表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/11

6

「……で、何で俺は図書館にまで連れて来られたの?」


 文房具屋を出た後、俺は明智に言われるがままに、図書館にまで連行された。

 俺の自転車を明智が勝手に引っ張って行ってしまったので、拒否権が無かったのだ。


「だって、カフェだとお金かかっちゃうでしょ? 図書館のフリースペースだったらタダだから」


 図書館の入り口近くにあるフリースペースは無料で開放されており、飲食も私語もOKなので、学生の溜まり場になっているのだ。

  

 というか明智。そんなに金欠なら、レターセットを買っている場合じゃないだろ……


「そういうことじゃなくて。俺はなんのために連れて来られたんだよ」

「そんなの決まってるでしょ? レターセットを調査するためだよ」


 そう言いながら、明智は先ほど買ったばかりの可愛らしいレターセットを開封している。


 いや、だから。その調査に俺は必要ないだろ。

 

 それに、廣瀬と東出先輩は、晴れて恋人同士になったのだ。ラブレター泥棒の正体を探す必要がなくなった今、その調査の必要もないのだ。


「ワトソン君、今日は用事ないって言ってたじゃん」


 確かに用事はないと言ったけど……

 だからって、こんなところにまで連れて来られるとは思ってなかった。


 文房具屋ならともかく、ここは学生のたまり場になっている分、同じ高校の生徒がいる可能性も極めて高い。


「ねぇ、ワトソン君。もしかして、私と一緒に居るの、嫌?」


 なるべく体を小さくしながらきょろきょろと周りを見渡していると、俺の向かいに座る明智が、表情を曇らせながら、そう尋ねてきた。


「違う!」


 そんな不安そうな明智の表情を見ていたくなくて。

……というより、俺が明智をそんな表情にしてしまったという自責の念のせいで、思ったよりも大きな声が出てしまった。


 目の前の明智も、ただでさえ大きな瞳をさらに大きくして、いかにも驚いています。という表情になっている。


「ごめん。でも、明智と一緒に居るのが嫌なわけじゃないんだ……」


 慌てて声を押さえて、そう伝える。


 俺はただ智に迷惑をかけたくないだけなんだ。

 

 クラスのマドンナである明智と一緒にいるところを知り合いにでも見られたら、また『俺と明智が付き合っているんじゃないか』とかいううわさが広がってしまう。


 俺は、それが嫌なんだ。


「私と一緒に居るのが嫌なわけじゃないんだね?」


 しかし、明智は、そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、いつもよりもほんの少し優しい声で訊いてくる。

 

 明智の質問に、力なく頷くと、明智はいつもの眩しい笑顔を浮かべながら、


「なら、いいや!」


 とだけ言った。


 たった、それだけ。


 たったそれだけのことなのに。


 俺みたいなパッとしない男子が明智の隣に居てもいいんだろうか。そんな不安すら吹き飛ばしてしまうほどの威力が、明智の笑顔にはあった。

 

