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「まさか、和藤君に呼び出されるなんてね」
放課後。人がほとんど来ない旧校舎裏で待っていると、そんな声が聞こえてきた。
その声の主は、ラブレターを奪われ。けれども、東出先輩と付き合うことのできた、廣瀬だ。
「もしかして、私に告白でもするの?」
廣瀬は俺をからかうようにクスクス笑っている。
「違う」
「そうだよね。私には彼氏がいるし、和藤君は留美のことが大好きだもんね」
「俺は別に、明智のことが好きって訳じゃ……」
そりゃあ、明智はかわいくて性格も明るくて、勉強も運動もできる、みんなに好かれるヒロイン女子だ。当然俺も、そんな明智のことを好ましく思っているけれど。
それは、俺だけじゃなく、学校中の人間が思っていることのはずだ。
というか、今はそんなこと、関係ない。
「時間が無いから、本題に入らせてもらうぞ」
なおも「そっか。そういえば和藤君、留美に放課後デートに誘われてるんだもんね」と、俺をからかってくる廣瀬の言葉を無視して、俺は咳払い一つしてから、廣瀬の目をじっと見る。
「ラブレター泥棒の犯人、廣瀬でしょ」
「……違うよ」
廣瀬は余裕のある笑みを浮かべながら、否定してくる。
しかし、俺には確信があった。廣瀬はクラスでも静かなタイプだ。それなのに、今の廣瀬はやけに饒舌なのだ。
何かを隠しているとしか思えない。
「まぁ、確かにそうだな。正確には、ラブレター泥棒は全部、廣瀬の自作自演だったんじゃないか?」
「……どうしてそう思うの?」
廣瀬は余裕のある笑みを崩さない。
でも、きっと演技だと思う。
というか、演技じゃなかったら困る。
「違和感は昨日からあった。人の恋路を邪魔するために他人の書いたラブレターを奪うなんてこと、するだろうか?」
「さあね。恋は人を狂わせるって言うから、それくらいする人がいてもおかしくないんじゃない?」
ノータイムでそう返されると、自分の推理が間違っているんじゃないかと心配になってくる。
廣瀬は頭がいい。明智よりもテストの順位が高い上に、明智と違って、なんというか悪知恵が働く。正直俺が苦手なタイプだ。
廣瀬の余裕そうな態度は、きっと演技だと思う。
でも本当に間違ってたらどうしよう。
そんな不安が、胸の中でどんどん広がっていく。
しかし、今更後には引けない。
「廣瀬は昨日、今までにも東出先輩に出したラブレターが奪われるという事件が起きていると言った。でも、東出先輩に聞いたんだけど、球技大会が終わってから、むしろ貰うラブレターの数は増えたらしい。これは少しおかしい。
それに、学校で起きた事件には顔を突っ込まずにはいられない明智が、ラブレター泥棒のことを知らなかった。これも不自然だ」
「そうかな。もらうラブレターが増えたんだから、その分ラブレター泥棒に奪われずに届いたラブレターの数も増えたんじゃない? それに、いくら留美がミステリオタクだったとしても、知らない事件の一つや二つ、あるんじゃない?」
まぁ、確かに。
いやいや。俺が言いくるめられてどうする。
慌てて咳払いを一つして、気持ちを落ち着かせてから、別の切り口から攻めることにした。
「正直、これだけだったら、小さな違和感でしかなかった。でも、これを見た時、その違和感が大きくなった」
ポケットから、昼休みに明智に借りたレターセットを取り出す。
「これは昨日、明智と買いに行ったものだ」
「ふ~ん。君たちって、昨日も放課後デートをしていたんだ」
「だから、違うって」
くそ。こんなことでいちいち動揺していては、廣瀬の思うつぼじゃないか。
もう、廣瀬の言葉は無視しよう。
俺はそう心に決めて、口を開く。
