【カスミ教】
オーリス公爵家から新しく乳母になる人と護衛がヴィクトリアを引き取りにやってきた。少し話をしただけだけどちゃんと可愛がってくれそうな人で安心した。
思い返せば私は母親の顔を知らない。物心つく前に捨てられたからね。その私が自分で産んだ娘をよそに養子に出すってのはちょっと考えるモノがある。
「ナニ言ってんのよ。ヴィクトリアは捨てるわけじゃないし、今後逢えなくなるワケでもないでしょ?オーリス公爵の養子になるって事は、実の娘から義理の妹にジョブチェンジするだけじゃないの。貴族社会なんだから切り替えなさいなってば」
そう言って頭をなでるアラフォー。なんか今まではずっと『ダメな大人』だったのに子ども作って以降、おかんムーブが凄い。だけど……
「そう……だね」
私はそう言って、マリアではなく鈴木さんにもたれかかった。
「少しは大人に甘える事を覚えてくれたみたいでうれしいわね」
うぅぅ。このままじゃ主導権を握られる。
「『主導権』とか考えてる時点で貴女はまだ子どもなのよ。いいから甘えときなさいって」
そう言って頭を撫でてくる。悔しい……悔しいけどなぜか心地いい。マリアが、いや鈴木さんが自然と唇を塞いでくる。私はそれを当然のように受け入れた。これが当然になっちゃってるのってヤバいなあとは思いつつ倫理観の違いで納得しそうになってる。国王にも公認だし。
◇
クララの授乳はマリアと私で交互に行なってる。私も出産したばかりで胸が張るのよね。
「オギャー・オギャー」
どうもこの子は私が抱くと泣き声が大きくなるんだよね。ヴィクトリアを抱いた時は大人しかったのに。ただの性格の違いなのか、自分を産んだ母親が分かってるのか、それとも何か他の理由があるのかは分からないけど。
そんなある日、王都の屋敷にナツヒ先輩がわざわざやってきてくれた。
「いや、国王陛下に謁見があってね。王都の旧聖教会の建物を正式に『カスミ教』の王都教会にする許可をもらってきたんだ」
「えーと先輩?もしかしてですけど、それってアノ女神像が祀られるって事です??」
「もちろんそうだよ。王都にふさわしい立派な女神像になるように、腕のいい職人を探してるところさ」
実に爽やかな笑顔で先輩はそういうけど、アノ女神像ってどう見ても私なんだよね。また悪目立ちしちゃうじゃんか。
「プププ」
おいアラフォー、何がいいたい?
「いつも言ってるけど三十路ね」
「それよりも君たちの赤ちゃんを祝福させてくれないかな」
私たちが承諾したので、ミナがクララを連れてきた。
「オギャー・オギャー」
今日はまた盛大に泣いてるな。
「元気のいい赤ちゃんだね。この子に神の祝福があらんことを」
先輩が聖魔力をクララに注いだ瞬間、なんか脱力感があってよろめく。
「ちょっとエリザベス様、大丈夫?」
マリアが横から支えてくれる。コラ、さりげなく腰に手を回すな。ナツヒ先輩に見られてるじゃないのよ。てか先輩もナニ微笑ましいモノ観させてもらいましたみたいな顔してんですかねえ?とはいいつつ軽い貧血みたいになってる。もういっか?倫理観を投げ捨てて、私はマリアにもたれかかった。
「うん。素直でよろしい」
おかんムーブがウザい。普段はダメな大人のくせに。……でも、まあ。こうやって甘えられる人が出来たのは私にとっては初めてだ。これはこれで心が軽くなる。
◇
「クランクを……ですか?」
「ああ、陛下にも許可をいただいている。それでセレス伯、というか魔道騎士団に周辺の浄化について支援をもらいたいんだが」
まあねえ。今の『カスミ教』の中核を担う人物はみんな魔道騎士団の実力をいやと言うほど知ってるし。でもクランクを聖都にか、あの金髪イケオジ、またなんか考えてそうだね。
「でもナツヒ先輩。旧パッソ領は生存者がほとんどいないと聞いてます。わずかな生存者もランクス領や魔道騎士団ベースキャンプに避難してると。だったらクランクの再興にだけ注力するよりも新しい国教としての布教も同時に進めたほうがよいのではないでしょうか?」
マリアにしては珍しい意見を言う。
「マリア嬢、それはどういう理由でか教えてくれるかな?」
「聖属性魔法は神の力を借りる奇跡です。そして人々の信仰が厚いほど神は力を増していきます。つまり信仰を増やせば強い聖属性魔法を使えるようになるはずです。理屈の上では、ですけど。聖教会が腐敗したのも権力指向が強まり過ぎた結果、信仰が疎かになり聖魔力が衰えたのが大きな理由と思いますがいかがでしょう?」
なるほど、一理ある。『カスミ教』が信者を増やしていって信仰の厚いひとが増えれば『カスミ教』の神官騎士たちの聖魔法も強くなる、という事か。この時の私はある事実に気が回ってなかった。チクショー。
「この件は一度、宰相閣下とも相談してみようと思う。それはそれとして、魔道騎士団の協力は得られるだろうか?」
「えーと。ご存じの通り、私は産休もらってたんで今の騎士団の細かい状況は掴んでないんです。大まかな報告は入ってくるんですけど。もう少し身体が回復したら復帰予定なんで返事は少し待ってくれますか?」
◇
っんっん~!マリアがごく自然に唇を塞ぐ。もうすっかり受け入れちゃったとは言え、ベッドの上だとさらに積極的になるんだよね、この捕食者。
「だってさあ。最近の田中さんずいぶんと素直になってくれて嬉しいんだモン(♪)」
『だモン カッコ 音符 カッコトジ』じゃねえよ全く。
「それよりも鈴木さんがナツヒ先輩にアドバイスなんて珍しいね」
「まあねえ。この世界の宗教観については公式ファンブックに書いてあったって前に言ったでしょ?そこから考えると、人々の信仰の力が神の力の強さに比例するって言うのはだいたい想像の範囲だったから」
それにしてもさ。ナツヒ先輩とは関わるの徹底して避けてたじゃない??
「今にして思うと、聖教会の腐敗って私にも一因があるのかも、ってさあ。ゲームではあそこまで酷く腐敗はしてなかったし」
「ヒロインの聖魔力の影響が無いから魔属性の者たちが教会内に入り込めた、とか確かにありそうだね」
「それで結果として田中さんを危険に晒しちゃったんだから思うところあるわよ、私だって」
そう言って強く抱きしめてくれる。
「それはもう気にしないでいいってば。ヒロインの魔力が無ければ魔人に瞬殺されてたかもしれないし、魔力切れでぶっ倒れた私を一か月も好き勝手してくれたのも鈴木さんでしょ?」
「ねえ。その『好き勝手』ってところに恨みこもってない?」
「むしろ恨まれてないと思う?人の意識がない間にさあ」
「あら?あの時はやましい気持ち一切なかったのに。しくしくしく」
あーもう。分かってるから泣き真似ヤメレ、ウザい。
「それにしても今年は大変だったわ。新年早々魔人騒ぎに始まって、結構キケンな目にも遭って。やっと全部片が付いたと思ったらもう初夏でさあ。で、そっからまさかの妊娠・出産、それも三か月の促成コース。人生濃すぎると思う」
「あら?まだ年の瀬までには少しあるから二人目行く?」
「ヤメレ」
にしても……このまま大人しく年越しになるとはあんまり思えないんだよね。
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