はじめての一人歩き
はじめましての方も、いつも読んでくださっている方も、こんにちは!
今回はちょっと趣向を変えて、リュミア視点のお話です。
普段はしっかり者のリュミアが、ひとりで町を散策して、仲間のためにお土産を選んだり――。
よかったら、最後までお付き合いください!
◆ フィルマータの風に吹かれて
「うわぁ……」
思わず、そんな声が漏れてしまった。
フィルマータの町は、これまで訪れたどの町よりも明るく、どこか心をくすぐる雰囲気に満ちていた。
石畳の道沿いには、色とりどりのテントが並び、香ばしいパンの匂いや、甘酸っぱい果実の香りが漂っている。
「ここで少し休んでいこう。いいだろ?」
湊さんがそう提案して、私たちは頷いた。
だが、すぐに――
「……ちょっと、一人で見てくるわ。」
湊さんが、肩の荷を降ろすように言った。
「おう、俺も別行動するか。」
ガルツさんも、伸びをしながら言葉を重ねる。
ふたりとも、それぞれ自由に町を歩きたかったらしい。
そして、自然な流れで私も一人になった。
「……えっと、じゃあ、後で噴水広場で集合ってことで!」
そう声をかけあい、三人は別れた。
私は、ひとり。
――少し、心細い。
でも、それ以上に、胸が高鳴っていた。
(せっかくの、フィルマータ……私も、たくさん見て回りたい!)
◆ 市場のきらめき
テント市場を歩く。
鮮やかな布、きらきら光るガラス細工、小さな香水瓶……。
旅人向けの実用品と、地元の工芸品が並ぶ市場は、見ているだけでわくわくした。
(なにか、湊さんやガルツさんに、お土産を……)
そう思った瞬間、ふたりの顔が脳裏に浮かぶ。
湊さん――
冷静で、時々皮肉っぽいけど、本当は誰よりも優しくて、真剣な人。
どんなときも「助けるため」に行動していて、だけどそれをわざわざ口に出したりはしない。
背中で語る、そんな大人のかっこよさを持った人。
(……湊さんには、実用的で、それでいて少し洒落たものをあげたいな)
そう思いながら、旅人用の小型万能ナイフに目を留めた。
持ち手に、森を象った彫刻が施されている。
(これなら、きっと湊さんも使ってくれる……!)
そっと手に取って、胸の中でふふっと笑う。
そして、ガルツさん――
まっすぐで、ちょっと不器用で、だけど絶対に信頼できる人。
熱くなると周りが見えなくなるところもあるけど、その真っ直ぐさに何度も救われた。
傷だらけになりながらも立ち上がる姿を、私は何度も見てきた。
(ガルツさんには……ごちゃごちゃ飾ったものじゃなくて、もっと“らしい”ものがいい)
そう思い、私は別の店に目を留めた。
そこには、旅人向けに売られている「頑丈な革製ベルト」が並んでいた。
使い込むほど味が出るような、無骨なデザイン。
剣を腰に下げることの多いガルツさんには、ぴったりだ。
(これ……似合うかも)
私は丁寧にベルトを選び、頑丈なつくりの一本を手に取った。
袋にしまいながら、また小さく笑った。
(二人には、きっと内緒にしておこう)
驚かせたほうが、きっと、もっと嬉しい顔が見られる。
そんなささやかな願いを、そっと心に抱きながら、私はまた市場の雑踏に溶け込んでいった。
◆ 骨董屋にて
市場の喧騒を離れ、私は細い路地へと足を踏み入れた。
そこには、こぢんまりとした骨董品屋があった。
(ちょっと……覗いてみようかな)
ドアを押し開けると、軋んだ音と共に、埃っぽい空気が漂う。
古びたコイン、壊れたランタン、そして――
「……これ、剣……?」
棚の奥に、小さな"剣のかけら"があった。
錆びた金属片。だが、どこか惹きつけられる。
私は、そっと手をかざしてみた。
けれど、何も感じない。
想いも、力も、そこには残っていなかった。
(……湊さんなら、何か分かるのかな)
少しだけ、胸が痛んだ。
その時、店の奥からごつい手を拭きながら、店主らしき男が出てきた。
「お嬢さん、それに興味あるのかい?」
私は戸惑いながら頷いた。
「それな、もとは地面から生えてた剣さ。けど……」
男は懐かしそうに言葉を続けた。
「学者が言ってたよ。あれは珍しいやつでな、魔素を全部吐き出しちまったらしい。
普通なら魔素が残ってるもんだけど、全部吐ききると、剣は脆くなる。
で、何かの拍子にパキンと折れて、今はその欠片だけが残ったってわけさ」
「……魔素を、吐き出して……」
私はかけらをじっと見つめた。
何も宿さない剣。
それはある意味、使命を果たして役目を終えた存在なのかもしれない。
私は店主に軽く礼を言い、骨董屋を後にした。
◆ 噴水広場の片隅で
広場に戻ると、湯気のように陽光をまとう噴水の縁に腰を下ろした。
まだ湊さんも、ガルツさんも戻ってきていない。
私は、風に揺れる市場の幟をぼんやり眺めながら、そっと耳を澄ませる。
すると、近くのベンチで談笑している老人たちの声が耳に入った。
「昔な、この街道沿いを、律儀な剣士が一人で調査して回ってたもんだ」
「剣の生え方や土地の様子をひとつずつ記録してってな。あれは珍しい若者だったよ」
私はぴくりと反応した。
(調査……? そうか、ここにも調査団は来てたんだ....)
