第8話 衝撃のカノジョ宣言
「あ! 颯太様〜」
そして次の瞬間、いつもの調子で呼びかけてくるセリアに対して、猛烈な焦りが生じていた。クラス中の視線が俺に集中する中、俺は頭を抱えたくなるのを必死でこらえていた。
「えっ? 有村の知り合い?」
「てゆーか、なんで様付け??」
「二人はどんな関係?」
教室中にクエスチョンマークが飛び交っている。そして、皆の視線が物珍しい転校生にではなく、俺に集中してしまっている。特に女子生徒たちは、好奇心と疑念が入り混じった視線を俺に向けていた。
理人は俺の顔を覗き込むようにして、「おい、本当に知り合いなのか?」と小声で聞いてきた。誠悟も珍しく興味深そうな表情で俺を見ている。
「ん? 有村の知り合いか?」
橘も驚いた表情で俺を見つめている。平常心を装っているが、その視線には明らかに疑問と好奇心が混ざっている。
「ちょうど有村の隣の席が空いてるから、そこに座って。有村、知り合いなら学校を案内してやってくれ」
橘は特に追及せず、実務的な指示だけを出した。でも俺には、橘の目が「後で詳しく聞かせてもらうからな」と言っているように見えた。
「……え? あ、はい」
橘の言葉に、俺は呆然としながら頷いていた。
「じゃあホームルームを終わるぞ〜。一限目は移動教室だから早く行けよ〜」
そう言って、橘は教室を後にした。俺はまだ現実を受け入れられずにいたが、セリアは何事もなかったかのように、俺の隣の席へと歩み寄ってきた。
セリアは俺の隣の席に座ると、笑顔で「これからよろしくお願いします、颯太様」と言った。その自然な様子に、俺はさらに混乱した。
そんなセリアに対して、俺は思わず立ち上がった。
「セリア、ちょっとこっち来い」
俺の声は少し震えていた。周囲のクラスメイトたちが、二人の様子を興味津々で見守る中、セリアは何も知らないかのように応じる。
「はい。颯太様なんでしょう?」
俺はセリアの腕を軽く引いて、教室の隅へと連れていく。他の生徒たちの視線から少しでも離れようとしたが、すでに教室全体が俺たちの一挙手一投足を見守っていた。こういう時に限って、みんなの注目度が異常に高い。
「言いたいことが山ほどあるが、とりあえずその颯太様って呼び方を学校ではやめろ!」
俺は小声ながらも強い調子でセリアに言い聞かせる。その表情には困惑と焦りが入り混じっていた。
「何故ですか?」
セリアは首を傾げ、無邪気な表情で尋ねる。その純粋さが、状況をさらに複雑にしていることに気づいていないようだ。
「何故もへったくれもない! とりあえず君呼びにしろ」
俺は歯を食いしばりながら言った。セリアの存在そのものに対する疑問は山ほどあるが、今はとりあえず、目の前の問題を一つずつ解決するしかない。
何となく様子を伺っていたクラスメイトたちが俺とセリアに近づく。教室の隅といえど、すでに俺たちは注目の的となっていた。特に男子生徒たちは、新しい美少女転校生と俺の関係に興味津々だった。
「おい颯太! こんな可愛い子が知り合いにいたのかよ?」
群衆の中で、理人が先陣を切った。彼は肘で俺の脇腹を軽くつつきながら、からかうような視線を送っている。その表情には明らかに羨望の色が浮かんでいた。
「しかもめちゃくちゃ美人じゃん。どこで知り合ったんだよ?」
理人の質問に、俺は答えに窮した。まさか「家にボディーガード兼メイドとしてやってきた」なんて言えるわけがない。そもそも、それ自体が信じてもらえる話ではない。
俺が何と答えるべきか考えあぐねていると、セリアが俺の前に立ち、クラスメイトたちに向かって堂々と宣言した。
「知り合いではありません。私は颯太君のカノジョです」
その言葉に教室全体が静まり返った。時が止まったかのような静寂が教室を包む。一瞬の沈黙の後――
「……え?」
俺の驚きの声がまず上がり、続いて――
「えぇーーーー!!!!」
セリアの言葉に驚いて、つい零れた俺の声が、群衆の大声にかき消された。女子生徒たちは口を押さえて驚きの声を上げ、男子生徒たちは嫉妬と驚愕の混ざった表情で俺を見つめていた。
教室が大混乱に陥った。女子生徒たちの中には「えー、有村くんに彼女がいたの?」「全然知らなかった」「いつから付き合ってるの?」といった声が飛び交い、男子生徒たちからは「マジかよ」「羨ましすぎる」「どうやって口説いたんだ」といった声が聞こえてきた。
「……え? ちょっと! セリアさん?」
俺が慌てて弁解しようとするが、すでに教室は大騒ぎとなっていた。特に理人は激しく動揺している様子で、
「颯太テメー! 本当は彼女持ちだったんだな!! しかもこんな美人と!」
理人が拳を握りしめながら、ワナワナと震えている。彼の表情には本気の怒りと羨望が混ざっていた。俺たち三人は長い付き合いだが、こんなに理人が動揺しているのを見るのは初めてだ。
