なザマァは無かった…。
ただ、異母姉の末路だけが特殊で…貴族籍を抜かれ、修道院に向かう途中で何者かに襲われ行方知れずになる…とか、国外追放になり、その後彼女の姿を見たものはいない…とか、行方知れずのバッドエンドばかりなのよね…。
そもそも、他の悪役令嬢達はみんなライバルを任されるだけあって、爵位も容姿も優れた者ばかりなのに、王太子の婚約者であるラスボス的な異母姉だけが異質だ…。
家柄だけは、父親は侯爵で母親は公爵家出身だし…王家と隣国皇帝の血をひく高貴な血筋ではあるけれど…
何せ、本人の見た目に問題がある…。
異母姉の母親のタンザナイト様は、前国王弟と隣国皇妹の娘で、その容姿は皇帝一族に多い金髪に青紫色の瞳のゴージャス美人。
可愛い系が好きなお父様の好みではなかっただけで、社交界の華としては有名だった。
一方、姉は…絶世の美女の母親にも、美丈夫として知られるお父様にも全く似ることがなく…髪の色も瞳の色も全然異なる、白髪に赤瞳。
オマケにチビでデブ…。
そのせいで、生まれた時は浮気を疑われたそうだ…。
当時の状況的に浮気はあり得ないだろう…と却下されたけれど…。
それもお父様の心が異母姉や亡き妻から離れた原因の一つではある…。
(ゲームの中でお父様が昔の話をする時に、そう語るシーンがあった)
そんな理由で…ライバルの悪役令嬢が最初から攻略対象に嫌われているので…
このゲーム、実はメインヒーローであるはずの王太子が一番攻略しやすい。
ゲーム初心者に優しい設定にしたのかな?
王太子としては、たまたま同年代で一番身分の高い異母姉と婚約しただけで、何の思い入れもないのだから…同じ侯爵令嬢なら性格も見た目も良い異母妹の方がいいに決まっている。
ちなみに私は母譲りのピンク色の髪に父譲りの薄緑色の瞳だ。
攻略対象はメインヒーローであるサファイア王太子(異母姉の婚約者)、王太子の側近で宰相の息子であるアメジスト侯爵令息、騎士団長の息子であるエメラルド侯爵令息、王太子を攻略し、王太子の婚約者となると妃教育をしてくれる先生として現れる隠し攻略対象のダイヤ王弟殿下。
私の推しは、このダイヤ王弟殿下だ。
ルートに入るまでは、すれ違っても綺麗に作られた笑顔で挨拶してくれるだけなのが、ルートに入り攻略が進んで行くと感情のこもった表情が見られるようになり、攻略できたら溺愛ルートに変わる…。
この国の王族は、みんな惚れた相手に一途で執着が強いのが特徴なので、別名ヤンデレルートとも呼ばれている。
残念ながらダイヤ王弟殿下ルートはとても難易度が高く、生前の私はクリアできず王太子ルート止まりだった…。
せっかく『聖ジュエル』の世界に転生してヒロインになったのだから、今世では是非ともダイヤ王弟殿下を攻略したい!!
逆ハーレムルートと言うのもあるけれど…私はそんなに器用な性格ではないので、まずは王太子に的を絞り、王太子の婚約者の座を射止め…隠しルートを開こうと思う。
このゲームの登場人物は、大体名前の宝石と瞳の色がリンクしている。
ヒロインである私の名前は、ペリドット・シルバー侯爵令嬢。
名前の通り、大きく澄んだ薄緑色の瞳にやわらかくフワフワなピンク色の髪は、肩にかかるくらい。
自分で言うのも何だけれど…主人公なので割と可愛い顔をしている。
でもお人形のような整った顔ではなく、親しみやすい感じの可愛い系だ。
学園に上がるまでは下町で育ったため、身分などにとらわれず、誰にでも気さくに話しかける優しくて明るい女の子。
悪役令嬢である異母姉のルビー・シルバー侯爵令嬢は白髪に赤い瞳。
背が低く、丸い…。
美女と美丈夫の娘なので、素材は良いはずなんだけれど…肉に埋もれていてよく分からない。陰では白豚令嬢と言われている…。
ゲームの設定では、高い身分と王太子の婚約者ということを鼻にかけ、身分の低い者や、異母妹を虐げる悪役令嬢ということになっているけれど…
実際には妃教育のため、ほとんど学園には登校していないし、ずっと部屋に籠もりきりなので、同じ屋敷に住んでいるはずの私と顔を合わせることもほとんどない…。
妃教育は何故か王宮ではなく、うちで行われているため、一度講師として通うダイヤ王弟殿下を待ち伏せして、会うことはできたのだけれど…作り物の笑顔で挨拶されたただけだった…。
でも生の王弟殿下はとても格好良くて、絶対攻略しよう!!と改めて思った。
攻略対象その1 サファイア・プラチナ王太子。白金色の巻き毛に、濃い青い瞳の優しい顔をしたイケメン。
幼い頃から婚約者のルビーの我儘さと陰湿さに辟易している。
そしてそこに現れた誰にも気さくで明るい異母妹のペリドットに次第に惹かれていく。
