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「あ! 二人ともいた!」

 廣瀬に話を聞くために、めったに人が通らない校舎裏にいた俺の耳に、はじけるような元気な声が届く。


「二人とも、こんなところで何の話をしていたの?」

 ニパっと眩しい笑顔を浮かべながら、駆け寄ってくる。

 

 廣瀬に散々からかわれたせいで忘れかけていたけど、元々俺は、今回の事件の真相を暴いていたんだ。


 今回の事件。そもそもラブレター泥棒なんていなかった。

 全て、廣瀬の自作自演。

 廣瀬が、東出先輩の好意を確認するために、明智を利用した。

 

 それが今回の事件の真実だ。

 廣瀬(ともだち)が明智のことを利用していたなんて、明智には言えない。


「ラブレターの話で、ちょっとね」


 明智から借りたラブレターをひらひらさせて誤魔化すと、明智は「そうなんだ」と簡単に信じた。


 やっぱり明智は人を疑うことを知らなさすぎる。

 でも、今回は都合がいい。


 とりあえず誤魔化せたことにほっと一息ついていると、明智がとんでもないことを口にした。


「それより、二人とも聞いて。私、今回の事件の犯人が分かったよ!」


 え……? まさか、廣瀬が犯人だということに、明智も気づいてしまったのか?

 

「犯人は、下駄箱の掃除当番の子だったんだよ!」


 は......?


 どうだ! とでも言いたげに 腰に手を当て、慎ましやかな胸を張り、ドヤ顔を浮かべる明智。


 当然、俺と廣瀬は、ポカンとした表情を浮かべるしかない。


「きっと、犯人は掃除のときに茜のラブレターをゴミの上に落としちゃって、汚しちゃったんだと思う。犯人の子はそのことを言い出せなくて、あの脅迫状を送ることで、茜にもう一度ラブレターを書いてもらおうとしたんじゃないかな?」


 すっかり置いてけぼりな俺たちをよそに、明智は全く的外れな迷推理を自信満々に披露した。


 どうやら明智は、今回の出来事は事件ではなく事故だった。だから、犯人は悪気があった訳ではないと言いたいらしい。


 正直、明智の推理はツッコミどころしかない。


 下駄箱掃除の当番の人は下駄箱の中までは掃除しないし、もし仮にラブレターを汚してしまったのなら、正直に謝ればいいだけなんだから。



 でも、きっと明智は、この事件を円満に解決するために、必死に今の推理を考えたのだろうな。


 だったら、そんなツッコミをするのは野暮というものだ。




 当の明智は、太陽みたいな眩しい笑顔を浮かべて、くるりと俺の方を向く。


「私の推理はどう? ワトソン君」


 どうも何もない。明智の推理は0点だ。真実に掠ってすらいないのだから。


 でも俺は、苦手な笑顔を浮かべながら、明智の方を向く。


「さすが明智だね。きっと、その通りだよ」


 これで、この事件も迷宮入りだな。


 でも、それでいいと思う。フィクションの謎と違って、現実には、解かないほうがいい謎もあるのだから。


 

「留美、名推理を聞かせてくれてありがとう。迷惑かけたお詫びに、これをあげるね」


 そんなことを考えていると、真犯人の廣瀬がポケットから、なにやら二枚の紙を取り出した。


「映画のチケット? これ、貰っていいの?」

「うん。お父さんが仕事の付き合いでもらったものだから、余ってるの」


 映画のチケットを用意しているなんて、ずいぶんと準備がいいな。

 明智に「迷惑をかけたお詫び」だと言っていたし、どうやら廣瀬は、元々明智に謝るつもりだったみたいだ。

 

「そっか、ありがとう」


 映画のチケットを受け取った明智は、スマホを取り出して何やら調べ始めた。

 きっと、今上映している映画のラインナップを見ているのだろう。

 

