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ミスがあったので直しました。
「茜! 東出先輩から事情聴取してきたよ!」
明智は満面の笑みを浮かべながら、バコン! と扉が壊れそうな勢いで教室の扉を開ける。
どうやら他のクラスメイトは全員、部活に行ったか帰ってしまったみたいで、廣瀬は教室で一人、窓の外を眺めていた。
「留美、ずいぶんご機嫌だね。なにか分かったの?」
こちらを振り返った廣瀬が、東出先輩と廣瀬が両思いだと知ってテンションが上がってしまった明智にそう尋ねる。
「へ? なにが?」
「ラブレター泥棒のこと、なにか分かったんじゃないの?」
「ううん。なにもわからなかったよ!」
明智よ…… 仮にも名探偵を気取っているのなら、捜査に進展がなかったことを笑顔で依頼主に報告するなよ。恥ずかしくないのか?
「じゃあ、どうしてそんなに機嫌がいいの?」
「それが聞いてよ! 東出先輩が……」
そこまで言って、明智は慌てて自分の口を自分の手で塞いだ。
きっと、自分の口から言うべきではないということに気づいたのだろう。
「……なんでもない! とにかく、教室で待ってて! きっと、いいことがあるから!」
明智はそれだけ言って、通学かばんを取りに行く。
それから、せかせかと俺の方に歩いてきて、ほんの少し背伸びをしながら耳打ちしてきた。
「(ほら、ワトソン君も早く準備して。先輩が来る前に、教室から出て行かないと)」
「(分かったよ)」
この教室に東出先輩が来たら、きっと、告白イベントが始まるだろう。俺たちはそれよりも前に教室から去らねばならない。
俺も急いで帰り支度を整える。と言っても、俺ほとんど置き勉をしているので、通学かばんを取りに行くだけだけど。
「それじゃあ、私たちは帰るから!」
明智は廣瀬に「絶対、帰っちゃダメだよ!」と念押ししながら、俺の手を引っ張って教室から出ていく。
そして、そのまま下駄箱に向かう…… のかと思いきや、階段の前で足を止め、階段に向かう廊下の曲がり角から、教室の方を覗き見始めた。
「明智、何してるの?」
「見て分からないの? 見守ってるんだよ」
見守ってるって…… 物は言いようだな。
早い話が、ただの出歯亀じゃないか。
「それに、もし誰かが知らずに教室に入りそうになったら、止めなきゃダメでしょ?」
まぁ、それは確かに。
仕方ない、一応付き合うか。
俺は廊下を覗き見る明智の横で、明智に押し付けられた推理小説を読みながら、先輩を待つことにした。
◇ ◇ ◇
「(あ! 先輩が来たよ!)」
あれから五分も経たないうちに、明智が声を潜めながら俺の袖をくいくいと引っ張ってきた。
こっそり廊下を覗いてみると、ちょうど東出先輩が廣瀬の待つ教室に入って行くところだった。
「(教室の中が気になる……)」
どうやら明智はかなり緊張しているようで、両手をぎゅっと握りながら、固唾を飲んで見守っている。まぁ、友達の一大事だからな。気持ちは分からないでもない。
いや。よく考えたら俺には友達があんまりいないので、やっぱり分からないかもしれない。
「(我慢しろ)」
今にも教室の中を覗きに行きそうな勢いの明智を押さえていると、東出先輩は思いのほか早く教室から出てきた。
恐らく、先輩が教室に入ってから、一分も経っていないと思う。
ただ、さっきと違って、廣瀬と東出先輩は、仲良さそうに手を繋いでいた。
二人から、リア充特有の幸せオーラが出ているのが、ここから見ても分かるほどだ。
廣瀬と東出先輩は一度、生徒会室に向かうようで、俺たちがいる階段とは反対側の階段に向かって歩き出した。
「うまく行ったみたいだね」
「そうだね」
明智もほっとしたようで、ふわりと優しい笑みを浮かべている。
色々あったけど、何はともあれ、これで一件落着だ。
「じゃあ、俺は帰るわ」
下駄箱に向かうために階段に一歩踏み出すと、肩に掛けていた通学かばんが、ぐいっと後ろに引っ張られた。
後ろを振り返ると、明智が俺のかばんを両手で掴んでいた。
「ワトソン君。この後、何か用事があるの?」
