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「ここが三年生の下駄箱だよ」


 廣瀬の案内で、東出先輩も使っている三年生の下駄箱に到着した。


「私、三年生の下駄箱に来るの、初めてだよ」

「俺も」


 俺たちの通う高校は、学年ごとに下駄箱が分かれている。三年生の下駄箱は、俺たち一年生の下駄箱の反対側にあるので、今まで一度も来たことがなかった。

 どうやらそれは、明智も一緒だったようだ。


「でも、下駄箱自体は一年生と一緒だね」


 明智が下駄箱の扉を触りながら、そう呟く。


 俺たちの通う高校の下駄箱には、ロッカーのような扉がついている。扉を開けなければ下駄箱の中の様子を確認できないため、ラブレターを入れるにはお誂え向けの下駄箱というわけだ。

 


「それで、ここが東出先輩の下駄箱」


 廣瀬が俺の目線くらいの高さにあった下駄箱を指さす。


「何か、犯人の手掛かりは残ってないかな?」


 そう呟きながら、明智は顎に手を当て、真剣な表情で勝手に東出先輩の下駄箱の扉を開けたり、先輩の靴を確認したりし始めた。


 本人は探偵気取りなのだろうけれど、他人の下駄箱を勝手に漁るなんて、傍から見たらただの不審者。


 しかし、明智は俺たちの通う高校で一、二を争うマドンナ。こんな不審者紛いの行動をしていても絵になるのだから、世の中は実に不公平だ。


「ねえ。茜が出したラブレターってどんなものだったの?」


 明智はしばらく東出先輩の下駄箱を漁って満足したのか、下駄箱にもたれかかりながら、廣瀬に事情聴取を始めた。

 

「普通のラブレターだよ。十数行の便箋に書いて、封筒に入れたの」

「その封筒は、どんなのだった?」

「ただのピンク色の封筒だよ。ハートのシールが貼ってある」


 ピンク色の封筒にハートのシール、か。THE・ラブレターって感じだな。

「留美、どうしてそんなことを聞くのよ。恥ずかしいじゃん」

「だって、茜のラブレターを見つけるなら、特徴を知っていたほうがいいでしょ?」


 明智の目的は犯人を見つけることではなく、あくまで廣瀬のラブレターを見つけ出すことのようだ。


 廣瀬も納得したように、「そっか」と頷いてから、おもむろに財布を取り出した。


「これ、私が使ったレターセットのレシート。もしよかったら役に立てて」


 廣瀬が差し出して来たレシートを見る限り、どうやら廣瀬は、高校から割とすぐ近くにある文房具屋でレターセットを買ったらしい。


「ありがとう。捜査に役立てるね」


 廣瀬から受け取ったレシートを胸ポケットにしまう明智。



 しかし、まともな証拠がない以上、ラブレターを探すのも難しそうだな。


 ここは考え方を変えてみるか。


「なあ、廣瀬。実はラブレターが東出先輩に届いていたって可能性はないのか?」

「どういうこと?」

「だから、実は東出先輩は廣瀬の出したラブレターを受け取っていて、あの犯行声明を出したのは東出先輩なんじゃないかってこと」


「それはないでしょ」 


 いつもはニコニコ人当たりの良い笑顔を浮かべている明智に真顔で否定されてしまった。


 いや、分かっている。思いついたから言ってはみたけど、そんな訳がないのは重々承知だ。

 自分宛てのラブレターを受け取って、その送り主に【あなたが書いたラブレターは頂いた】と犯行声明を送るような奴はいないだろう。


「……でも、可能性がない訳じゃないね」


 しかし、意外なことに、廣瀬が俺の意見に同意した。

 その可能性がゼロでない以上、ラブレターを奪われた廣瀬としては調べてみたいのかもしれない。


「それなら、東出先輩に事情聴取に行こうか。ねぇ、茜。先輩は今、どこにいるか分かる?」


 廣瀬に可能性がない訳じゃないと言われ、明智も気が変わったようだ。


「今日は部活が無いから、東出先輩は生徒会室にいると思う。球技大会が終わったから少し暇になったって言ってたし、話を聞いてくれるんじゃないかな?」


 今週末に地域のイベントがあるみたいだから、まだまだ忙しそうだけどね。と付け加える廣瀬。


「廣瀬は随分東出先輩について詳しいんだな」

「……まぁ、私と先輩は幼馴染だからね」


 何とはなしに、そう口にすると、廣瀬は少し恥ずかしそうに頬をかきながらそう返してきた。

 