「なんだっけな、名乗ってた名字が……ストレイル、だったかな」
「そうそう! 黒髪で真面目そうな顔してて、剣に向かって手を合わせるような、変わったやつだったなあ」
(……っ!)
胸が一気に高鳴った。
ストレイル。黒髪。剣に手を合わせる。
(お父さん……!)
私は手をぎゅっと握り締めた。
剣を抜けない。けれど、剣に向き合い、土地に向き合い、人々のために歩いた人。
それが、私の父だった。
(私も今、同じ道を歩いてる……)
心が、温かく満たされた。
父が見た景色を、私も追いかけている。
その思いだけで、胸に新たな力が宿る気がした。
私は顔を上げた。
まだ湊さんも、ガルツさんもいない広場の中、
きらきらと揺れる噴水の光をまっすぐに見つめながら、そっと誓った。
(私も、進もう。父のように。そして、自分自身の道を)
◆ 夕暮れ、噴水前にて
フィルマータの中央広場。
噴水から細く吹き上がる水音が、静かな風に溶け込んでいる。
(……こうして一人で待つのも、少しだけ慣れてきたかも)
買ったお土産の包みを胸に抱きながら、私は夕焼けに染まる町並みを見上げる。
ほどなくして、ふたりの影が近づいてくるのが見えた。
「おっ、いたいた!」
ガルツさんが手を振り、湊さんも穏やかな笑みを浮かべている。
「待たせたな、リュミア」
私は立ち上がり、にこりと微笑んだ。
「いえ、私も今来たところです」
三人が顔を揃えると、不思議と心があたたかくなった。
「俺たちも色々見てきたぞ」
湊さんが苦笑混じりに言う。
「裏通りに、変な屋台があってな」
ガルツさんも肩をすくめた。
「『世界一まずい飴』とか言って売っててよ……。試しに買ったらマジで死にかけた」
「な、なんで買うんですか……!」
思わず笑ってしまう。
湊さんも軽くため息をつきながら、
「俺も市場でスパイスの試食して、むせて死ぬかと思った」
顔を見合わせて、三人で声を上げて笑った。
こんな何気ない時間が、たまらなく愛おしかった。
私は、少しだけ緊張しながらリュックから小さな包みを取り出した。
「……あの、これ」
「お二人に、ささやかですが、お土産です」
湊さんとガルツさんが驚いた顔をする。
「お、マジか!」
「へぇ、気が利くじゃねぇか」
私はまず湊さんに、そっと包みを手渡した。
「湊さんには……これ。
小型の万能ナイフです。旅の途中、細かい作業に使えるかなって思って」
「おいおい、湊はナイフなんて自分で作ることできるだろ」
「あっ!!本当ですね!
ごめんなさい、湊さん.....必要ありませんでしたよね....?」
湊さんは包みを開き、手のひらに収まるシンプルなナイフを眺めた後、ふっと微笑んだ。
「……ありがとう。ちょうど欲しかったんだ」
次に、ガルツさんにもう一つの包みを渡す。
「ガルツさんには……頑丈な革製のベルトです。
荷物が増えた時や、道具を下げるときに使えるかなって」
ガルツさんは無言でベルトを手に取り、ぎゅっと握りしめた。
「……悪くねぇ。ありがとな、リュミア」
私は照れくささを紛らわすように、笑った。
(ふたりとも、喜んでくれてよかった……)
歩き出した三人の影が、夕陽に伸びていく。
私は胸の中で、そっと誓う。
(私も――)
誰かの役に立てる強さを持ちたい。
想いを繋げる旅を、私も、誇りを持って続けていきたい。
フィルマータの町の灯りが、旅路を優しく照らしていた。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
今回はいつもと違うリュミア視点、いかがだったでしょうか?
次回はマナ・スキャンの修行も始まりますので、どうぞお楽しみに!




