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恋と封印のあいだで、剣士は立ち尽くす

道中、山間の小さな村で出会った一人の巫女――セイラ。

今回は、ガルツの心に小さな火を灯した出会いと、守るべきものへの想いが交差するエピソードです。

切なくも温かい時間を、どうぞお楽しみください。

◆ セイラとの出会い


温泉町・フィロヴェルを離れた湊たちは、次なる目的地であるラティナの町へと向かっていた。その道中、山間の小さな村に立ち寄った際、一人の少女と出会う。


彼女の名はセイラ。年は十六ほどで、小柄な体に長い黒髪を結い、控えめな笑みを浮かべていた。村では巫女として神聖な役割を担っており、封印術に長けた特別な血筋に生まれたという。


「ようこそ、おいでくださいました」


初めて交わした挨拶のその瞬間、ガルツの時間は一瞬止まった。


(なんだ……この感じ……)


彼の胸が、小さく、しかし確かに音を立てた。


◆ 村での数日


セイラの案内で、湊たちは村の祭殿に滞在することとなった。湊は彼女の使う封印術に興味を持ち、リュミアはその宗教的背景に興味を持って積極的に交流を深めた。


ガルツはというと、はじめは不器用に距離を取っていたが、セイラが畑の仕事や祈祷の合間に見せる素顔を目にするたびに、心が揺れるのを止められなかった。


「ガルツさん、お手伝いしてくださるんですか?」


「べ、別に……暇だっただけだ」


彼女が微笑むたび、彼の頬が赤くなる。そんな姿をリュミアはにやにやと見守っていた。


「ガルツ、顔が赤いわよ?」


「う、うるせぇ!」


◆ 試される想い


ある日、村の地下祠で封印が緩んだという報せが入る。セイラの力でも完全には抑えきれない可能性があるという。


「私一人では……危険かもしれません。でも、行かなければ」


彼女の決意を前に、ガルツが声を上げた。


「だったら、俺が一緒に行く! ……剣くらい、振れるしな」


湊も同行を申し出て、三人は祠へと向かった。祠の内部は薄暗く、壁面には禍々しい文様が浮かび、空気は重くよどんでいた。


そこに巣くっていたのは、“クローマヴァルグ”と呼ばれる黒煙を纏う狼型の魔物だった。体長は人ひとりを超えるほどで、毛並みは煤のようにざらつき、目は紅く輝いている。噛みつかれればただの傷では済まず、魔素によって体内から腐蝕されるという。


「来るぞ、構えろ!」


湊の声と同時に、クローマヴァルグは咆哮とともに跳躍し、ガルツ目掛けて突進してきた。


ガルツは剣を構えてその一撃を弾いたが、衝撃で腕が痺れる。湊は側面から斬りかかるが、黒煙の障壁に弾かれてしまう。


「こいつ……普通の魔物じゃねぇ。魔素が濃すぎる」


「この祠の封印が緩んだせいです……魔素が染み込みすぎて、魔獣に変異してしまったんです」


セイラは震える声で説明しながら、祠の中央へと向かい、術式を描き始める。


「封印には時間がかかります……その間、守ってください!」


「任せとけ!」


ガルツは吠えるクローマヴァルグの前に立ちふさがり、渾身の一撃でその足を狙った。剣が肉を裂き、黒煙が吹き出す。しかしすぐに再生が始まり、まるで戦いの終わりが見えない。


「湊! 支援頼む!」


「了解、こいつの動き、封じる!」


湊は地面に手を当て、土中に眠る魔素の反応を探った。やがて、かすかに脈打つ剣根を見つけると、その一点に集中して魔力を注ぎ込んだ。


「——育剣、発動」


湊の手元から柔らかな光が走り、土の中から一本の細身の剣が芽吹くように現れた。それを引き抜くと、彼の手には自然魔素を帯びた即席の剣が宿った。


「この剣は……魔素の流れに逆らわない。ならば、お前の瘴気にも抗えるはずだ」


湊は剣を構え、クローマヴァルグに向かって疾走する。その身の軽さは医者としての精密な動きと経験に裏打ちされていた。剣を横薙ぎに振ると、黒煙を切り裂くように魔素が波紋のように広がった。


