【悪役令嬢とヒロインの娘】
「いらっしゃいませ。異世界転生支援ショップ、トランスファにようこそ」
「あのぉ、話を聞かせてもらうだけでもいいですか?」
「はい、構いません。どのようなお話でしょうか?」
「ネットで"25th Anniv. 乙女ゲームNGガチャパック"っていうの見たんですけど?」
あの期間限定品、興味を示す人っていたんだ。店長の思い付きだったからお客様が来ると思ってなかった。
「そちら、当店から異世界に行かれたお客様第一号から今年で25周年になるのを記念した期間限定ガチャとなっております」
「乙ゲーでNGガチャって事は悪いキャラにしか転生できないんですか?」
うん。やっぱそう思うよねえ。うちの店長にもそう言ったんだけどさあ。なーにが『TNGって言えばネクストジェネレーションに決まってんだろ』よ、あのトレッキー。
「その商品、正しくはTNGパックと申しまして、"The Next Generation"の略称でございます。これまでに当店から乙女ゲーム世界に転生したお客様がいらっしゃる世界のヒロインの娘に確定で転生する商品でございますね」
「え?じゃあ母親も転生者になるんですか?」
これはちょっと説明を間違えたかな、と慌てて訂正する。
「ああ、いえいえそうではなくてですね。当店から乙女ゲーム世界に転生したお客様は例えば学園の教師だったり、攻略対象の家族だったりします。彼らが転生者としてシナリオに絡んでいった結果、その世界はゲームとは異なる未来に向かいます。
フィクションだとありがちはのは『悪役令嬢に転生した転生者が断罪回避した世界』でしょうか。そう言った世界を楽しんでみたいかた向けの商品になっております」
お客様が難しい顔になる。まあそりゃそうだろうね、説明してるほうでも『正直微妙』って感じてるもの。とはいえ、仕事だ。まだ説明することがある。
「それとこのパックには特典がございまして、無限の容量を持つアイテムボックスと現代日本からご指定の荷物を持ち込む事が可能となっております」
「え?こっちの世界の物を持ち込めるんですか?」
「はい、ただし最大重量は一キロまでとなっております。また例えば電気製品を持ち込んでも電源のない世界が大半ですから使えない事のほうが多いですね」
「それはそうですね。この限定っていつまでなんですか?」
残り三日である事を告げると「分かりました、ありがとうございます」と言ってお客様はお帰りになった。
◇
三日後。
「あの期間限定ガチャって今日まででしたよね!」
驚いた、本当に来るとは思ってもいなかった。気圧されたように首肯する。
「よかったあ。実印の登録してなかったから印鑑証明取れなくて。土日だと役所閉まってるから間に合わないかと思いました」
ああ、そういう問題もあったか。限定期間の設定ミスったかもしれない。
「それで荷物持っていけるって聞いたんですけど、これで大丈夫ですか?」
うーん、そう来たか。お客様がカバンから取り出したのはタブレット端末にモバイルソーラーチャージャーが二つ、それとモバ充二個。重さは規定範囲に収まりそうだ。
「問題ございませんが……電波が届きませんがかまいませんか?」
「オフラインで使える電子百科事典や電子書籍の専門書をローカルストレージに落としてあります。あとは関数電卓とかのツール類ですけど全部電波がなくても動くアプリしか入れてないので」
なるほど考えましたねえ。取り合えずいつものように応接室に案内して事情を訊く。なんでも就活がイヤになった理系女子大生らしい。乙女ゲームは「嗜む程度」だそうだが、シナリオが終了した後の次世代ならやりこんだゲームでなくても面白そうだと思ったから、との事だった。
このガチャ商品については事前に管轄する役所とも相談していて「ヒロインの娘ならそんなにひどいことにはならないだろう」という事と、記念商品で期間限定な事や特典等からお役所も甘めに判断してくれてる。まさか本当に希望するお客様が出てくるとは思ってなかった、ってのもあるけど。
そんな調子でいつも通りに説明を終えて、同意書と重要事項説明書その他の書類に署名と実印をもらうと、タブレット等の持ち込み荷物を預かって転送室から送り出した。
中村様(21歳) → クララ。乙女ゲーム『月の光に願いを込めて』ヒロイン、マリアの娘。
ってコレ!!この前、梅ガチャでヒロイン引いた人のところじゃない。あれ?確か中卒の女の子が悪役令嬢に転生した世界もココだったよね。ちょっと乱数の偏りが大きすぎないか?
でも私は知らなかった。まさかこの乙女ゲーム世界で悪役令嬢とヒロインの間に子どもが出来てるなんて……
◇
(エリザベス視点)
三日前にマリアが出産した。産気づいたと聞いて大きなおなかを抱えてマリアのところに行ったら、もう出産が終わっててマリアが赤ちゃんを抱いて座ってたのを見た時は、やっぱりヒロインの魔力はチートだと改めて思った。
「オギャー・オギャー」
うん、元気な泣き声だ。丈夫に育って欲しいと心から思う。産毛は桃色でマリアの髪色と一緒。今は目をつぶってるけど、瞳の色もマリアによく似た翡翠だそうだ。
そんで今日は私の番。私の右手をマリアが左手で握ってる……って言うかなんで恋人つなぎ?
「ねえ鈴木さん。お産の時にこんな手の握り方してたら指の骨が折れるくらい力入るんじゃなかったっけ?」
マリアは空いてるほうの右手で私の頭を撫でながらやさしく微笑む。
「平気だからリラックスして……」
ちなみに赤子を取り上げてくれるのはミナだ。
「マリアお嬢様で実践練習しましたので大丈夫です」
「何?私は練習台だったわけ?」
そんな軽口を叩きながらマリアの右手が下腹部に伸びてくる。お腹がじんわりを温かくなって聖魔力を注がれてるのがわかる。とあまりに呆気なく出産が終わった……いやいや、おかしいだろ、どう考えても!!
お腹のたるんだ皮膚も回復魔法で元通り、出産時に軽い損傷を負ったらしい産道のダメージも全回復してるっぽい。呆れて笑うしかないよね、もうこうなると。
「頑張ったわね」
いや、全然頑張ってないんですけど?と、マリアはごく自然に唇を塞いできて私はそれを受け入れた。さすがに子どもまで産んじゃったらもう受け入れるしかないよね。
私が生んだ子、ヴィクトリアはエリザベスによく似た金色の産毛に碧い瞳だった。前世の感覚だと残酷な事だけどこの子は次期オーリス公爵として父上の養子になる事が決まってる。『自分のお腹を痛めて産んだ子』と言うほどの苦労は何一つなかったとはいえ、私の胎内で育てた子である事には間違いない。
公爵家を名乗るには王家の血筋が入ってる事が必須なんで、私が直接産んだ子でなおかつ金髪碧眼というのは『大人の事情』としてはありがたい事ではある。父上の家臣の中につい先日お産を済ませた家があり、そこの奥方が乳母になる事に決まったそうだ。そこの家の赤ちゃんとは乳兄弟って事になるのかな?こういうところは貴族社会らしいとは思う。
そうして私は、ホイールからの迎えが来るまでのわずかな期間を我が子とマリア、そしてマリアが生んだもう一人の娘クララの四人で穏やかに過ごすのだった。
エリザベスとマリアの『その後』のお話です。お付き合いいただければ幸いです。
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これからもよろしくお願いします。