卒業パーティーの席で、ルビーの今までの悪行を暴露し婚約破棄を告げ、代わりに異母妹のペリドットを王太子妃にすることを宣言する。
攻略対象その2 アメジスト・イリジウム侯爵令息は、サファイアの側近で宰相の嫡男。
学年1位の秀才で、緩くまとめた腰まである銀髪に紫色の瞳を持つ。
たまたま図書館で勉強していたペリドットにアドバイスをして、『凄い教えるのが上手だね。きっと一生懸命勉強して学んで分かるようになった人だから、そんなに教えるのが上手なんだね』
と言われ、今まで勉強が出来るのが当然と思われていたのに、自分の努力に気づいてくれた…とペリドットを気に掛けるようになる。
攻略対象その3 エメラルド・チタン侯爵令息。燃えるような赤い髪に深い緑の瞳。
チタン侯爵家は代々騎士の家系で、父親は騎士団長を務める。
父の跡を継いで騎士の道に進むが、自分よりも一つ年下の弟の方が剣筋があり団長に向いているのではないか?と悩んでいた…。
ペリドットが、ルビーの仕掛けた破落戸に襲われていたところを助けて、
『あなたのお陰で私は助かったの。他の誰でもない、あなたが助けてくれたから、私はこうして今も笑っていられるのよ』と言われ、悩みを断ち切り、彼女を守るためにも騎士の道に進もうと改めて誓う。
隠れ攻略対象 ダイヤ・プラチナ王弟殿下。
白金色の短髪に、銀色の瞳の王子様。
サファイア王太子の叔父に当たる。
王様の年の離れた異母弟のため、サファイアとは5歳差。ルビーの母のタンザナイトは従姉になる。ゆくゆくは公爵位をもらい、王室から出る予定。
サファイア王太子を攻略して王太子の婚約者となってからでないと、攻略できない。
攻略対象の中でも、もっとも難易度が高い人物。なかなか心を通わせることが難しいけれど、攻略できたら重いくらいの愛を捧げられる。
異母姉のルビーは設定からかなり外れていたけれど…
ゲームの予定調和なのか…結果として私は王太子妃になった。
~・~・~・~・~
王太子と異母姉の卒業式を一ヶ月後に控えていたけれど…あまりにも異母姉が学園に来ないためイベントが全然起きず、攻略は全く進んでいなかった…。
なんと…異母姉は妃教育の中で、すでに学園卒業に必要な課程を履修済みのため、わざわざ学園に行く必要がなかったからだ…。
こんな設定、ゲームの中ではなかったのに…
ちゃんとゲームのヒロインを意識し行動していたので、攻略対象全員から好印象は持たれていたけれど…誰とも恋愛には発展していない…。
攻略対象達は全員1つ年上の三年生なので、一ヶ月後には卒業する。
『聖ジュエル』は学園が舞台のゲームだから、このまま誰も攻略できずに彼らが卒業してしまったら…攻略失敗のバッドエンドになってしまうかもしれない…
ここまであまりにもゲームのあらすじから外れてきているので、バッドエンドもゲームと同じ緩い結末とは限らない…。
私はその不確かな未来に怯えていた。
そんな時に、異母姉が卒業の手続きのため、学園に来るとの情報を仕入れた。
せめて婚約破棄の引き金になる、階段落ちだけでもクリアしようと思った私は、姉が職員室を出て、階段の踊り場に差し掛かるタイミングを見計らって声を掛けた。
他の人達の注目を集めるため、できるだけ大きな声で…
「お姉様!!」
大声で呼ばれた異母姉は、迷惑そうにこちらをチラッと振り向いたけれど、何もなかったように前に進もうとした。
「待って、お姉様…。私の話を聞いてください!!」
そろそろ私の声を聞いて、何事かと人が集まってくるはず…。普段仲が良いとは言えない異母姉妹のもめ事なんて…格好の噂のネタだから…
後は、人が集まってくるタイミングで叫びながら階段を落ちれば良い…。
大丈夫、怪我をせず大袈裟に見せる落ち方は、ちゃんと練習済みだ…。
「何のご用?」
初めて聞く異母姉の声は思いのほか、澄んだ美しい声だった…。
一瞬思っていた声と違い、驚いて言葉が出てこなくなったけれど…
人が集まるにはもう少し時間が必要だから、話を続けないと…。
「もう…サフィ様を解放してあげてください。あの方はお姉様を愛していません!!」
「あなたは…王太子殿下に愛称で呼ぶことを許されているのですか?」
異母姉を怒らせるために、普段呼んだこともない愛称で呼んでみたけれど…嫉妬と言うよりは、不可解な言葉を聞いたような表情をされた。
「サフィ様は、私の髪と瞳の色を褒めてくれました」
許されてなどいないので、話をすり替えたけれど…髪と瞳の色を褒められたのは本当だ。
「そう…」
異母姉はまだ何かしっくりこないといった顔をしていた…。
そろそろ人が集まる足音が聞こえてきた。落ちるなら、今だ!!