「ガルツ、左前脚を引きつけろ! 弱点が開く!」


「任せろッ!」


クローマヴァルグが反応しきる前に、湊の育剣が心核に向かって突き立てられる。魔素が衝突し、青白い閃光が祠を照らした。


「今だ、決めろガルツ!」


「セイラ、あとどれくらいだ!」


「あと……三式、もう少し……っ」


その声に応えるように、ガルツは傷だらけの体でなお立ち上がる。


「ここで、お前を守れなきゃ、男じゃねぇだろ……!」


最後の一撃が、魔物の心核を貫いた瞬間、セイラの封印術が完成し、祠全体が淡い光に包まれた。


クローマヴァルグの咆哮が消え、煙のようにその姿が崩れ落ちる。


その中で、彼女は封印術を使うたびに体力を削っていた。細い肩が震え、呼吸が乱れる。


「セイラ! 無理するな!」


「……大丈夫です……ガルツさんが、見ていてくれるから……」


その言葉に、彼の胸が熱くなった。剣を握る手に力が入る。


◆ 封印の真実


封印を終えた夜、湊とリュミアはガルツの様子に気づき、静かに席を外し、祭殿の奥へと戻っていった。


ガルツは迷いながらも祭殿の外でセイラを呼び出した。星空の下、ふたりは静かに向き合う。


「セイラ……俺と一緒に来てほしい」


その言葉を聞いたセイラは、驚いたように目を見開いた。けれど、すぐにふっと微笑み、少しだけ視線を逸らした。


「……やっぱり、そう思ってくださっていたのですね。ガルツさんの優しさに、何度も救われました」


風がそっと吹き、セイラの髪が揺れる。


「でも、だからこそ……私のことを、きちんと知っておいてほしいんです」


セイラは自らの胸に手を当て、まっすぐガルツを見つめた。


「私は、この村に代々仕えてきた“封印の一族”の娘です。私の体には、土地の魔素を抑える封印術が刻まれています。生まれたときから、私はこの地を守るために存在しているのです」


「……それって、つまり……」


「私がこの村を離れれば、封印は崩れ、魔素が溢れ出してしまいます」


言葉を失うガルツの前で、セイラは微笑みながら続けた。


「それが、私に課された運命。望んで選んだわけではないけれど、私がここにいることで、誰かが平穏に暮らせるのなら……それが私の望みでもあるのです」


ガルツは視線を落とし、拳を握りしめた。


「そんなのって……おかしいだろ。誰かが生まれたときから犠牲になるなんて……っ」


セイラは小さく首を振る。


「犠牲ではありません。私はここにいることで、多くの人を守れる。それで十分です」


ガルツは言葉を失い、それでも絞り出すように言った。


「……お前のこと、もっと知りたかった。ずっと一緒にいたいなんて、そんなこと……言えねぇけど」


セイラは小さく笑い、ガルツにそっと小袋を手渡した。


「これは、私の母が私にくれた護符です。今は……あなたに」


ガルツはその袋を受け取り、そっと胸に押し当てた。


◆ 続く想い


別れの朝、セイラは微笑みながら手を振った。


「ガルツさん。また会える日を、祈っています」


「……ああ、またな」


その背を、ずっと見つめながら。


不器用な恋は、胸の奥で静かに火を灯し続けていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

ガルツにとって大きな転機となるセイラとの出会いと別れ。

「守りたい」という想いの力と、簡単には変えられない運命の重さを、少しでも丁寧に描けたらいいなと思いながら書きました。

彼らの心に芽生えた小さな想いが、これからの旅にもきっと繋がっていきます。

次回も、ぜひ見守っていただけたら嬉しいです!

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