口数の少ない誠悟も、口では何も言わないものの、心なしか鋭い視線を俺に送っているように見える。普段はクールな彼の眉間にも、かすかな皺が寄っていた。
「待ってくれ! 誤解だって。俺とセリアは付き合ってねぇよ」
俺は必死に状況を説明しようとするが、クラスメイトたちの興奮は収まる気配がなかった。
「嘘つけ! じゃあ、なんで親しげに呼び捨てで呼んでるんだよ?」
理人の追及に、俺は言葉につまる。確かに、つい先ほどまで「セリア」と呼び捨てにしていたことは否定できない。
「ええっと、それはだな〜……」
答えに窮する俺の表情が、さらに周囲の疑惑を深めていく。俺の歯切れの悪い答えが、逆に「やっぱり付き合ってる」という印象を強めてしまっているようだった。
「ほら、やっぱり付き合ってるんじゃねえか!」
理人の追及はなかなか止む気配がなかった。他のクラスメイトたちもセリアに対して「本当に付き合ってるの?」とか、「いつから?」とか、二人の関係性を問いただす質問を投げかけていたが、その全てにセリアは笑顔で「ハイ!」と答えていた。その堂々とした態度に、疑う余地はないように見えた。
「付き合い始めて一ヶ月になります」
セリアが具体的な期間まで答えると、教室がさらにざわついた。確かにセリアが俺の家に来たのは一ヶ月前だが、それは付き合い始めた時期じゃない!
特に女子生徒たちの中には、「有村くんに彼女がいたなんて……」と落胆する声も聞こえ、俺はより一層パニックに陥っていく。今まで特に意識されたことのなかった俺が、急にこんな注目を浴びるなんて。
「颯太くんは優しくて、毎日一緒にいても飽きません」
セリアが恥ずかしそうに頬を染めながら答える姿に、男子生徒たちからため息が漏れた。完全に恋人同士の雰囲気を醸し出している。
俺は、セリアとクラスメイトたちのやり取りを間近で見て、途方にくれていたが、ふと廊下の方から視線を感じていた。何か冷たく、鋭い視線。それは明らかに敵意を含んだものだった。
教室のドアの隙間から、誰かが二人を見つめている気配がした。その視線に思わず身震いする俺。背筋がゾクッとして、嫌な予感が頭をよぎった。
「高峰セリア……ね。絶対に許さない」
かすかに聞こえてきた声に、俺は背筋に冷たいものを感じた。その声には明らかな悪意が込められていた。一体誰なんだ? セリアを知っている人間がこの学校にいるのか?
俺がハッとしながら廊下に視線を移すと、そこには誰もいなかった。しかし、確かに誰かがいた気配はする。人影が素早く消えたような感じがした。
セリアの登場によって、何か見えない力が動き始めたような不吉な予感が俺の心をよぎった。彼女の存在自体が異常なんだから、敵もいて当然なのかもしれない。
「おいセリア! 今なんか廊下の方から視線を感じなかったか?」
俺が不安げに尋ねると、セリアは穏やかな笑顔のまま首を振った。
「……そうですかね? 私は気付きませんでしたが。転校初日ですし、注目されてしまってるんじゃないですかね?」
その言葉には何の疑念も感じられない。だが俺には、セリアが何かを隠しているように思えた。あの敵意のこもった視線の正体を、彼女は知っているのではないか?
その注目の原因は誰にあるのか、と俺は言及したかったが、不毛なやり取りになることが明白だったので、言葉を飲み込んでいた。今はこの場を収拾することの方が重要だ。
理人と誠悟は依然として複雑な表情で俺を見ていたが、チャイムが鳴り、一時的に騒ぎは収まった。授業の始まりを告げるチャイムが、俺には救いの鐘のように聞こえた。
「……とりあえず、一限目美術だし、美術室に行くか」
俺は話題を変えるように提案する。まずはこの場を離れて、セリアと二人きりで話をしなければならない。そして何より、教室の外で感じた異様な気配の正体を確かめたかった。
「そうですね。ですが颯太君、私、今日転校してきたばかりなので、どこになにがあるか全然わかりません。案内をお願いします」
セリアは無邪気な笑顔で腕を組もうとする。その仕草に、教室内から再び騒がしい声が上がった。
「うわ、マジで付き合ってる感じだ」
「羨ましすぎる」
「颯太め、隠してやがったな」
俺は天井を見上げ、深いため息をついた。
今日一日どころか、これからの学校生活が、とんでもなく長く感じられそうだった。そして何より、あの廊下から感じた敵意の正体が気になって仕方がなかった。
セリアが学校に現れたことで、俺の平和な日常は完全に崩壊してしまった。でも、これはまだ始まりに過ぎないような気がする。
もっと大きな何かが、俺たちを待ち受けているような予感がしてならなかった。