「キャーッ!!お姉様、やめてください!!」
私はいきなり叫ぶと、準備していた通り、階段から落ちようとした。
でも何も知らない異母姉は、驚いて私の手を掴んで救い上げようとして…
そのままバランスを崩し、階段を転がり落ちた。
丸い体だったから…それはコロコロと落ちた。
対する私は、咄嗟に手摺を掴んでしまい、一切ケガをすることなく、落ちた異母姉を上から見つめていた…。
そこに野次馬達が集まってきて…
階下の異母姉は頭から血を流し倒れていて、起き上がる様子が見られない。
踊り場にいる私は、ケガ一つない状態で青褪めた顔をして異母姉を見つめている…。
『詰んだ…』
その後、異母姉は何故か学園にいたダイヤ王弟殿下に運ばれ、王宮で療養することになった。
私は、事情を聴かれた後、事故だったと解放されたけれど、異母姉が家に戻ってくることはなく…
一ヶ月後父と一緒に王宮に呼ばれた。
謁見の間には、何故かダイヤ王弟殿下だけがいた。
「ルビーはどうしてますか?」
一応王太子の婚約者である異母姉が、怪我をした状態で王宮に留め置かれているので、父は様子を伺った。
「まだ意識が戻らない。傷跡も残ってしまったし…このまま彼女が王太子妃を務めるのは難しいだろう…」
何故か、そう告げたのもダイヤ王弟殿下だった…。
「故意ではなかったと思うけれど…君を助けようとして、ルビーは王太子妃にはなれない体になった…。
でも、今さら他家から王太子の婚約者を出すのも難しいし…君には、その責任を取る必要があるんじゃないかな?」
問い掛けるように話ししているけれど…王弟殿下にそう言われて断れるわけがない。
もとより王太子の婚約者となり、ダイヤ王弟殿下ルートを開くのが目的だったので…
「私に務まるでしょうか?私はお姉様のように、王太子妃に相応しい教育を受けていません。
私もお姉様のように、王弟殿下に教育をしていただけるのでしょうか?」
私は期待を込めた眼差しで、ダイヤ王弟殿下を見つめた。
「申し訳ないが、私は責任を取ってルビーを娶り、王宮を離れるつもりだ。
既に王太子妃教育を終えているルビーは、門外不出の王家の秘密も知ってしまっているから、王室から出すことは出来ない…。
婚姻後は、辺境の領地に移り住むので講師はできないな…」
王弟殿下は、ちっとも申し訳なさを感じさせない、いい笑顔でそう応えた。
そんな…それでは、何のために王太子を攻略したのか分からない…。
「詳しいことは…シルバー侯爵は王と話ししてくれ。
君はサファイアが奥の部屋で待っているから、彼から聞いて。
では、私は所用があるので…」
言いたいことだけを告げ、去ろうとする王弟殿下をお父様が焦って止める。
「お待ちください、王弟殿下。
ルビーは今、どのような状態なのでしょうか?一度娘に会うことは出来ませんか?」
「そんな今さら普通の父親のように、気づかうフリをする必要はない。
今までのように、ルビーには無関心で…。
これから彼女のことは、全て私が世話するので、心配しなくともよい」
王弟殿下は終始微笑みをたたえたまま、お父様に何も言わせることなく、そのまま謁見の間を後にした…。
その後、私達はそれぞれ衛兵に先導され、私はサファイア王子が待つお部屋へ、お父様は王が居られる執務室へと連れて行かれた…。
奥の間には…サファイア王太子だけでなく、攻略対象である側近の二人…それに何故か今まで学園でも見かけたことのない妖艶な赤髪の美女がいた…。
「ようこそ、ペリドット。君はこちらに腰掛けて」
サファイア王太子が指差したのは、王太子の前の席で、王太子の横には何故か妖艶な美女が座っている…。
そして側近の二人は、王太子の後ろに立っていた。
何だか落ち着かないけれど、言われるまま席に着き、彼らを見ていると…妖艶な美女の面差しが側近のエメラルドに似ていることに気がついた。
「叔父上から聞いたと思うけれど、私の婚約者がルビーから君に変更された」
サファイア王太子は通達事項を述べるように、その旨を伝えた。
「承知いたしました」
私はその読めない空気に、どう返すのが正解か分からず、とりあえず短く返答する。
「君にも紹介しておこう。彼女はアレキサンドライト。
エメラルドの異母姉で…私の最愛だ」
そう言ってサファイア王太子は隣にいる女性の髪を撫ぜながら、慈しむように微笑んだ。
最愛…?どういうこと…?
