ディストピア飯
ここに1枚のプレートがある。高度に発達した科学技術の残滓、その産物の数々が配されたランチプレートである。人類の大半と、人類を除く全ての動植物が滅びてしまった地球で、世界を統べる機械が用意してくれる――ディストピア飯である。
ドロドロとした流動食、それにタブレットとブロック状の固形物。そうした無味乾燥に思える品々の全てが――とても食欲のそそる香りを漂わせている。人類を管理する機械の仕事は完璧で、餓死という概念のある人間のため、栄養だけでなく嗜好性にも対応しているのだ。
そもそも、香味や風味をもたらす化学物質の合成くらい、大したコストになりはしない。様々なフルーツの香りや、多様なスパイスの成分は当然に押さえてある。この流動食なんかは、そうした物質の恩恵でかなりレヴェルの高いカレーとして楽しめる。
食感も色々と用意されていて、このタブレットにはグミの様な弾力がある。こちらのブロックは、サクサクのチョコバーといった感じだ。味と香りと食感の組み合わせは無数にあり、動植物に頼っていた時代には存在しなかった美味さえある。
今回は注文しなかったが、培養細胞ベースの人工肉もレヴェルが高い。オルガノイドに血管新生を付与した程度の単純なものだが、風味も脂身も思いのまま。牛や豚に鶏はもちろんのこと、様々な動物のテイストを仕上げの培養で持たせられる。
粉食文化については、むしろ滅びる前の世界よりも発展しているくらいだ。主要な穀物や芋類と同じ成分を作る人工藻類を培養し、それを乾燥して粉末にしたものが、寸分違わず小麦粉や米粉にタピオカ粉なのである。食材が限られるこの世界で、人類の食の創作意欲は粉物に集中している。
ポストアポカリプスのディストピアにて、それでも人類が生きていけるだけの科学力。それは、栄養だけでなく美味しさにも向けられて然るべきなのだ。