「いや、ないけど……」
「じゃあさ、一緒に帰ろ!」
ニパっと明るい笑顔でそんなことを言ってくる明智。
「ついでに、茜がレターセットを買った文房具屋に行かない? 茜のラブレターを見つけるためにも、本物を見ておいたほうがいいでしょ?」
明智の言っていることは正しい。ただ、それはもう必要のないことだ。
「廣瀬は東出先輩と付き合えたんだから、もうラブレターを探す必要はないだろ」
「そうだけどさ! そうじゃないでしょ⁉」
頬を膨らませながら、俺にぐっと顔を近づけてくる明智。
そうなのかそうじゃないのか、一体どっちなんだよ。
でも、とりあえず明智が不機嫌なことは分かった。
「とにかく、行くよ!」
明智はぐいぐいと俺のかばんを引っ張ってくる。
仕方ない。付き合うか。
これ以上拒絶して、本気で拗ねられでもしたら嫌だしな。
「……分かったよ」
嫌々ながらも頷くと、
はぁ、今日も帰りが遅くなりそうだ。
◇ ◇ ◇
明智と一緒に下駄箱で靴を履き替えた後、俺は一度、明智と別れた。
駐輪場に停めてあった自転車を取りに行くためだ。
自転車を引きながら明智の待つ校門に向かっていると、校門の脇で、明智が男子生徒に話しかけられているのが目に入った。
知り合いか?
だったら、邪魔するのは悪いよな。
話し終わるまで待つか。
そう思って、自転車を引きながらゆっくりと歩いていると、俺を視界にとらえた明智が大きく手を振ってきた。
明智が太陽のような眩しい笑顔を浮かべているのが、この距離からでも分かる。
すると、先ほどまで明智に話しかけていた男子生徒は、一度俺の方を見てから、どこかへ去って行ってしまった。
「さっきの人、良かったのか?」
「うん。知らない人だったし」
......なるほど。ナンパか。
さすが学校で一、二を争うヒロインだな。
「それじゃあ、行こうか!」
ナンパされることなど、明智にとっては日常茶飯事なのだろう。
特に気にした様子もなく、歩き出してしまう。
俺も慌てて自転車を引き、明智の背中を追いかけた。
◇ ◇ ◇
「二人とも、幸せそうだったね」
文房具屋さんに向かう道すがら、明智が思い出すようにそう呟く。
そう言われて、俺もさっきの廊下での光景を思い出す。
二人並んで手をつなぎ、廊下を歩く廣瀬と東出先輩。
はっきり言って、爆発して欲しいくらいには幸せそうだった。
しかし、突然そんなことを言うなんて。明智はあの二人が羨ましいのだろうか。
「明智だって、彼氏をつくろうと思えば、簡単につくれるだろ」
俺たちの通う高校で1,2を争うヒロイン女子の明智は、当然モテる。
さっきだって、俺が目を離した数分の間でナンパをされていたんだから、その気になれば彼氏の一人や二人、簡単につくることができるだろう。
しかし、俺の言葉を聞いた明智は、ムッとした表情で俺のことを見上げてきた。
「私だって、だれでもいいわけじゃないんだよ!」
そりゃそうか。 明智のようなヒロイン女子の彼氏が、誰でもいいはずがない。
というかむしろ、明智に釣り合う男なんて、この高校にいるのだろうか。
「ごめん。やっぱり明智の彼氏は、東出先輩みたいな人じゃないと駄目だよな」
それこそ、東出先輩レベルの、王子様みたいな人じゃないと明智には釣り合わない。
「……そういうことじゃないんだけど」
誰でもいいなんて発言は軽率だったな。
そう思って謝ったのだが、どうやらそういうことではなかったらしい。
明智はため息をついてから、ジト目で俺を見上げてきた。
「東出先輩は素敵な人だと思うよ。でも、私は別に、付き合いたいとは思わないな」
それに、東出先輩にはもう、茜という素敵な彼女がいるからね! と付け足す明智。
どうやら、明智のタイプは東出先輩のような人ではないようだ。
まぁ、明智の言う通り、東出先輩は廣瀬と付き合い始めたので、そもそも付き合うことはできないのだけど。
しかし、それなら、明智のタイプは一体どんな感じの人なのだろうか。
少し、気になる。
……いやいや、明智のタイプがどんな人だろうと、俺には関係ないだろ。
俺はそんな思考を慌てて振り払い、文房具屋に向かって歩く明智を追いかけた。