【ホイールへの街道】
ステアに戻るとマリア、トーケ先輩の三人でシフト再興について相談した。
「ギアの村からシフトへの食糧支援については村長に取り付けてきたよ。ただ適正価格で買い取り、って形にしたから財源は考えないとだけど」
「財源については伝書鳩を使ってアクセルにいるシュバルトとやりとりしといた。和紙も『ハッピーストライクLite』も予想を上回る利益が出てるから、それを財源に充てられるわよ」
「私のほうでは、シフト移住者の先遣隊を決めておいた。まずは船大工や職人と漁師組合の事務方を連れていく。船がない状態で漁師が行っても仕方がないからね」
先遣隊は約五十人。馬に乗れない人も多いし、馬車だってそう多くは用意できない。エナドリ飼い葉を使った騎士団のようなスピードでの移動は望めないので、この世界本来の移動速度になる。ステアからシフトの距離は百二十キロ、つまり徒歩で四日だね。
「道中の護衛は魔道騎士団から出してもらうようにしてます。もっとも最低人数ですけど」
「あ、そうだ。魔道騎士団の協力って言えば、あの荷馬車を借りられればギアの食料輸送がはかどるんじゃない?」
トーケ先輩の手前ボカした言い方してるけど、エナドリ飼い葉を使った『軍用トラック』の事だね。
「旧パッソ領再興のためなら私の判断で魔道騎士団を動かしても事後報告でいいことになってるから、それはありだねえ」
その後も細かいすり合わせをして、数日後にトーケ先輩は先遣隊を連れてシフトに向かって旅立っていった。ここから先の町づくりは妊娠・出産の促成栽培のようにはいかない。地道な取り組みになる。次期宰相候補だったトーケ先輩なら上手くやってくれると信じよう。
◇
シフトの町はトーケ先輩に任せた。次はアクセルからホイールへの新街道敷設だ。セレス家の高速馬車で私とマリア、そしてミナの三人でアクセルに向かう。クララはステアの使用人に預けてきた。私はすぐ戻るつもりだし。
「お嬢様がた、お帰りなさいませ」
「シュバルトも留守番ごくろうさま」
とシュバルトの後ろに執事服をビシッと着込んだ紳士がいた。
「末の息子のシャドにございます。ここしばらく私に付けて引継ぎをしておりました。今回の街道敷設が完成したおりには私は引退し、跡を継がせたいと考えております」
「じゃあ今回の街道敷設に同行して手伝ってもらいましょうか?シャド、使える魔法の属性は?」
「非才の身にてお恥ずかしいのですが父譲りの土属性を。それと風も習得しました」
おお、風属性。大森林を切り開くにはちょうどいい。前にシュバルトと街道を作った時には森を切り開くような局面はなかったからね。でも私には魔道騎士団で森を切り開きながら進んだ経験がある。
だから、とりあえずは三日かけて森林まで道を伸ばしてもらって三日後にまた様子を見に来ることにした。『様子を見る』っていうより実態は森林を切り開いて道路を作るノウハウを教えにくる、なんだけどね。
今までならこのままアクセルに滞在したんだけどクララを放っておけないから一度ステアにトンボ帰りの予定だ。ベグが護衛しながら赤兎馬も連れてきてくれてるので私はベグを連れてステアに戻った。
◇
ステアに戻った翌日、クララに授乳してたら家令のヴァイスが呼んでると侍女が伝えに来た。。ヴァイスの用事は手紙が届いてるって話で、差出人を見ると学園の校長から。開封して中身を読むとなんか入学式で講演をして欲しいそうだ。
『救国の英雄の話を直接聴くことは新入生のみならず在校生にとってもいい刺激となる』
とか書いてあったけど大げさだよなあ。魔人の事は一般には伏せられてるはずだけど、正月に王都で起こった瘴気災害に始まって旧パッソ領での大規模瘴気災害。それを鎮圧したのは魔道騎士団だってことは広くウワサになってるからねえ。
となると。
・はじめに → 古来は魔物退治がメインだったので攻撃魔法が発達した
・時代が変わったので戦闘以外の魔法利用も必要とされている(例として黒猫馬車)
・騎士団においても補助役や兵站など攻撃魔法以外にも幅広く魔法は使われている。その実験部隊として魔道騎士団がある。
