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忠誠と反逆の狭間で

噂に導かれ、ついに王都へと呼び出される湊たち。

剣を抜いた者に待っていたのは、英雄扱いではなく、想像もしなかった運命でした。

今回は、王都編の始まりです。

◆ 王都への召喚

「神の剣を根から抜いた者がいる」

そんな噂が、風のように国中を駆け巡っていた。剣に悩まされる町々では希望の灯として語られ、あるいはそれを信じぬ者たちに笑い話として揶揄され、そしてついには、王都にまで届くこととなった。


王の命により、湊とリュミアのもとに使者が現れたのは、ミルナートを出て三日目の夜だった。旅籠の薄暗い食堂で簡素な夕食を囲んでいたふたりの前に、硬い鎧の音を響かせて、近衛兵が現れた。


「陛下が“新たな勇者”にお目通りを望まれている。今すぐ王都へ向かわれたし」


「……俺は勇者じゃないんだがな」


「剣を抜いた者であれば、神の導きにより選ばれし者と見なされる。拒否は許されぬ」


湊は一度だけ、リュミアと視線を交わした。


「……行こう」


◆ 王城と謁見の間


王都エストラは、湊がこれまで訪れたどの町よりも巨大だった。高い外壁に囲まれ、衛兵たちが規律正しく巡回し、通りは石畳で整えられ、広場では市が開かれ、華やかな貴族と市民が入り混じって歩いていた。だが、そこに漂う空気は奇妙な硬さと緊張を含んでいた。


城は丘の上、陽の差し込む大理石の階段を上った先にあった。白く輝く塔、金で縁取られた窓、そして重々しい青の絨毯が謁見の間までまっすぐに続いていた。


玉座に座す王は壮年の男だった。威厳と疲労が同居する顔には、歳月の重みが刻まれている。


「顔を上げよ、剣を抜いた者よ」


湊は静かに頭を上げた。リュミアはその一歩後ろで、慎ましく頭を下げていた。


「名を申せ」


「……神谷かみや みなとと申します」


「そなたが、神の剣を抜いたという者か」


「はい、抜いたのは事実です。ただ、俺は……勇者ではありません」


ざわつく廷臣たち。玉座の前の魔導士が一歩進み出た。


「陛下、念のため鑑定を」


魔導士の詠唱が始まり、空中に幾何学模様の光が展開される。光輪が湊を包み、魔素が収束する気配とともに、淡い音が響いた。


《鑑定完了──職業:永久脱剣師。神の祝福:なし。》


「……この者、“神の加護”を一切持たず。勇者でも、聖者でもございません」


その瞬間、室内の空気が凍りついた。


「神の剣を、神の選定なく抜いた……」


「なんたる不敬! 冒涜者ではないか!」


王の顔が硬くなる。


「神への背信を以て、その身を裁く。地下牢に入れよ」


湊が声を上げようとしたときには、すでに兵が左右から腕を取り、リュミアもまた引き離されていた。


「待て、リュミアは関係ない!」


「神を侮辱した者の連れ、というだけで理由には足る」


そのまま、ふたりは王の前から連れ去られた。


◆ 地下牢での出会い


地下牢は、昼なお暗く、じめじめと冷たい空気が淀んでいた。石の壁には苔が生え、鉄格子は赤茶けた錆に覆われていた。湊はリュミアと同じ牢に入れられていた。


「……ごめんなさい、湊さん。私が……王都に行こうって言ってしまったから」


「違う。俺が自分で決めたんだ。責任は俺にある」


彼の声に、迷いはなかった。


そのとき、牢の前にひとりの兵士が現れた。濃い茶髪を短く刈り、頬には古傷、剣を腰に携えた近衛の男。だがその表情は、他の兵とは異なり、どこか影を帯びていた。


「……お前が、剣を抜いたって奴か」


「そうだが……あんたは?」


「ガルツ・ブレナン。近衛兵……だった」


「だった?」


「……昔、俺には尊敬する隊長がいた。誰よりも国に忠実で、剣技も、統率も、人望もあった。だがある日、根も葉もない密通の疑いで捕まり、ここに入れられた」


「証拠も何もないまま?」


「そうだ。それでも隊長は最後まで、国を信じた。『俺は国を裏切ってなどいない』と、そう言い続けて……この牢で、死んだ」


ガルツは拳を握りしめた。


「俺は今でも、隊長を尊敬してる。たとえ国が間違っていても……彼の信じた国を、信じ続けたい。だから、近衛の剣を捨てられない」


湊は黙って耳を傾けていた。


そのとき、ふと彼の視界の端に、小さな剣が床の石の隙間から突き出ているのを見つけた。どこか歪な形の、根に苔が絡んだ細い剣。


「……この剣、いつからある?」


「ん? ああ……昔からあるな。誰も抜けなかったし、誰も気にしてなかった」


湊がそっと手を伸ばして剣に触れた瞬間、意識の奥に声が流れ込んできた。


『……ガルツ。すまない。お前を一人にしたくなかった。だが、どうか生きてくれ。国など信じられなくてもいい。お前が、まっすぐ歩いてくれたら、それでいい』


湊は目を見開いた。


「……この剣、あんたの隊長の想いだ」


「なっ……!?」


「忠誠の誓いじゃなかった。ガルツ、お前を心配してた。国のことなんて、どうでもよかった。お前に、生きてほしかったんだ」


ガルツの目に、ゆっくりと涙が浮かんだ。


「……そう、だったのか……隊長……!」


◆ 処刑と、決意


翌朝。ふたりは処刑場へと連れ出されていた。石の広場には市民が集まり、王の命により設けられた高台には、刃が光っていた。


「神への背信者に、剣による裁きを」


兵が剣を抜こうとした、その瞬間。


「やめろ!!」


声とともに駆け出した影。


それは、ガルツだった。鎧を脱ぎ捨て、剣を抜いたまま、湊とリュミアの前に立ちはだかる。


「これ以上……無実の人間を殺す国に、俺は仕えることはできない!」


「ガルツ!? 貴様、何を――」


「罪なき人間を裁く正義に、意味などない!!」


彼の一喝に兵たちがたじろぐ。


「湊! 今だ、逃げろ!」


「……ああ!」


リュミアとともに駆け出す湊。背後で、ガルツが剣を振るい、兵士たちを振り払う。


そして、王都の門を、三人の影が夜霧の中へ消えた。


◆ 三人の旅路


山道を抜けた先、朝焼けの空が三人を照らしていた。湊が振り返ると、ガルツが静かに笑っていた。


「……すまない。俺は、守りたかったんだ。隊長の想いと……正しいと思える道を」


リュミアは、そっと彼の隣に立った。


「私たち、同じです。剣の意味を知りたくて、旅をしてる。あなたの剣にも、意味がある」


湊は頷いた。


「なら……これからは、三人で行こう」


こうして、異世界の“剣を抜く”旅は、新たな仲間とともに再び始まった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

ただの誤解から始まった召喚が、湊たちに大きな試練をもたらしました。

ガルツとの出会いと脱出劇を書くのはとても胸が熱くなる場面でした。

次回からは、三人での新たな旅路が始まります。どうぞお楽しみに!

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