「彼女はエメラルドの異母姉で、私達4人は子供の頃からの幼馴染なんだ。
けれど…彼女の母親は平民でね…。
そこは君と同じだけれど…エメラルドのところは第一夫人が健在だから、あくまでも彼女は侯爵の庶子。
身分は平民で…王太子妃には成れない…」
目の前の2人は、まるで悲恋の恋人同士のように見つめ合った。
「王太子である私には、ルビーという高貴な血筋の婚約者が据えられたけれど…私はどうしてもサンドラをあきらめることが出来なくてね…。
幸い、叔父上が私達の恋を応援してくれたから、私はこうやって王宮で最愛のサンドラと暮らすことができたんだ…」
笑顔で語る、サファイア王太子の言っていることが、よく理解できない。
でも二人の側近の様子を見ると、これはみんなが承知していることのようだ…。
「王太子妃がルビーだと、もし私達の間に生まれた子がサンドラの色を持って生まれたら…私ともルビーとも色味が違うから、公に出来ない…でも君なら…」
そう言われて、改めてアレクサンドライトを見る…。
燃えるような赤い髪に、森の中の泉のような深い緑の瞳…。
私はピンク色の髪に、薄緑色の瞳…。
「子供に、彼女の赤や緑が出てきても、王太子妃が君なら…まだ誤魔化せる…」
「・・・・」
彼らの考えていることがやっと理解でき、私は絶句した…。
だから、サファイア王太子は、私の髪と瞳の色を褒めてくれたの…?
「そもそも、ルビーと婚約したままだったら、そのうち私は消されていたからね…」
サファイア王太子は困ったという顔をして、物騒なことを呟いた。
「王太子を消すなんて…」
思わず信じられないと言葉がこぼれる…
「君は分かっていないようだけれど、この国で一番恐ろしいのは叔父上だよ。
今では暗部の者達も、叔父上の命令で動く。
私が王太子として生き残れているのは、叔父上が王位に興味がないのと、一応甥として愛情を持ってくれているからだ。
それでも彼の最愛を傷つけるようなことがあれば、容赦しないと思うけれど…」
そう聞いて、私は恐怖した。
すでに私は異母姉にケガを負わせてしまっている…。
「安心して…君が彼女を階段から落としたことは、今回君が王太子妃を引き受けることで、渋々だけどなかったことにしてくれるそうだから…あっ、でも私のことを愛称で呼ぶのは止めてね。
それはサンドラにだけ許した呼び方だから…」
全てバレている…。
私にこの話を断る道は、残されていなかった…。
~・~・~・~・~
「ようやく君を手に入れることができた」
ダイヤは、目の前で眠る、雪の妖精のように美しい少女を愛しげに見つめた。
そこには、もう白豚といわれた面影は少しも残っておらず、ガラス細工のように繊細で壊れそうな儚さを持つ白髪の美しい少女がいるだけ。
その姿は、まさに白豚というよりは、白ウサギの呼び名が相応しい…。
初めてダイヤがルビーに会ったのは、彼女が5歳…ダイヤが10歳の時だった。
甥の婚約者として紹介された彼女を見た瞬間、すぐに分かった…彼女が私の最愛だと…。
あの頃の彼女は両親に育児放棄され、服こそ上等のものを着せられていたけれど…それは彼女の細すぎる体に合っておらず、王太子の婚約者としての体裁をつくろうために着せられた感が見え見えだった。
10歳にして既に学園卒業に必要な課程はもちろん、様々な分野の専門知識も身につけていたので、私は自らルビーの妃教育の講師を買ってでた。
私に甘い兄は、私の我儘を許してくれた。
それは家族として弟に甘いということもあったけれど…潜在意識的に私に歯向かってはいけないという思いもあったのだろう…。
私は狂王と呼ばれた父によく似ていたから…。
父は、今の兄の齢と同じ50を前にして、最愛を見つけた…。
それはまだ年端も行かぬ…幼い…小国の王女だった。
