異世界にて、ついに永久脱毛が発明されました
温泉町フィロヴェルで、湊たちはまさかの「永久脱毛」研究に取り組む魔術師と出会います。
今回は、コミカル回です!
◆ 風変わりな魔術師
セラフィーヌとの別れから数日後、湊たちは森を抜けた先にある温泉町・フィロヴェルに立ち寄っていた。湯煙の立ち上る町は活気に満ちており、旅の疲れを癒すには最適な場所だった。
「いい湯だった……」とガルツが豪快に伸びをする横で、リュミアはすっきりとした顔で湯上がりの肌を拭いている。
そんな湯上がりの休憩処で、湊の耳にふと入ってきたのは、妙に聞き覚えのある単語だった。
「……永久脱毛に挑戦してるらしいわよ、あの塔の研究者」
「え? いま“永久脱毛”って……?」
湊は反射的に振り返り、話していた町の女性に声をかけた。
「すみません、さっき“永久脱毛”って……?」
「ええ? ああ、あの塔に住んでる変わり者の魔術師よ。ずーっと毛に関する魔術を研究してる変人なの。最近、“根っこから毛をなくす”魔術を完成目前らしいって噂よ」
湊の背筋にぞわっと鳥肌が立った。
「まさか……この異世界に“永久脱毛”の研究者がいるなんて……」
湊は即座に仲間たちを引き連れ、町の外れにそびえる尖塔へと向かった。
◆ 毛に魅せられた魔術師
塔の扉を叩くと、現れたのは白衣のようなローブを羽織った、眼鏡をかけた若い女性だった。髪は無造作にまとめられ、手には魔導書と羊皮紙が抱えられていた。
「あら、また変な人……ごめんなさい、今ちょっと毛根の再生周期の魔素計算で忙しいの。急用なら……」
「その研究、永久脱毛に関するものか?」
「えっ!? そ、そうだけど……どうしてわかったの!?」
「俺は美容外科医だった。脱毛が専門だった。もしよければ、話を聞かせてくれ」
女性の名はティラ=ノイ。この世界の生まれ育ちで、なぜか毛根に異様な執着を抱いていた。彼女の研究動機は「毛根の神秘を解き明かしたい」という一心からであり、街では“変態毛根魔女”というあだ名が付いているほどだった。
「ずっと毛のことばかり考えてるの。夜も夢に毛が出てくるくらい……。でも、どうしても“再発”を止められないの。毛根に魔素が残ってて、しばらくするとまた生えてくるの。魔術式の流れがどうしても甘いんだわ……」
彼女は紙束をどさりと広げ、詳細な魔術陣とエネルギーの流れ図を見せた。
湊は数秒沈黙し、それから指をさして言った。
「ここの流れだ。魔素が毛根核を通過しきってない。そこに滞留すると再生因子が残る」
「……えっ!? ほんとに!? たしかに……なるほど、そこが詰まってたのか!」
湊はさらに、照射角度と魔素振動の周期を修正する提案を行い、それに応じてティラは魔術陣を微調整しはじめた。
「……すごい。すごいわ湊さん。あなた、本当に毛のプロね!! 最高に毛根に優しく、厳しい目を持ってる!!」
その様子を後ろから見ていたリュミアとガルツは、そっと顔を見合わせた。
「……ねえガルツ、今ふたりが話してる内容、分かる?」
「いや、まったく。なんかもう、毛根の話をしてるんだよな……真剣に」
「うん。ちょっと引いてる自分がいる。まさか旅の仲間が、こんなに毛根に情熱を持っていたなんて……」
「俺たち今、“毛根の神とその祭司”の儀式を見てる気分だ」
リュミアはため息をつきつつも、少しだけ笑った。
「でも、楽しそうだから……まあ、いいか」
◆ 世界初の永久脱毛施術
ティラ=ノイは片手に短い杖を持ち、机の上に置かれたウサギのぬいぐるみに向かって呪文を詠唱した。
「《ルート・リムーブ・エターナ》!」
杖の先から淡い光が放たれ、それがぬいぐるみの毛を包み込んだ。次の瞬間、ぬいぐるみの片足の毛が根ごとスッと抜け、そこからは一切毛が再生しなくなっていた。
「……ほんとに、ツルッツルだ」
湊は驚きと同時に、妙な感動を覚えた。
「これが……この世界の永久脱毛……!」
「あなたのアドバイスのおかげよ! この呪文は“湊式根絶法”って名付けようかしら」
ティラは無邪気に笑い、そして真剣な表情になった。
「この技術、毛の処理だけじゃなく、病気や苦しみを和らげる応用もあるかもしれない。私はこの研究をもっと多くの人に届けたいの」
「応援するよ。俺も、誰かの助けになれる仕事がしたいから」
塔をあとにするころ、リュミアが湊の隣に並び、静かに言った。
「毛の話ばっかりだったのに、なんだか……心が温かくなりました」
「……毛深い話だったからな」
「それ、うまいこと言ったつもりですか?」
ガルツは思わず吹き出し、夜の町に笑い声が響いた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
毛根と本気で向き合う湊とティラ=ノイのやりとりは、書いていて思わず笑ってしまいました。
でも、"誰かを救いたい"という湊の想いが、こういう形でもちゃんと伝わったらいいなと思っています。
次回はまた、剣と人の「想い」に向き合う旅が続きます。ぜひお楽しみに!