「この封筒には、ある特徴がある。封筒を開けると、内側に綺麗な薔薇の絵が描いてあるんだ」
封筒の中に描かれた薔薇を見せた時、今まで余裕そうな表情を浮かべていた廣瀬の眉がピクリと動いた。
「それなのに、廣瀬は昨日、この封筒の特徴を説明するときに『ただのピンクの封筒だ』と言ったね。内側に薔薇の絵が描かれているという目立つ特徴のある封筒を『ただのピンクの封筒だ』と説明するのは、不自然じゃないか?」
廣瀬は余裕のある表情を崩さなかったけど、眉がほんの少しだけピクリと動いた気がした。
俺は明智の目をじっと見て、言葉を続ける。
「だから、廣瀬はこのレターセットを開けていない。つまり、ラブレターを書いていないんじゃないかと思ったんだ」
恐らく、俺の推測は当たっている。
今までの感じだと、「ラブレターを探すときに中身は見ないから、説明しなかった」とでも言い訳をしてきそうな廣瀬が、黙ったままだからだ。
正直、明智の友達の廣瀬がこんな事件を起こしたなんて、信じたくないけれど。
でも、とりあえず廣瀬が黙っている今の内に、すべて話してしまおう。
俺は明智から借りたレターセットをポケットにしまって、もう一度、廣瀬の目を見る。
「確信を持ったのは今日の昼休み。明智から聞いたけど、廣瀬は昨日も今日と同じように、校庭で地域のイベントの準備をしていたんだよね?」
廣瀬は答えなかった。
俺はその沈黙を肯定と捉え、話を進める。
「東出先輩は昨日も今日と同じように、昼休みには外に出ていた。外に出るためには、上履きから外靴に履き替えなければいけない。そして、靴を履き替えるということは、下駄箱に行っているということだ。」
校庭で作業する以上、上履きのままというわけにはいかない。実際、今日の昼休みに校庭で作業していた東出先輩は、外靴に履き替えていた。
昨日は上履きで作業していた、なんてことは、考え辛い。
「つまり、東出先輩は、昨日の昼休みに下駄箱の中身を確認しているんだ。そして、先輩が下駄箱の中身を確認していることを、廣瀬は知っている。だって、君は昨日も今日と同じように、外で働く先輩を眺めてたんだから」
廣瀬は今日。それはそれは熱心に、東出先輩のことの眺めていた。
きっと、昨日も同じように東出先輩のことを眺めていたのだろう。
つまり、廣瀬は昨日東出先輩が外靴に履き替えていることも知っていたはず。
だから、廣瀬は昼休みの時点で、東出先輩が下駄箱の中を確認していることも、当然知っていたはずなのだ。
「それなのに、昨日廣瀬は、放課後にラブレターが届いたかどうかが心配になって、先輩の下駄箱を確認しに行った。そして、東出先輩の下駄箱からラブレターが無くなっているのを見て『もしかしたらラブレターが奪われたかもしれないと思ったと』言っていたよな。でも、これは明らかにおかしい」
廣瀬は、昼休みの時点で先輩が下駄箱の中身を確認していることを知っているのだから、放課後にラブレターを確認しに行くこと自体が不自然だ。
その上、ラブレターが無くなっているのを見て『先輩に届いたんだ』と安心する前に『もしかしたら奪われたかも』と考えるのは、もっとおかしい。
つまり、ここから導かれる真実は一つだ。
「ラブレター泥棒なんて、存在しない。そもそも廣瀬はラブレターなんて書いていない。全て、今回の事件は、全部廣瀬の自作自演。そうだな?」
「……やっぱり、和藤君はすごいね。」
廣瀬は観念したのか、ふっと力の抜けた笑顔を浮かべた。
「そうだよ。和藤君の言う通り、私はラブレターを出してない。全部、私の自作自演だったんだ」
よかった。どうやら、俺の推理は当たっていたようだ。
「別に俺はすごくないよ」
俺はただ、ひねくれ者なだけだ。
だから、素直過ぎる明智では思いもつかないことでも、思いつくだけだ。