私と同じ、銀の瞳をした愛らしい姫だったそうだ…。
それまでの父は真面目に国を治め、賢王と呼ばれる人だったのに…恋は人を狂わせた。
父はその王女を手に入れるために、無益な戦いを起こし、小国を一つ滅ぼした。
その後母は、父をずっと憎んだまま私を産み落として亡くなった。
父もその後を追うように亡くなったと聞く…。
生まれてすぐに両親を亡くし、愛されることなく育った私を兄は憐れんで可愛がってくれた。
でも…いつからだろう?兄が私を見る目に怯えが見えるようになったのわ…。
私は父のように最愛に嫌われることなく、囲い込むため策を練った。
父は母を《《銀の小鳥》》と言っていたそうだが、私は彼女を私の可愛い《《白ウサギ》》と呼んでいる。
白くて小さくて、その真っ赤な瞳を潤ませながらも口さがない大人達に立ち向かい、プルプルと震えている。
その姿のいじらしいこと…愛らしいこと…。
私は、まずそんな彼女を他の誰にも見せないために、妃教育は彼女の屋敷で行うことにした。
王宮の魑魅魍魎になど見せてやらない…。
それから彼女の愛らしさを隠すために、子豚に見える幻影魔法を掛けた。
毎日少しずつ…誰もその変化に気付かないようにちょっとずつ変えていった。
たぶん私より魔力のある者が見れば、彼女本来の姿が見えたのであろうけれど…この国に私より魔力量のある者はいない。
元々王家には魔力量が豊かな人間が多いため、甥のサファイアにも多少、白ウサギの愛らしさが見えてしまったかもしれないが…彼にも最愛がいるので問題ないだろう…。
今頃、兄がシルバー侯爵に私とサファイア双方の婚姻の話をつけてくれている…。
あのピンクの道化師は知らなかったようだが…サファイアに最愛がいることは、社交界では有名だった。
もちろんシルバー侯爵もそのことを知ったうえで、ルビーをお飾りの正妃にして王家に恩を売り、甘い蜜を吸うつもりだったのが有り有りとわかった。
だから…自分の可愛い娘を王太子妃になどしたくなかったことだろう…。
でも、彼も断ることは出来ないだろう…何故なら、妻のタンザナイトは流行り病など患っていなかったのだから…
彼女が患っていたのは、単なる季節の変わり目の風邪だった…それが何故か重篤化し、帰らぬ人となった…。
私はただ…変身魔法で老婆を装い、シルバー侯爵にそういう薬の存在を仄めかしただけ…
侯爵は上手く購入ルートを隠したようだけれど…そんなもの私の手に掛かれば、すぐ裏付を取れる。
思い通りタンザナイトが亡くなり、愛人達と暮らせるのが余程嬉しかったのだろう…。
あの愚者は、まだ葬儀が終わって幾日も経たないうちに、愛人母娘を屋敷に連れ込んだ。
例え愛されなかったといえど、ルビーにとってはたった1人の母親なのに…。
まだ悲しみにくれ、喪に服していた彼女の前に、あの空気を読めない愚か者達が現れた時…繊細な彼女がどんなに傷ついたことか…。
それだけでも万死に値するが…まあゴミにはゴミなりに使い道がある。
せいぜい私の白ウサギを隠すためのカモフラージュになってもらおう…。
王はきっと上手い具合にやってくれるだろう…。
もうすぐ私の白ウサギの目が覚める。
サファイアの方の結婚が片付いたら、私達も城を出よう。
彼女を傷つける者がいない場所で、彼女が好きな青いネモフィラの花に囲まれて…2人きりで暮らそう。
彼女は許してくれるだろうか?
気付かないうちに、彼女を取り巻く全てから切り離し、閉じ込めた私を…
《青いネモフィラの花言葉》
あなたを許します
お読みいただきありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。
このお話はアルファポリス様にも投稿しております。