町で剣を抜いたら、勇者と間違われて宿代が無料になりました。
はじめて異世界の町に足を踏み入れた湊。
知らない文化に戸惑いながらも、剣と人々の生活を目にして少しずつ自分の役割を感じ始めます。
今回は、そんな彼の小さな一歩のお話です!
森を抜けて最初に見えたのは、石造りの外壁と、ややくすんだ赤い屋根が並ぶ町だった。
ミルナート――古くから街道の中継地点として栄えた交易の町で、
馬車と荷車の往来が絶えず、広場の周囲では露店の客引きの声が響いていた。
湊は、息をのんだ。
どこか中世ヨーロッパの城塞都市を思わせる光景。
異世界に来たのだと、ようやく肌で実感した。
(……すげえ、本当に"異世界"なんだな)
文化も空気も違う。
けれど、不思議と胸の奥が高鳴っていた。
まるで、未知の街に一人旅に来たときのような――そんなワクワクとした感覚。
懐かしさと新鮮さがないまぜになった気持ちを抱えながら、湊は町へと歩を進めた。
だが、その高揚感を一気に冷ますような光景が、目の前に広がっていた。
剣。
長さも形も色もまちまち。
地面から突き出すように、雑草のように剣が無数に生えている。
子どもたちはそれを避けて遊び、
大人たちは無言で踏まないように足元をすり抜けるように歩いている。
生活の中に、異物が溶け込んでいる。
それが当たり前になっている町。
「……なんだろうな、この風景」
湊は医者としての直感で、“異常が日常化してしまった”空気を感じ取っていた。
広場の片隅、古井戸の脇。
そこにも一本、地面から剣が突き出していた。
錆びた刃。飾り気のない柄。
表面は土にまみれ、根元には微細な魔素のうねりが感じられる。
(魔素の揺れ方……想いのない、自然発生の剣か)
湊はしゃがみ込み、
かつてメスを握ったときと同じ集中力で、剣の根に手を添えた。
角度、抵抗の向き、周囲の魔素の流れ――
それらを一瞬で把握し、**「もっとも負荷の少ない抜き方」**を選ぶ。
ズッ――
剣は、ごく自然に抜けた。
周囲の魔素がパッと散り、地面がふわりと閉じていく。
「……今、剣……抜いたぞ!」
「誰だ!? 勇者か!? 勇者が来たのか!?」
湊:「いや、違う。俺は――」
「勇者様だァァァァッ!!」
──湊、勇者と誤解される。
湊は半ば引きずられるように町の宿へ案内されていた。
木組みの外観に赤い屋根瓦。名前はロリフ亭。
田舎らしい素朴な内装だが、清潔で風呂付きという好待遇。
「勇者様には何もかもタダでいいのです!!」
「宿代も食事代もすべて我が店が!」
「……違うって言ってるんだけどなあ……」
無料の夕食を前に呆然とする湊。
豪華とは言わないが、肉入りの温スープ、焼きたての黒パン、ハーブの効いた白身魚のソテー。
胃に優しい温かさが、長旅の疲れをほぐしていく。
「まあ、タダなら……ありがたくいただこうか」
翌朝。
朝靄の残るミルナートの町の端で、湊は静かに剣の前にしゃがみ込んでいた。
昨日と同じく、剣は地面から突き出ていた。
鉄のような硬質な柄。錆びつき、何年も放置されているのが一目でわかる。
湊は片膝をつき、剣の根にそっと手を当てる。
魔素の流れを読み、土の硬さと角度を計算しながら、ゆっくりと引き抜いた。
ズ……
小さな音とともに、剣が地面から離れる。
湊:「よし。これで通路は通れるな」
町の人々は、遠巻きに見ていた。
誰も近づこうとはしないが、その視線には明らかな驚きと尊敬があった。
朝の冷気が少しずつ和らぎ、町には朝市の賑わいが戻り始めていた。
石畳の隙間から生える剣を一本抜いた湊は、振り返ると、
黒髪を一つにまとめた少女が立っていた。
丸眼鏡に、筆記道具を抱えた小さな肩。清楚な印象だが、目だけは鋭い知性を湛えていた。
「あなたが、“剣を抜いた人”なんですね?」
「……誰?」
「すみません、名乗り遅れました。私はリュミア・ストレイルと申します。
剣の発生と記録を研究している、いわゆる“剣史研究者”です」
「あなたと一緒に旅をさせていただけませんか?」
