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剣聖教編①

旅の途中、湊たちは静かな町ラネムを訪れます。

今回は、剣を抜いたことが思わぬ波紋を呼び、密かに忍び寄る新たな脅威の影が動き出すエピソードです。

平穏な風景の裏に潜む気配を、ぜひ感じながら読んでみてください。

◆ 勇者?再び


湊たちがたどり着いたのは、丘陵地帯の奥に広がる静かな町、ラネムの町だった。

山間の風が街路を吹き抜け、木造の家屋が並ぶ石畳の道に、色とりどりの旗が風に揺れている。


「ほら、あっちに小さな露店が……りんご飴かしら?」

リュミアが目を細めて言った。


「わりと栄えてるな。雰囲気も悪くない。今日は休めそうだな」

ガルツが大きく腕を伸ばし、心なしか顔がほころんでいる。


「剣の反応も……この辺りに少しあるな」

湊は手のひらで地面の魔素を感じ取りながら、ゆっくりと歩を進めた。


広場の中心には、古い噴水と一本の大きな剣が突き立てられていた。

その剣はやや鈍く錆びており、周囲の石畳にはひび割れが走っている。


「通りすがりに生えたんだろうな……少し前って感じだ」

湊はしゃがみ込むと、剣の根元にそっと手を当てた。


「抜くの? ここ、見物人も多いけど……」とリュミアが小声で言う。


「ここまで生えてるってことは、たぶん誰にも抜けなかったんだろうし。通行の邪魔にもなってるしな」

湊は軽く笑いながら、剣に魔素の流れを読み取り始めた。


町人たちが徐々に集まってくる。

「また勇者候補が試すのか?」「違う、あの人……旅人だよ」


周囲のざわめきをよそに、湊は深く息を吸い、意識を一点に集中させた。


——抜く。


「……っ!」

刹那、根を断ち、魔素の流れを断ち切ると同時に、剣はまるで砂を振るい落とすように、すっと抜けた。


「うおぉ……! 抜けた……!」

「信じられない、ただの旅人が……」


どよめきが広場を包んだ。


湊は剣を横に置き、地面に残った魔素の根を押さえ封じる術式を描く。

それを終え、立ち上がった彼に、町人のひとりが歩み寄った。


「……ありがとうございます。あの剣、ずっと抜けずにいたんです。誰も近づかなくなってて……」

「剣があると魔物も近づきやすいですからな」

「これ、少ないですがお礼を……!」と、複数の人々が果物やパン、花束を差し出してきた。


「いや、大丈夫ですよ。本業みたいなもんですから」

湊は恐縮しながらも、温かく微笑んだ。


「これだけの人に喜ばれるって……湊、すごいことしてるって、改めて思ったわ」

リュミアがふとつぶやくと、湊は少しだけ、照れたように頬をかいた。


「……ま、邪魔な剣を一本抜いただけさ」


町は祝福の空気に包まれたが、その場面を、遠く屋根の上から無表情で見下ろすフードの人影があった。


その人物はそっと懐から、小さな金属製の護符を取り出した。

それには——剣聖教の紋章が、刻まれていた。


◆ 忍び寄る影


「ここの宿、当たりだな。床板も軋まねぇし、湯も熱かった」

ガルツが気分良さそうに寝転び、頭の後ろに手を組んだ。


湊たちは、町の中心にある老舗の宿「シランの軒」に腰を落ち着けていた。素朴な木の香りが漂う部屋で、旅の疲れがゆっくりと溶けていく。


「町の人たち、すごく感謝してくださいましたね。あんなに喜ばれるなんて、少し驚きました」

リュミアが記録帳をめくりながら微笑んだ。


「まあ、通行の邪魔だったし。抜けて良かったよ」

湊は肩を回しながら、今日の手応えを思い返していた。


「ですが、あの剣……少しおかしかったように思います。根が非常に硬く、魔素の密度も濃すぎました」

リュミアは記録帳にさらさらとペンを走らせながら、真剣な表情で続ける。


「ここは山の麓で、魔素が溜まりやすい地形だしな。偶然、魔素が凝縮して剣が生えたんじゃねぇか?」

ガルツが手持ち無沙汰に剣の柄を撫でながら言った。


「それも考えられますが……最近、生えてくる剣の本数も質も、以前とは明らかに違ってきているように思います」

リュミアの言葉に、湊も小さく頷いた。


「抜いても抜いても、生えてくる感覚はあるな。原因はわからないけど……剣って、そもそもなんなんだろうな」


誰も、その答えを持っていなかった。


世界では、“剣は魔素の多い場所に偶発的に発生するもの”と信じられている。

湊たちも、それが常識だと思っていた。

だが、背後にある真実はまだ彼らの手の届かない場所に眠っていた。


その夜、町の酒場では昼の騒ぎが早くも話題となっていた。


「剣を抜いた旅人がいたってな。しかも加護なしで」

「まさか、勇者の再来なんじゃ……」

「いやいや、神の剣に触れるなんて、教団が黙ってないぞ」


噂はすぐに尾ひれをつけて広がっていった。


そして、それを聞きつけた者がいた。


町外れの小屋の中、フードを深くかぶった影が一枚の羊皮紙を丁寧に巻き、黒い金属の護符を取り出す。


「加護なき者が剣に触れた……神聖を穢す者……」


男の囁きは、護符に刻まれた剣聖教の紋章に吸い込まれていく。


「第八巡察部隊へ。異端者確認——神敵、発見」


そのまま術式を起動させ、護符は淡く光って空へと溶けた。


男は目を閉じ、静かにその場を後にした。


その頃、湊たちは次の目的地について話し合っていた。

気づかぬうちに、“神の名のもとに迫る脅威”が、彼らのすぐ近くまで迫っていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

剣聖教という新たな勢力が、湊たちの旅に大きな影を落とし始めました。

ただ剣を抜くだけでは済まされない、信仰と異端を巡るテーマも、ここから少しずつ深掘りしていく予定です。

次回、剣聖教編はさらに加速していきます。どうぞ引き続きお楽しみに!

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