・魔道騎士団の活動指針『風林火山』をモチーフとした『疾風・静水・攻炎・土壁』の考え方の紹介。
・まとめ
こんなレジュメを考えた。鈴木さんから教わった社会人テクの一つだけどね。入学式まではまだ二か月弱あるから、一度王都に行って校長と内容の確認をしよう。
翌日、今度はナツヒ先輩から手紙が届いた。なんでも王都の旧聖教会神殿を立て直したので『カスミ教』としてリニューアルオープンするそうだ。そのセレモニーへの参加要請だった。
ってこれ来月じゃねえかよ。マリアも連れていくとなると新街道敷設とスケジュールがギリギリだ。マリア自身は土属性や風属性を使った道路づくりは直接は行なわないけどシュバルトたちへの魔力供給という大事なお仕事がある。実際ヒロインの魔力がなければあんな少人数で短期間に道路敷設は無理だ。魔道騎士団では数十人の聖属性使いが行なってることをひとりでやってるわけだし。
『こっちも今、手が離せない仕事がある。スケジュールが合えば参加する』という主旨の返事を書いて送ってもらった。
さて約束の三日後、赤兎馬でアクセルへ行き、そこから北に向かって伸びている工事中の街道を進んでいく。大森林の手前まで街道敷設は進んでいた。約三十キロの距離だから前にシュバルトが作った時と同じペースで作れてるね。さすがだ。
「みんなお疲れ様」
「ちょうどいいタイミングで来たわねえ」
シュバルトたちが頭を下げるのを制して話を進める。聞くと、ここまでの道路は最初にシュバルトがお手本を見せた後はシャドが頑張ってくれたらしい。つまりシュバルトに負けないレベルの土魔法が使えるって事だね。でも問題はここから、森林を切り開くには風属性の刃で木を切り倒したり、切り倒した木を大気を操って脇にどかしたりする必要がある。
魔道騎士団で培ったノウハウをシャドに教えていく。ちなみに騎士団のノウハウを流出させることについても問題ないとの判断をもらってある、ちゃんと宰相には連絡入れてるし。そんなわけで私が教えたとおりに木々を切り倒していくシャド。切り倒した木は風魔法で大気を操って道路(予定地)脇にどかす。そこにシュバルトが土魔法を使って道路を整地。二人の魔力が切れそうになったらマリアが魔力回復の魔法をかける。まあ実は魔力回復じゃなくてマリアの魔力を譲渡してるんだけどね。口移しじゃないから私みたいなバカげた事にはならないし、鈴木さんだって今さら老人男性と接吻はさすがにいやだろう。
シュバルトとシャドがやり方に慣れてきたところで、休憩にした。
「でね。学園と教会からお声がかかっちゃって。王都に行くつもりしてんだけどさあ。そうするとクララの面倒見るのにミナさんこっちに戻ってもらっていいかな?」
「こっちはシャドが予想以上に活躍してくれてるから大丈夫だけど、ミナさんはどう?」
「はい。私もここではあまりお役に立ってないのでクララお嬢様のお世話に行ったほうがいいかと思います」
それじゃあミナには王都に戻ってもらおう。娘たちのこともあってステアまできてもらったけど、王都の伯爵屋敷も先に戻ってもらったドーバだけじゃどうにもならないだろうし。
「じゃあミナさんは王都に行ってください。先にドーバが戻ってるはずだけど彼一人で王都屋敷を全部取り仕切るのは難しいでしょうから。私は一度ステアに戻った後、クララを連れて王都に行きます」
「かしこまりました」
「私はホイールまで街道が開通し次第、王都に向かうわね。たぶんだけど一週間かな。あーそうそう。高速馬車で迎えに来てくれるとなおありがたいな」
そうだね。マリアは私と違って馬は苦手だし、ましてやエナドリ使ってかっ飛ぶなんて無茶もいいところだ。
「誰かさんに赤兎馬の後ろに乗せられて散々恐怖体験したせいなんですけど?」
「ふーん、誰なんだろうね、そんな悪いヤツ」
むごっ!
「ちょっとここ野外だしシュバルトとか見てるんだからヤメてよね」
「でも誰も気にしてないよ?」
私が気にするんだよっ!
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