第5話 掃除機大暴走! そして予言的中
セリアは掃除機を両手で握り、あっという間に分解し、再構築してしまった。
だが、少し前とは違う形状になっていた。
「直りました!」
セリアが一人で誇らしげになりながら言う。
「この時代の掃除機ではフローリングの隙間の埃までは綺麗に取れないので、少し吸引力を上げた掃除機バージョン2.0です!」
そう言ってセリアはスイッチを押した。
「それではスイッチスタート!」
次の瞬間――
ゴゴゴゴゴゴゴ!!!
掃除機からとてつもない轟音が鳴り響いた。
そして家の中にある、ありとあらゆる物を吸い取り始めたのだ!
食器やカーペットはおろか、テレビや冷蔵庫、果てはドアまで吸い取ってしまう。壁紙も剥がれてボロボロになってしまった。
「ちょ、ちょっと待って! 止まって!」
慌ててスイッチを切ったセリアだったが、時すでに遅し。
掃除機の中に入らない大きさの物は、スイッチを止めた途端、床に落ちてその場に散乱した。朝洗った食器、先程取り込んだ洗濯物、大型家具の数々が、まるでハリケーンにでも襲われたかのようにグチャグチャになってしまった。
「どどど、どうしましょう!」
セリアが青ざめて立ち尽くす。
「少しだけ吸引力を上げたつもりが……朝洗った食器が割れて床に……ドアも掃除機に吸われて壁から剥がれてボロボロに……洗濯物は先程取り込んだばかりなのにそこら中に散乱して……」
セリアはその場の惨状を正確に描写しながら口から発していた。それと同時に、酷く申し訳ない気持ちに襲われていた。
颯太のためにこの時代にやってきたのに、颯太に多大な迷惑をかけている。
「私はどうしましょう……」
セリアがしばらく呆然としていると、少し焦った様子でこの場に駆けつける人の気配を感じた。
「ただいまー。今さっきなんかすごいでかい音がしたんだけど、セリア大丈夫……」
帰ってきた颯太が言い終わる前に、セリアが深々と頭を下げた。
「颯太様、申し訳ございません……」
そんなセリアに対して、颯太は――
「セリア大丈夫? 怪我は? もしかして俺を狙ってる悪い奴らに襲われたのか?」
セリアは驚いた。
颯太が、家の惨状よりも先に自分の身を案じてくれたから。
「颯太様、私は大丈夫です。襲われてはいませんが、家が私のせいでメチャクチャになってしまいました。本当にすみません」
「ん? どういうこと?」
颯太はシンプルに尋ねた。
「私がこの掃除機を勝手に直したからこうなってしまったんです」
セリアは事の顛末を正直に答えた。掃除機を分解し吸引力を上げた上で再構築したこと。そうしたらスイッチを入れた途端、家中のありとあらゆる物を吸い取ってしまい、家がめちゃくちゃになってしまったこと。
強く叱責されることも覚悟していた。
しかし、颯太の反応は意外なものだった。
「なるほど。そういえばあの掃除機、壊れてたんだけど買い替えるのを忘れてずっと家に置いてたんだよ。逆にごめんね」
颯太が頭をかく。
「でもセリアに怪我がなくてよかったよ。ガラス片踏むと危ないから靴持ってくるね」
セリアは絶句してしまった。
家をめちゃくちゃにしてしまったにもかかわらず、逆に謝罪をされたことが、あまりにも理解不能すぎて何も考えることができなくなってしまっていた。
「よし! 靴も履いたし、割れた食器とか片付けるか」
「…………」
「おーい、セリアー!」
「あっ、はっはい!」
颯太の言葉に促されて、セリアは颯太と共に部屋の片付けを始めた。
「これ集めたはいいものの、どうやって捨てようか?」
「颯太様、完璧に元通りの状態に戻せるわけではありませんが、合成を使えば同じ形の食器、家具を作り直すことはできます……」
セリアの言葉に、颯太は顔をパァーッと明るくさせながら返事をした。
「そうじゃん! その能力使えばこの家も元通りになるじゃん! セリア、ナイス!」
元はといえば自分が招いたことなのに、颯太は何故か肯定的な言葉ばかりを自分に投げかけてくれている。
そのことを不思議に思いながらも、セリアは自分のミスをリカバリーするよう努めた。
「それではまずは食器からいきますね」
そう言うとセリアは集めた破片を両手で触り、まずは食器をほぼ同じ形で直してしまった。次いで、壁紙と小型家具、さらに大型家具、最後にドアもほぼ元通りの形と位置にしっかりと直した。
「いくら直せるからといっても、壊してしまって本当に申し訳ありませんでした」
セリアが心底申し訳なさそうに、再度颯太に謝罪した。
「だから大丈夫だってば」
颯太が屈託のない笑顔で答える。
「本当にセリアに怪我がなくて安心したよ。家も元通りになったし一件落着ってことで……なんかホッとしたらお腹空いてきたな」
そんな颯太に、セリアもつい笑顔になってしまう。
「でも、どうして急に学校から戻ってきたんですか?」
セリアは急に思い出したように尋ねた。
颯太はハッとした表情を見せると、セリアに向き直った。
「そうだ! それで帰ってきたんだった。セリアの言った通りになったんだよ!」
「え?」
「理科室で爆発があったんだ!」
セリアは目を見開いた。予言が的中したことより、何か他のことを気にしているような表情だった。
「颯太様は無事なんですね? 理科室には近づかなかったんですよね?」
「ああ、言われた通り校庭にいたよ。でも、音がすごくてビックリしたんだ」
颯太は昼休み、約束通り校庭にいた。友達と弁当を食べながらのんびりしていると、突然、校舎から大きな音が聞こえた。それは間違いなく爆発音だった。
しばらくして分かったことは、三年生の理科室で実験中に小さな爆発が起き、窓ガラスが割れたものの、幸い怪我人はいなかったということ。
まさにセリアの言った通りの出来事だった。
「それで、先生たちが『今日の授業は中止』って言って、みんな帰されたんだ。だから俺も帰ってきた」
颯太の説明を聞きながら、セリアは安堵の表情を浮かべた。
「颯太様が無事でなによりです。これで私の言葉を信じていただけましたか?」
「ああ、信じるよ。でも、それはつまり……」
颯太は言葉を詰まらせた。
自分が死ぬ運命にあるということを、完全に受け入れなければならないという現実。
「はい、私が言ったとおり、颯太様は近い未来、命を落とす運命にあります」
セリアの真剣な眼差し。
「でも、だからこそ私はここにいるんです。颯太様を守るために」
その言葉に、颯太は少し気が楽になった。
平凡な毎日は終わったかもしれない。だが、その先に待っているのは――
颯太はそんなことを考えながら、セリアの真っ直ぐな瞳を見つめていた。