お前は駄々っ子かよ
俺だけを野営地から引き離したアレンは、シャンナやリイナから離れている場所でありながら防音結界を張った。
物々しすぎる。
だが彼の表情が、俺達がフランドール国のオルマーニュに入ってからずっと冴えない事を考えれば、これは仕方が無いと思った。
「決行日を決めたのか? 悪いがその前に俺に思い付いた事を試させてもらえないだろうか?」
「――それは君が全部背負うってやつか?」
アレンの低い声は、勝手にするならば俺をいつでも斬り殺す、そんな脅しが籠っていた。ただし、本気どころか、俺が憎くて出したわけではない。
単に俺にソロプレイさせたくないってだけの脅しだ。
そこで俺は重すぎるアレンに対して、軽薄でしかない声を出した。
もっと軽くいこうぜ、てな感じで。
「ばあか。気になった相手に声をかけるときゃ、ソロじゃ無いとなってやつ」
「ナンパは一人でやるよりも二人の時の方が成功確率高いらしいよ。ダブルデートの方が気安くなるでしょ」
アレンも俺の意図を汲んだような軽い声を出す。
だが完全に俺の意図は読んでいないようで、彼はすぐに目を伏せて、ちくしょう、なんて呟いた。
お~い、俺はそんなに殺生が好きな奴に見えるか?
違うな。
アレンは単に落ち込んでいるだけだ。
俺達が嵌められたこの泥沼クエストが今回で終わるどころか、自分という勇者の存在のせいで今後も呼ぶだろうと思いつめてしまったのだろう。
ばかお前、俺達をこんな目に遭わせているのは、フランドール国王だ。
今後似たようなクエストに嵌められようが、今回と同じように馬鹿な権力者が悪いだけで、誰も悪く無いんだよ。お前はシャンナのせいだと責めるか?
……全部わかっていて、落ち込んでいるんだろうな。
俺は彼に想いを全部吐き出させるべきかなと思い、黙って彼を見守る。
アレンは自分の持ち金を全部仲間に差し出すような、馬鹿みたいに良い奴だ。
とある王国の第五王子であった彼は、十二歳の誕生日の日に勇者の肩書を与えられて国から放逐された。
事情通の話によれば、人ならざるほどの才能と神からの加護を持つ弟に脅えた兄達が、己の立場をアレンに奪われると脅えたからであるという。
アレンは兄達の懐刀になりたいと努力を重ねていただけなのにね。
そんな身の上ならば、それなりな闇だって抱えているものなのである。
逆に何も抱えていない奴ならば、――化け物だ。
「――君はリイナやシャンナには優しいよね」
「吐き出したいことは他にあるだろ」
「こればっかりだよ。君はリイナやシャンナには頭を撫でたりして慰めるのに、俺には放置ばっかりじゃないか!!」
「ちゃんと見守ってんよ」
「俺を?」
「君を」
「……でも、見守ってるだけって、いくらでも言えるし」
ガキか!!意味わかんねえ。
でかい図体で、俺に頭をいい子いい子して欲しいのか? 本気か?
本気の悩み事を口にしたら重すぎるとか思って、適当ななんか言ってみたら引っ込み付かなくなっただけだよな?
俺はアレンを見つめ直すが、アレンは俺をジトっとした目で見つめていた。
やばい、これは覚えがある。
妹が俺に甘える様を傷ついた目で眺めているだけの、あのチビだった姿だ。
今はこんなにどでかく育っているというのに、中身はまだガキなのか?
お前は俺の弟な気持ちなのか?
「ええと、俺があいつらを弄ってんのは、ほら、シャンナは嫌がるから面白いだろ。リイナは単にもふもふ枠なだけだ。それよかお前が一体どうしたんだ?」
「俺はどうもしていない。レットが悪い。いい格好か何か知らないけど、自分一人でクエスト達成に行こうとしているから悪い。君が俺の代りに泥をぶっ被ろうとしているのが許せない」
「あほうが」
俺はアレンの肩に腕を回し、彼にふざけた感じで寄りかかる。
シャンナやリイナにするみたいに頭をナデナデなどアレンには出来ないが、このぐらいはしてやらなければ。意味わかんねえ!!けど。
だが、それが功を奏したようだ。
アレンは拗ねた口調だが、とりあえず素直になった。そんな台詞を吐いた。
「俺はレットが傷つくのは嫌なんだよ」
「いいか、誤解するな。俺はカッコつけて一人で泥被りなんざ考えていないの。俺は嫌なものは嫌だ。あのお犬様の団体をぶち殺そうなんて考えていないの。俺はね、あのお犬様達にさ、ヘーイ君達、どうしてここにいるの? って聞きに行こうかな、って言ってるだけなんだよ」
「――俺も一緒に行く」
「――どうしても?」
「何かする時は、いつだって、俺達は一緒だった」
アレンは必死な眼つきで俺を見上げる。
俺はそんなアレンの顔にむかっ腹が立ち、奴の額を指で弾いた。
「痛い」
「全くお前はうるせえよ。意地悪でも好きでソロプレイしたいわけじゃねえ。今回のこればっかりは俺一人の方がいいんだよ。お前は自分の姿がわかってんのか? 煌びやか過ぎる美男子が急に現れて、どうしたんだい? なんて尋ねて来られて、素直になれる奴はいるか? 普通に、うさんくせえ、って思うよ?」
「レットは俺が胡散臭いって思ってたのか!!」
「脱線するな。あと、すり替えるな。俺が言いたいことは分かっているだろ?」
アレンはやっぱり、不貞腐れた子供みたいな顔つきとなる。
だが、彼は俺が適任だってことは分かっている。
獣耳を持った住人達は、皆黒髪に黒目だ。
俺は彼らと似たような色合で、百姓の倅でしかない俺に似た風情の人間だ。
「ちょっと話合いに行くだけだ」
「――君に話し合いができるって、冗談か?」
「皮肉が言えるんなら大丈夫だ。いいか、今回だけは俺に任せてくれ。勇者はどんな時もどんな人にも救世主であるべきなんだ。困っている人たちがお前に脅されたと勘違いするようなシチェーションを避けねばならない。今回ばかりはな。足元掬いに来られてんだぞ」
どん。
アレンが俺に抱き着いて来て、俺の胸が鈍い衝撃を受けたのだ。
俺は軽く咽る。
図体デカい男に抱き着かれれば、それぐらいの衝撃ぐらいくる。
「今日は何だって言うんだよ。お前は」
グダグダ回すいません。
レットこそ弟分のグルグル状態に、面倒くさいな、となってます。
文中にあったようにアレンは実兄達に疎まれて国から放逐された人なので、自分を拾ってパーティを組んでくれた(=自分を弟分にしてくれた)レットにかなり依存しているんです。
レットの追放されたいは、アレンよ独り立ちしてくれ、な気持ちも入ってたりします。戦闘ではお互いにグダグダ考えないからか、背中を守り合う対等な相棒なんですけどね。