「見て見て、ワトソン君! この封筒、開けると薔薇の絵が描いてあるよ!」


 明智はすっかりいつもの調子に戻ったようで、向かいの席から立ち上がり、俺の隣で、というか、ほとんどゼロ距離で封筒の中身を見せてこようとする。


 明智よ。そんなに近くに来なくても、俺は封筒の中身を見ることができるぞ。


 しかし、明智の言う通り見事な絵だな。


「東出先輩も、茜からのラブレター、貰いたかっただろうな……」


 少し寂しそうに、目を細めて呟く明智。


「誰が盗んだかは分からないけど、結果的に廣瀬と東出先輩は付き合えたんだから、結果オーライじゃない?」


 廣瀬の出したラブレターは誰かに盗まれてしまったけど、そもそもラブレターというものは、思いを伝えるために出すものだ。

 廣瀬の思いはしっかりと東出先輩に届いたのだから、それでいいじゃないか。


「そうなんだけどさ。やっぱり、ラブレターは見つけてあげたいなって思って」

「誰が犯人か、考えてみるか?」


 まぁ、俺が考えたところで、今回の犯人を推理することができるかどうかは分からないけど。


 しかし、明智はゆっくりと首を横に振る。


「ううん。私は犯人を捕まえたいわけじゃなくて、茜の書いたラブレターを東出先輩に渡したいだけだから」


 明智はこういう奴なのだ。こいつはホームズのような名探偵に憧れているくせに、犯人を捕まえようとしない。


 ただでさえ推理が下手くそなくせに、その上犯人を捕まえようとしないのだから、明智が関わった事件は悉く迷宮入りになるのだ。


「私は、みんなを幸せにする名探偵になりたいんだ」


 人差し指で頬をかきながら、少し恥ずかしそうな笑顔を浮かべる明智。

『みんな幸せ』なんて、フィクションならともかく、現実には絶対にありえない。


 そのはずなのに、明智が言うと、本当に実現できてしまうかも、と、思えてしまうから不思議だ。



 明智は今までいくつもの事件を迷宮入りにしてきた。無茶苦茶な推論を立てる上に、犯人を捕まえる気がないのだから、迷宮入りにならないはずがない。


 しかし明智が首を突っ込んだ事件は、ただ一つの例外なく、後腐れなく円満に解決している。

 犯人が見つかっていないのにも関わらずだ。


 そんなのむしろ、犯人を見つけて解決するよりも難しいことのはずなのに。

 明るくて人当たりが良くて、みんなから信頼されている明智にしかできない神業だと言える。


 まぁ、そんな風になんだかんだ解決できてしまうのだから、いつまでたっても明智は迷探偵のままなんだろうけど。



 でも、良いか悪いかはともかく、俺は明智のそういう解決方法が嫌いではない。



「ねえ、ワトソン君。犯人はどうして茜の書いたラブレターを奪ったんだろうね」


 レターセットを丁寧に袋にしまいながら、明智はそう訊いてきた。


「分からん。明智の言う通り、東出先輩に好意を向ける女子を威嚇するっていうのが、一番有り得そうだけど……」


 しかし、もしそうなら、廣瀬のラブレターを奪うという犯人の行動は、無意味どころか、完全に裏目に出てしまったことになる。

 だって、東出先輩は廣瀬と付き合い始めてしまったのだから。


 となると、別の目的がある可能性もあるよな。いや、ただの愉快犯という可能性も捨てきれない。

 現状、情報が少なすぎて、犯人の動機すら読めない。


「まぁ、犯人の動機は正直どうでもいいんだけどさ」


 えぇ…… 明智が聞いてきたから犯人の動機を考えてたんだけど……

 抗議の意思を込めた視線を送ると、明智は「ごめんね」と誤魔化すように微笑んでから、真剣な表情で俺の目を見てくる。


「茜の書いたラブレターを盗んだ犯人が、まだラブレターを持っているなんてこと、あると思う?」

「可能性は低いだろうな」


 犯人の目的がどうであれ、奪ったラブレターを大切に持ち続けるなんてことをするとは思えない。

 今回の犯人は証拠を残さないように細心の注意を払っているので、一番の証拠であるラブレターは、とっくに処分しているだろうな。


「……だよね」


 明智は探偵としてはポンコツだけど、馬鹿ではない。というか、定期テストや模試の成績は俺よりも余裕で上だ。きっと、俺の言いたいことを理解しているのだろう。


「よし、決めた!」


 しばらくの沈黙の後、明智は元気よく宣言した。


「茜にもう一回ラブレターを書いてもらおう! そうすれば、みんな幸せだよね!」


 机に両手をついて身を乗り出し、ぐいっと顔を近づけてきた。

 明智の大きくて綺麗な瞳が目の前でキラキラ輝いている。


 ち、近い……


「……うん、そうだね」


 目の前の明智から顔をそらすのに必死で、よく考えずにそう返事してしまった。


 でもまぁ、悪い考えでもないような気がする。

 東出先輩は廣瀬と付き合い始めたので、これからは貰うラブレターの数も減るだろう。

 それに、もし東出先輩宛のラブレターが奪われても、東出先輩には廣瀬という彼女がいるので、そのラブレターが届こうが泥棒に奪われようが、どちらにしろ、ラブレターを出した人の気持ちが東出先輩に届くことはない。


 つまり、言い方は悪いが、ラブレター泥棒を野放しにしておいても特に問題にならないのだ。


「じゃあ、そうしようか。これで取りあえず解決だね!」


 明智は満足そうに、うんうん、と頷いた。

 かと思ったら、へにゃへにゃと、力なく机に突っ伏してしまう。


「は~~ 頭使ったから、お腹空いちゃった」


 どうやらお腹が空いて、力が出なくなってしまったらしい。

 

「何か食べてく?」

「ううん。今おやつを食べたら夜ご飯が入らなくなって、お姉ちゃんに怒られちゃう。それに、レターセット買ったから、あんまりお金ないの」


 そうだった。

 まったく。だからレターセットなんて買うなと言ったのに。


 しかし、困ったな。

 このまま明智の元気が戻らなければ、それだけ俺の帰りも遅くなってしまう。


「しょうがないな。いつもの甘いコーヒーでいいか?」


 仕方ないので、近くにあった自販機で、何かのみ物を買うことにした。

 

 俺はブラックコーヒー。

 そして明智のは、彼女が好きな、黄色のパッケージが目を引く練乳入りのコーヒーだ。


「え! 買ってくれるの⁉」


 俺が奢るといった瞬間に、途端に元気になる明智。

 なんて現金な奴だ。


「へへ、ありがとう」


 明智は俺からコーヒーを受け取り、満面の笑みを浮かべてから缶を開ける。


 明智への貸しにするつもりだったのだけど、明智の笑顔を見ていると、なんだかどうでもよくなってしまった。


 ともかく、明智も元気になったみたいだし、これでようやく家に帰ることができる。

 今日は色々疲れた。


 ―—それじゃあ、帰ろう―—

 

 しかし、俺がそう口にする一瞬早く、明智が口を開いた。


「そう言えばワトソン君。今日の生物の先生の話、覚えてる?」


 糖分を摂取してすっかり元気になったらしい明智は、今回の事件とは全く関係ない、どうでもいい話を始めてしまった。


 こうなってしまった明智は、自分の話したいことが終わるまで止まらない。

 それは今までの明智との付き合いでよく分かっている。


 これ、まだ帰れないやつだ。


 俺はため息をついてから、先ほど買ったブラックコーヒーを一口飲んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