剣聖教編③
静かな朝を迎えたラネムの町に、剣聖教の影が忍び寄る――。
今回は、湊たちが初めて教団の追っ手と正面から対峙する緊張のエピソードです。
"剣を抜く意味"を信じる湊の決意と、迫る戦いの始まりをぜひ見届けてください。
◆ 聖なる裁きの影
翌朝、ラネムの町はいつもと変わらぬ静かな朝を迎えていた。
早朝の市では焼きたてのパンや果物が並び、子どもたちの笑い声が広場に響いていた。
「よく寝れたな。体も軽い。やっぱり布団って大事だな」
ガルツが豪快に伸びをしながら湊の肩を叩いた。
「少し落ち着いたら、町の北側の剣も見に行っておきましょうか」
リュミアは記録帳を抱えたまま、準備を整えていた。
湊は宿の玄関先に出て、朝の澄んだ空気を胸に吸い込んだ。
(こんな平和な町にも、剣は生えてる……。改めて考えると不思議な光景だな)
だがその穏やかなひとときは、突然打ち破られた。
「……神聖教巡察部隊、入城許可済み。市門を開けよ!」
町の門番の叫びと共に、重い門扉が開かれ、黒い装束の一団が馬を駆って町に入ってきた。
その先頭にいたのは、白銀の長髪と漆黒の礼装をまとった男——巡察隊長エイシャ・グレイヴ。
彼の背には二振りの細身の剣。神官でも騎士でもない、冷たく研がれた刃の気配をまとう男だった。
一団が宿の前に馬を止めた。
「永久脱剣・湊と名乗る者に通達する」
エイシャの声は静かだったが、町中に響くほどに澄んでいた。
「貴殿は神の剣を穢した疑いにより、剣聖教第八巡察部隊の管理下に置かれる。即時、出頭せよ」
「……っ、なんだと……?」
ガルツが即座に身構える。
「何の証拠があって……湊さんは町の剣を抜いただけです」
リュミアが鋭く抗議するが、エイシャの表情は一切変わらなかった。
「神の剣に触れるには、神の加護が必要だ。加護なき者の行為は、冒涜とみなされる」
「出頭の命に応じねば、強制執行に移る」
湊は一歩前に出て、まっすぐにエイシャを見つめた。
「加護があるかどうかじゃない。あの剣は、町の人の暮らしを邪魔していた。それをどかしただけだ」
「行為の動機は関係ない。神の理に背いた以上、裁きの対象だ」
エイシャは冷たく言い放つ。
湊はふと、背後から複数の子どもたちが見守っているのに気づいた。
昨日、自分に「ありがとう」と笑ってくれた顔たちだった。
(ここで下がったら……“剣を抜いた意味”がなくなる)
「悪いけど、出頭はしない。俺は“剣を抜くこと”を信じてる」
湊が右手を地面にかざすと、魔素が周囲の大気から集まり始めた。
「……育剣を……」
リュミアが息を呑む。
「強制執行を開始する」
エイシャが無言で剣を抜いた。黒銀の刃が空を裂き、周囲の空気が震える。
巡察部隊の黒装束たちが湊たちを囲むように動き出す。
ガルツが剣を構え、リュミアが魔導石を握り、湊が地面に触れた瞬間——
「……来い。俺の剣」
ズズッ……と地面が割れ、純白の柄を持つ剣が地中から生まれた。
湊の手にその剣が収まると、黒装束たちが一斉に動き出す。
激突の瞬間が迫っていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
ついに湊たちと剣聖教第八巡察部隊の直接対決が幕を開けました。
信じるもののために立ち上がる湊の姿と、揺るがぬ教団の理。この衝突が、彼らの旅をさらに深く、厳しいものへと導いていきます。
次回、ついに戦闘の火ぶたが切って落とされます!どうかお楽しみに!