「……理由を聞いても?」
「はい。剣の現象を記録するためです。あなたのような“根から抜ける存在”と行動を共にすれば、
剣の理解が一歩進むはずなんです」
湊は静かに視線をそらし、言った。
湊:「悪いが、それはできない」
「……どうして、ですか?」
湊:「俺は“研究のため”に剣を抜いてるわけじゃない。
俺が動くのは、“剣で困ってる人がいる場所”だけだ。
それに……世間体もある。
男女ふたり旅なんて、妙な噂を立てられたら、君の評判にもよくないだろ?」
リュミアは、少しだけ驚いたように目を見開いた。
だが、湊のまなざしが本気であることを察して、彼女はそれ以上は押さなかった。
「……わかりました。ですが、せめて……今日一日だけでも、近くで見学させていただけますか?」
湊:「それなら構わないよ」
昼過ぎ。
町のはずれ、倉庫裏の小さな通路の真ん中に、それはあった。
見た目は特に目立たない、よくある“自然発生した剣”だった。
町の人いわく、「一番最後に生えた剣」であり、荷車の通行をふさぐため困っているという。
湊は、いつも通り剣の根に手を添えた。
(……あれ?)
触れた瞬間、胸の奥に熱のようなものが流れ込んできた。
「──ロッソ、生きて……」
湊の視界の端に、小さな影が揺れた。
振り返ると、少年が剣に両手を広げて立ちはだかっていた。
「だめだ! それ、抜いちゃだめだ!!」
湊:「…………?」
そこへ町の人が駆け寄ってきた。
「あの子は、両親を魔物に殺されてな……。
この剣が生えたのは、その翌日だったんです」
(……まさか、これが想いが宿った剣……?)
剣に宿っていたのは、
両親が命を賭して子どもを守ったその想いだった。
その想いが、魔素となって地に根を下ろし、
この剣として今も――“残っていた”。
リュミアが、そっと湊の隣に立った。
「……湊さん。この剣、抜かないという選択はできますか?」
湊:「……わかった」
湊は、そっと手を引いた。
剣は、何も言わず、そこに残ったまま微かに光を帯びていた。
少年はぽろぽろと泣きながら、剣にしがみついた。
「パパ、ママ……ずっとここに、いてくれるんだよね……?」
湊はそっと目を閉じた。
この剣は、抜かれるべきではない。
“そこにある”ことで、子どもが生きていけるのなら――。
その日の夕方、町の広場の片隅。
リュミアは、湊にぽつりと語り始めた。
「……私も、親がいないんです」
湊:「……」
「母は、私が幼いころに病気で亡くなりました。
父は“剣の調査者”で、各地を回って記録していました。
でも……五年前、突然帰ってこなくなって。
その日から、私は一人で剣を追いながら、父を探しているんです」
夕暮れの風が、彼女の黒髪を静かに揺らした。
「今日の子を見て……自分を重ねてしまいました。
私も、剣のどこかに“父の手がかり”が残ってるんじゃないかって、
ずっと思ってて……だからあの子が剣を守ろうとした気持ちが、痛いほどわかってしまって」
彼女は俯き、言葉をつないだ。
「私情でした。……すみません」
湊は小さく首を横に振った。
「俺も、あの剣を“抜いちゃいけない”と思ったよ。
君の願いがなかったとしても、同じ選択をしてた。
だから、謝る必要はないさ」
リュミアの瞳に、ほのかな光が宿った。
静かな沈黙のあと、湊がぼそりとつぶやく。
「……もしそれでも、君が一緒に来たいって言うなら。
“研究のため”じゃなくて、“人の想いを知るため”に来るなら――
歓迎するよ」
リュミアは、小さく笑ってうなずいた。
「じゃあ、明日からよろしくお願いします、湊さん」
こうしてふたりの旅は始まった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
異世界の町並みにワクワクする湊と、剣を抜いて勇者と間違われるドタバタ展開を書けて、とても楽しかったです。
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