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 あれから、明智ととりとめのない話をしながら歩いていると、気がついたら目的地の文房具屋に到着していた。


 文房具屋の入り口の前に自転車を停めてから、明智と一緒に入店する。

 ここの文房具屋は本屋に併設されている、かなり大きな店だ。


 俺は、廣瀬からもらったレシートに書かれた商品名を頼りに歩く明智から、少し距離を取って歩く。


 外ならともかく、人目に付く店の中で、俺みたいなパッとしない男子が明智のようなヒロイン女子の隣を歩く勇気はない。


「ちょっと! なんで微妙に距離を開けるの! 」


 しかし、俺が距離を取っていることが、明智にあっという間にバレてしまった。

 そして、当たり前のようにぎゅっと腕を掴まれる。


「ワトソン君。そうやってまた、こっそり帰るつもりでしょ」


 掴んだ俺の腕をぶんぶんと振り回しながら、疑いの目を向けてくる明智。

 痛いし恥ずかしいしから、今すぐやめて欲しい。

 

 しかしまぁ、明智にそう疑われても仕方ない。


 俺は前に一度、明智になにも言わずにこっそり帰ってしまったことがある。

 その次の日、勝手に帰ったことを明智にこっぴどく叱られたので、それからはこっそり帰るなんてことはしていない。


 でも、一度失ってしまった信頼を取り戻すのは、難しいのだ。

 明智は事あるごとにあの時のことを持ち出しては疑いの目を向けてくる。


 ただ、さすがにあの時は悪いことをしたと反省したので、もうそんなことはしない...... つもりだ。


「……分かった。ちゃんと隣を歩くから、手を離してくれ」

「約束だよ!」


 明智は力を込めて俺の手をぎゅっと握ってから、ようやく俺の手を解放してくれた。

 きっと、この約束を破ったら、明智はきっと、完全に拗ねてしまうだろう。


 仕方がないので、明智と肩を並べて歩くことにした。




 俺が隣を歩き始めてから、明智はずいぶん機嫌がよくなった。鼻歌交じりに文房具店を見て回っている。


 しかし、やっぱり明智はすごい。

 なんというか、人の視線を集めるのだ。


 きっと、彼女の美貌と、溢れ出るヒロインオーラがそうさせているのだろう。


 今しがたすれ違った二人組の、おそらく別の高校に通う男子生徒の「今の子、むっちゃ可愛くね?」という声が、俺の耳に入った。


 そして、隣を歩く俺を見て、「え、あんな可愛い女子が、お前みたいなパッとしない奴と一緒に居るの?」とでも言いたげな視線を向けてくる。

 

 いや、被害妄想なのは分かっている。

 しかし、人の視線を集めるというのは、気分的に落ち着かない。

 

 しかし、明智はいつも注目を集めているせいか、全く気にする様子もなく歩き続ける。

 そして、お目当ての廣瀬が買ったレターセットを見つけたらしく、小走りに棚に駆け寄って行った。


「これが茜の買ったレターセットか~ とってもかわいいね!」


 明智が差し出してきたレターセットを見てみると、便箋と封筒がセットになっている。

 

 なるほど、レターセットってこういう物なのか。

 今までの俺の人生でレターセットを買うことなんてなかったので、現物を見たことがなかったのだ。


 薔薇色というのか、落ち着いた優しい雰囲気のピンク色の封筒と、十二行の便箋がセットになった商品で、 確かに明智の言う通り、シンプルながら可愛らしかった。


「じゃあ、用事は終わりだな。気をつけて帰れよ」


 廣瀬の買ったレターセットの現物も見たので、今日の用事はもう終わりだ。


 これで、大手を振って帰れるというものだ。

 これ以上明智の隣を歩いて、メンタルを削られたくない。


 明智に手を振りながら背を向け、出口に向かおうとすると、明智にグイっと制服の裾を引っ張られた。


「ワトソン君、待ってよ。私、このレターセット買ってくるから」


「え? 何に使うの?」


 思わずそう聞いてしまってから、俺ははっと気づく。


「なになに? ワトソン君はこれの使い道が気になるの?」


 明るい笑顔を浮かべながら手に持ったレターセットをひらひらさせる明智。


 馬鹿か俺は。レターセットを買う理由なんて、手紙を出したい人がいるからに決まってるだろ。


 それに、あんな可愛らしいレターセットなんだから、その手紙を出す目的も自ずと導き出される。

 廣瀬と同じだ。つまり、明智にもラブレターを出したい相手がいるのだろう。



……まぁ、明智に好きな人がいても、おかしくはないよな。


 しかし、明智にラブレターを貰えるなんて、そいつは幸せ者だな。


「このレターセットはね……」


 いやいや。俺はいったい何を考えているんだ。明智が誰にラブレターを出そうが、俺には関係ないだろ。 


 意味のない思考を振り払うように自分の頭を振っていると、明智はレターセットを掲げながらパッと笑顔を浮かべながら口を開く。


「もちろん、捜査資料だよ!」




「……は?」


 明智から全く予想していなかった答えが返ってきたせいで、間抜けな声を出してしまった。


「だって、袋に入ったままだと見えない部分があるでしょ? レターセットを細かく観察するためには、買うしかないじゃん」

「いやいや、そんなことのために買うのか?」


 俺たちの高校は原則バイトが禁止だ。だから、俺も明智もバイトはしていない。明智のお小遣いの金額は知らないけど、無駄遣いする余裕はないはずだ。


 明智はミステリオタクなので、毎月まあまあの金額を文庫本や漫画につぎ込んでいるし、しかも明智は俺より友達が多いので、遊びにかけるお金も俺より多いはず。なおさら無駄遣いなんてできないはずだ。


「そんなことじゃないよ。名探偵なんだから、とことん調べるのは当然でしょ?」


 当たり前でしょ? とでも言いたげな表情で、俺を指さしてくる明智。

 


 まぁ、本人が楽しそうだから、それで良いか。




 でも、そっか。明智は、誰かにラブレターを出すためにレターセットを買うわけじゃないんだ……

 別に俺には関係のないことのはずなのに、なんだか妙に安心してしまった自分がいた。


「それじゃあ、ちょっと待ってて! レターセットをマッハで買ってくるから!」

「ああ、うん……」


 しまった。ぼーっとしていたせいで、特に何も考えずに返事をしてしまったではないか。


 せっかく帰るチャンスだったのに……


 まぁいいか。どうせここで拒絶しても、俺は明智から逃げきることなんてできない。

 

 レターセットを買いに行く明智を待っている間、俺は文房具屋に併設されている本屋で、新刊のチェックをして時間を潰すことにした。

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