剣の涙
静かな城下町ルーメンに立ち寄った湊たち。
今回は、"泣く剣"という不思議な噂を追い、剣に宿る想いと出会うエピソードです。
少し切なく、そして温かい出会いをお楽しみください。
◆ 噂の剣を求めて
湊たちが訪れたのは、小さな城下町ルーメンだった。
森と湖に囲まれた静かな町で、石畳の通りには花籠が吊るされ、町人たちは素朴でおだやかな暮らしを営んでいる。
だが、その町にも異変の兆しがあった。道端や広場の隅には、ちらほらと剣が顔を覗かせていた。
町の中心、木製の看板が揺れる小さな酒場『青鹿亭』に立ち寄った湊たちは、妙な噂を耳にする。
「最近さ、町外れの丘に“泣く剣”があるらしいんだ。夜な夜なすすり泣く声が聞こえるって話でさ……」
「泣く剣? そんなもんあるのか?」とガルツが眉をひそめると、隣のリュミアが興味深そうに目を輝かせた。
「名前、聞きました。“セラフィーヌ”って言うそうです。剣なのに名前があるってことは、何らかの想いが宿っているはずです」
湊は酒を飲み干しながらつぶやく。
「……行ってみようか」
「夜の丘、なんて少しロマンチックですね」とリュミアが笑った。
「いや、どう考えても不気味な話だろ」とガルツが呟きつつも、興味を隠しきれない様子だった。
酒場の片隅で話をしていた老人が一言、「あれはな、泣いてるんじゃない。呼んでるんだよ、勇者を」とつぶやいた声が、妙に心に残った。
◆ 道中の語らい
翌朝、三人は町外れの丘へと向かった。空は高く澄み、木々の間を抜ける風が草の香りを運んでくる。リュミアは背負ったカバンから地図と手帳を取り出し、足取り軽く先頭を歩いていた。
「湊さん、魔王の話……ご存じですか?」
「伝承程度には。かつてこの世界を支配しようとした存在だろ?」
「ええ。でも、ただの伝説じゃないんです。魔王の存在は実在していて、かつて世界中の地脈が狂い、剣が暴走し、魔物が理性を失った時代があったんです。世界そのものが、滅びの淵に立たされていた」
「世界が剣に飲み込まれる……想像したくもないな」
「その時、勇者が現れました。仲間たちと共に、命を懸けて魔王を討ち滅ぼした……でも、その後彼らは姿を消したんです。まるで煙のように」
「戻ってこなかった……?」
「はい。生死不明。神に召されたとも、どこか別の世界に旅立ったとも。けれど私は、彼らがまだどこかで生きていて、この世界の未来を静かに見守っている気がしてならないんです」
ガルツが腕を組んでうなずいた。
「戦いが終わったあとも、何かを背負って旅をしてる連中ってのは、たしかにいる。……もしその剣が勇者に関係してるなら、会ってみたくなるな」
湊は歩きながら、空を仰いだ。勇者の剣――かつて世界を救った者が遺した剣。その想いと涙の理由を、自分の手で確かめてみたいと、心の底で感じていた。
◆ 泣く剣との出会い
丘の上に辿り着くと、風に揺れる草原の中に、一本の美しい剣が静かに突き立っていた。
その剣はただの武器ではなかった。銀色の刃は月光のように淡く光り、柄には羽を模した繊細な装飾が施されている。土に触れる根元には、まるで涙のような露がたまっていた。剣を囲むように草花が咲き誇り、まるで守るように揺れていた。
「……これが、セラフィーヌか」
湊がゆっくりと手を伸ばし、柄に触れる。すると、剣の中から柔らかな声が、直接心に響いてきた。
『……あなた、勇者様ではありませんね……でも……優しい手』
その声は悲しげで、けれどどこか懐かしさを含んでいた。まるで、何百年も誰かを待ち続けている声だった。
リュミアが膝をついて、剣の近くに顔を寄せる。
「あなたは……なぜ泣いているのですか?」
『私は……勇者様に“育剣”されました。この地の魔素を集め、浄化し、魔物の凶暴化を防ぐ役割を与えられたのです。私は……この丘に根を張り、ずっと役目を果たしてきました』
『けれど……あの方々は、もうずっと……戻ってこないのです』
セラフィーヌの声は震えていた。剣が泣いているのではなく、そこに宿った記憶と想いが涙となってあふれていたのだ。
『夜になると……あの方の声が聞こえた気がするのです……笑い声、励ましの言葉……でも、どれも幻でした……私は、誰かに見つけてほしかったのです。もう一度、あの声を、あの温もりを……』
風が吹き、剣の周囲に咲く草花がふるえた。
湊はそっと膝をつき、剣に両手を添えた。
「セラフィーヌ……俺は勇者じゃない。けど、勇者たちの手がかりを探してる。君の声を、想いを、無駄にはしない」
『……ほんとうに……?』
「必ず探す。見つけて、またここに戻ってくる。君が信じて待っていられるように」
『……ありがとう……ならば、私も……この丘で……役目を果たしながら……待ち続けます』
その瞬間、風が吹いた。草原が揺れ、セラフィーヌの刃がひときわ強く光ったように見えた。剣の涙が静かに乾き、光が残るだけとなった。
◆ 約束の丘をあとに
丘を離れるころ、陽はすでに傾き、茜色の空が一面を染めていた。三人はしばし無言で歩いた。
「剣が……泣くって、あれはまるで、人だったな」
ガルツがしみじみと呟くと、リュミアは小さく頷いた。
「ええ、きっとあの剣は……ずっと“想って”いるんです。言葉じゃなく、心で繋がっていたんでしょう」
湊は空を見上げながら、静かに言った。
「勇者の残した想いが、まだこの世界に生きてるなら……俺たちが繋いでいく。それが、今の俺にできることだ」
セラフィーヌの静かな声が、今も耳に残っている。あの涙の意味を、必ずこの旅で見つけ出す。
風がまた吹いた。草が揺れ、セラフィーヌのいる丘が遠くなっていく。
「さあ、旅を続けよう。次は……勇者の残した“声”を探す旅だ」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
セラフィーヌという剣に宿る想いを描きながら、湊たち自身の使命感も少しずつ深まっていく回になりました。
「剣は人の想いそのもの」というテーマを、これからも描いていきたいと思っています。
次回もぜひ、お付き合いいただけたらうれしいです!