 そんな、楽しそうに上映中の映画を調べている明智の隣をすり抜けて、廣瀬が俺の方に近寄ってきた。


 そして、背伸びをして俺に耳打ちしてくる。


「(ありがとね、和藤君。私が留美を利用したこと、内緒にしておいてくれて)」

「(まあ、ね)」


 俺は別に、正義の味方じゃないので、廣瀬の罪を裁きたいとは、これっぽっちも思わない。

 それよりも俺は、友達の廣瀬が明智を利用するためにこの事件を起こしたなんていう真実を、明智に知って欲しくない。


「(お詫びと言っては何だけど、もし留美のことが好きで好きでたまらなくなったら教えてね。付き合えるように、全力でサポートするからさ)」

「(だから……!)」

 

 からかうような笑みを浮かべた廣瀬は、俺の肩をポンと叩いてくる。


 俺って、そんなに明智のことが好きに見えるのだろうか。

 そりゃあ俺は、明智のことを好ましく思っている。でも、それは、この学校の全員が思っているはずだ。


 だって、明智はみんなに好かれるヒロイン女子なんだから。

 

 だから、俺だけ特別に明智のことを好きというわけでは決してない…… はずだ。

 

「ワトソン君、今週の土曜日、暇?」


 頭の中で誰に聞かせるでもない言い訳を並べていると、突然、明智にそう訊かれた。


「暇だけど……」


 突然のことだったので、無意識にそう返事をしてしまった。

 途端に明智は俺の手をぎゅっと掴み、目をキラキラさせながら、上目遣いで見上げてくる。


「じゃあ、一緒に映画見に行こうよ! 今、ちょうど私が好きな刑事ドラマの映画がやってるみたいだから!」

 

 どうして。

 どうして明智は、こんなパッとしない俺と一緒に映画に行きたがるのだろうか。

 

「……明智なら、俺じゃなくても、一緒に映画を見に行ってくれる人がいるだろ」


 違う。明智は俺と映画に行きたいわけじゃない。ただ偶然ここに俺がいたから俺を誘っただけで、ここに俺がいなかったら、別の人を誘ったはずだ。


「そうかもしれないけど、私はワトソン君と行きたいんだ!」


 そんな俺の考えは、明智の笑顔と、彼女の言葉によって、いとも容易く打ち砕かれてしまった。


『俺と一緒に行きたい』という明智の言葉に、特別な意味を見出したくなってしまう。


 もしかしたら、明智は俺のことを、特別に思ってくれているんじゃないか。なんて馬鹿みたいな考えに頭を支配されそうになってしまう。



「……分かったよ。今週の土曜日だな」


 努めて冷静に、いつも通りの声色でそう返す。

 なんだか廣瀬がニヤニヤしている気がしているけれど、無視だ。


「それじゃあ、二人とも。映画、楽しんできてね」


 廣瀬は校舎に戻るつもりなのか、それだけ言うと、俺たちの横を通りすぎていく。


 そして、俺の脇を通る時に、小声で呟いた。


「(和藤君、留美は推理をするのは下手だけど、人の気持ちは分かる子だからね。もしかしたら、和藤君の気持ちも、バレちゃってるかもよ)」


 再び小悪魔のような笑みを浮かべてから、廣瀬は手を振りながら去って行く。

 俺をからかうのが楽しかったのか、廣瀬の後姿はずいぶん機嫌がよさそうに見えた。


 

 そんな廣瀬の背中を見て、明智はくすりと笑う。


「茜、きっと。東出先輩と付き合えたのが嬉しくて、機嫌がいいんだね」


……そっか。廣瀬のテンションがいつもより高かったのは、東出先輩と付き合えたからだったのか。

 いわゆる付き合いたての異常なテンションというやつだ。


 廣瀬の言う通り、明智は人の気持ちを読むのが上手いらしい。


 ということは、もしかして俺の気持ちも……

 

 いやいや。そもそも俺の気持ちってなんだよ。

 俺は別に、邪な思いを持って明智に接している訳じゃないんだから、明智に心を読まれても大丈夫なはずだ。


 うん、大丈夫に決まっている。

 

 廣瀬にからかわれまくったせいで、俺は一人、頭の中でそんな押し問答を繰り返す羽目になった。

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