冬のダイヤモンドに誓いを立てて
武 頼庵(藤谷 K介)様が主催している「冬の星座(と)の物語企画」の参加作品です。
「颯真、今週の土曜日に夜空を一緒に眺めに行きたいの」
「最近凄く寒いけど、大丈夫?」
「防寒対策はしっかりするから。星を見るなら空気が澄んでいる今だよ」
「まあ、確かにそうだな。詩乃、じゃあ土曜日に星を見に行こうか」
「うん、颯真ありがとう!!」
この2人は現在それぞれ大学2年生。高校1年生からの付き合いであるため、かれこれもう5年の付き合いとなる長いカップルだ。そんな2人は、大学は同じものの学部が異なるため、同じ時間を過ごすことが少ないもの、相変わらず仲良しカップルであり、大学では誰もが認めるバカップルでもある。
現在彼女は、彼の腰に嬉しそうに抱きついて無邪気に喜んでおり、彼は彼女の行動に少し呆れながらも、口元は相変わらず緩んでおり、お互いに幸せなオーラが溢れていた。そんな2人の周りにいた人達は、それぞれニヤニヤしながら見守っているのだ。
こうして2人は、彼女のご要望で星空を眺めに行くことになったのだった。
◇◇◇◇◇
「うぅ〜寒いね」
「そりゃ、冬の夜に外へ出たら寒いよな」
土曜日の夜、勿論2人はかなりの厚着をしている。しかし、思いの外寒くて、思わず言葉に出てしまった。それでも、彼女はその寒さに怯えることはなく、目を輝かせている。一方で彼は少しだけ冷めた目で、また諦めた目で彼女を見つめていた。少し2人の間で温度差がある中、手袋越しに指を絡めて目的地に向かって歩き出した。
◇◇◇◇◇
歩いて15分ほどで着いた場所は、この街で星が1番綺麗に見えると言われているこじんまりとした丘だった。それなりの名所であるため、冬の夜でありながら、人はそこそこ来ていた。カップルもチラホラ見かける。
「やっぱり夜だと印象がだいぶ違うね」
「確かにヤケに神秘的というか……不思議な感じだな」
2人はたまにデートでも、この丘を訪ねることもあるのだが、それはいつも昼間のこと。夜に来るのは初めてなので、お互いに違う印象を持っていた。ただ、こちらに関してはどちらも好印象のようである。
「ここは本当に街灯が少ないから、とても夜空が綺麗に見えるわ」
「本当に綺麗だな。ここが夜でもスポットなのがよく分かるよ」
普段見る夜空も、空が晴れていたら十二分に綺麗だが、やはり普段の道と陸の上では見ると、輝きの度合いが全く持って違っており、いつもの倍以上綺麗に見えた。その美しさには2人ともほぼ透明な溜め息が出るほどだ。
「凄いな。街だった絶対に見えないのに、うさぎ座やいっかくじゅう座も見つけられるな」
「あ、本当だ。あと、やまねこ座も見えるね」
見つけにくい冬の星座に数えられる星座が、次々と見つかり2人は興奮してしまった。他にも有名な星座を見つけて、2人はそれぞれの神話の話まで発展してしまう。普段からこんな話自体は何度かしているものの、2人はまるで初めて語り合っているかのように会話が弾み、大変楽しんでいた。
「それにしても、ここからだと綺麗な冬のダイヤモンドが見えるわね。星が1つ1つがダイヤモンドみたいに輝いているのに、それが象られてダイヤモンドとつけられているなんて素敵」
彼女が1番惹かれたのは、冬のダイヤモンドと呼ばれる冬の大六角形。ぎょしゃ座の一部であるカペラ、ふたご座の一部であるポルックス、こいぬ座の一部であるプロキオン、おおいぬ座の一部であるシリウス、オリオン座の一部であるリゲル、おうし座の一部であるアルデバランと、それぞれ違う星座の1つが繋がって出来た星座だ。彼女にとってはその複数の星座が新たな形として象られているところが、面白く感じ、冬の夜空で1番大好きな形だった。
「冬のダイヤモンドか……。なぁ詩乃、今の時点でプロポーズのことを意識するのは早いか?」
「え? プロポーズって言った?」
夜空は輝いているとはいえ、地上は暗くお互いに赤くなっている顔は見えないが、寒いのにも関わらずそれぞれ自身の体温が一気に上がっていくのを感じる。彼は少し照れくさそうにしながらも、口を開いた。
「勿論さ、俺達はまだ大学生だし、適齢期でもないし、それに詩乃がどう思っているのかよく分からないけれど……俺はずっと詩乃と一緒に居たいって思ってる。だからその先もぼんやりと考えているんだ」
「颯真……」
「そう思ってるのは俺だけか?」
普段2人の間にこんな重い空気が流れることはないのだが、彼が大変真面目な話をしているため、2人は少しだけ回りの空気が冷たくなったように感じた。そんな空気を打ち破って、彼女は口を開いた。
「そんなわけないじゃん。私だって……颯真とずっと一緒に居たいし、それに……その先のことも考えているよ」
彼女の返事で、先程の空気の温度が元に戻り、お互いに少しずつ温かくなっていく感覚がした。彼は彼女のその返事を期待していたものの、やはり不安はあったようで、その返事を聞くなりこの上なく安堵をしていた。そして勢い付いたのか、咄嗟に彼女の手を取って、姿勢を真っ直ぐに整える。
「じゃあ……俺は今1度ここで、冬のダイヤモンドに誓って詩乃とずっと一緒にいることを誓うよ」
「………………うん。私も冬のダイヤモンドに誓って颯真と一緒にいることを誓うわ」
2人はお互いの表情がハッキリ見えなかったが、お互いに満面の笑みを浮かべていることが分かった。お互いに愛の誓いをして一気に体温が高くなる。
それに並行して、近くにいた人達がおめでとうと拍手で祝ってくれて、それが少しずつ広がり最後には大きな拍手と歓声に包まれていた。実は2人の様子を興奮して見守っている人もいれば、また愛を囁き合っているわと温かい目で見守っている人もおり、また中にはこのリア充めと羨ましく思っている人もいたのだが、2人は完全に自分達の世界に入っていたため、そのそれぞれの思いが伝わることはなく、ただ高揚感だけが残っていた。
「今は冬のダイヤモンドしか贈ることが出来ないけれど、ちゃんと働いて然るべき年齢になったら、本物のダイヤモンドを用意するから、待っていて欲しいな」
「このダイヤモンドも素敵だけど、次に贈られるダイヤモンドはもっと素敵なものになりそうね。今からは待ち遠しいわ」
「あ〜あ、お互いに気が早いよな。でも、俺はこの今の状況を楽しみたいと思う」
「本当に親が聞いたら呆れるかもしれないわね。でも、私も今の状況を楽しみながら、将来も楽しみにしようと思うの」
まだ何年、下手したら10年以上先のことなのに、2人は現時点で将来のことを考えてしまっていたことに改めて気づき、お互いに吹き出してしまった。しかし、それすら2人の愛を深めてしまうので、未だに付き合いたてのように、いやそれ以上に仲が良いのだろう。
「もう充分堪能したし、体も冷えてきたし帰ろうか」
「そうね。ゆっくり帰ろう」
再び2人は手袋越しに指を絡めながら手を繋ぎ、家に帰っていく。先程の2人の誓いを甘受した冬の夜空は、更に輝きを増して2人の帰りを静かに見守っていた。