 そうか。廣瀬って、東出先輩と幼馴染なのか。

 というかまぁ、廣瀬は東出先輩のことが好きなんだから、好きな人のことを詳しいのは当然か。


「よし。じゃあ、行ってみよう! 先輩の仕事の邪魔にならないように、パパっと済ませるよ!」

「それじゃあ、私は教室で待ってるね」


 拳を突き上げてから、歩き出そうとする廣瀬に、廣瀬が声をかける。


 東出先輩の事情聴取にラブレターを出した張本人の廣瀬が同席するのは気まずいだろうから、教室で待っていた方がいいだろう。


「それじゃあ、俺も教室で待ってるよ」


 どうせ俺は事情聴取では役に立てないし、教室に戻って明智に押し付けられた推理小説に続きでも読んでいよう。


 そう思っていると、俺の腕がふにゃりと柔らくて、ほんのり温かいもの掴まれた。言うまでもなく、明智の手だ。

 振り返ると、明智がきょとんとした表情を浮かべているた。


「え? なんでよ。 ワトソン君は一緒に来るでしょ?」

「いや、だって。俺は明智と違って、初対面の人とか苦手だし」


 俺は別にコミュニケーション能力が高い訳じゃない。というか、むしろ低い方だ。東出先輩の事情聴取について行っても役には立てない。


「そんなことは知ってるよ。ワトソン君はホームズ(わたし)が事情聴取しているのを後ろで聞いているだけでいいから」


 それって、俺が行く意味あるのだろうか。

 

「それとも、ワトソン君は東出先輩に会いたくない理由でもあるの?」

「会いたくないって訳じゃないんだけど……」


 そもそも俺と東出先輩は面識がない。

 でも、話を聞く限り、東出先輩はイケメンで背も高くて、バスケも上手くて生徒会長も務めているという、少女漫画のヒーローみたいな人なんだろ? 

 そんな人に会ってしまったら、俺は絶対に自分の矮小さを自覚して、自己嫌悪に陥ってしまうだろう。


「東出先輩と会うと、自分の小ささを自覚しそうだから、嫌だ」


 明智から目をそらしながらそう言うと、明智がくすりと笑う。


「ワトソン君って、本当に卑屈だね!」

「……悪かったな」


 本当に卑屈だね。なんて、ただの悪口のはずなのに、笑顔の明智にそう言われると、なんだか褒められているように錯覚してしまう。

 明智のヒロイン笑顔には、それだけの威力がある。


 それから明智は、太陽のような、さらに眩しい笑顔を浮かべた。


「大丈夫だよ! 私はワトソン君の良い所、いっぱい知ってるから!」


 そういうことじゃない。


 そういうことじゃないけど、明智にそう言われて、嫌な気はしないのも事実だ。


 どうして明智はそういうことをさらりと言えてしまうのか。

 明智と一緒にいると、どうも調子が狂ってしまう。


「あの、二人とも…… イチャイチャしてる所悪いんだけど、事情聴取の時に、くれぐれも私がラブレターを出したって言わないでね」


 廣瀬よ。俺たちはイチャイチャなんてしてないぞ。


 しかし、そんなことを言われても、明智は全く気にしていない風に笑顔を浮かべてから、自信ありげに胸をドン、と叩いた。

 どうして胸を叩いた時にドン、なんて音が鳴るのかは、明智の名誉のために黙っておく。


「任せて! 依頼人の秘密は絶対に守るから!」


 自信満々にそう宣言するけれど、果たして明智は、その約束は守れるだろうか。明智は素直過ぎるので、かなり顔に出るし、嘘をつくのも下手くそなのだ。


「ほら、行くよ!」

「分かったから、手を離してくれ」


 しかし、俺の心配をよそに、明智は生徒会室に向かって歩き始めてしまった。


 俺は抵抗するのを諦め、意気揚々と歩き出した明智から少し距離を取って、明智の背中を追いかけた。

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