深淵を覗いちゃったらもう目が離せない
俺とアレンが贈ったマントを勝負マントにしたシャンナ。
その勝負マントを羽織ったシャンナは、今や俺達チームの為に決意を抱いて決闘場へと向かっている。
恰好良く勝負マントの裾を閃かせて。
シャンナの相手になろうと決闘場へと歩き出したのは、灰色の髪の将来は宮廷魔導士長とのたまう青年だ。彼が思慕するピンクが敵視しているシャンナを、手加減どころか本気で血祭りにあげてやろうと考えているのか。
口元を下卑た笑みで歪めて、シャンナの姿を見つめている。
彼もきっとわかっているのだろう。
この場を治めるために、シャンナが彼に殴られようとしている、ということに。
「俺はシャンナにかすり傷負わせた時点であいつを潰す」
俺達の勇者が物騒な低い声を出した。
本当に彼は「勇者」だ。
「俺もそうするつもりだ。それで本気で終わったらさ、みんなで妹がいる辺境に逃げねえ? そこで畑やってさ、余生を送るの」
「魅力的だねえ」
「シャンナ、君は全く反省していないようだ。私は女性に手を上げることに葛藤があるが君のねじくれた性根をぐべぼ!!」
俺とアレンは、何がどうしたと目を見開く。
なんと、シャンナの拳は灰色の鳩尾に捩じり込まれていた。
え? 自己犠牲すっかも予想どうした?
「指導、そのいち!!長ったらしい口上する前に魔法練らないでどうする!!」
…………。
確かに魔法を使う魔物は詠唱潰しがキモだと、俺とアレンは君に教えたね。
「だ、だからって、決闘ならば魔法詠唱開始は、ぐふっほん」
余計な事を喋るな、そんな意志を感じるシャンナによるフックだった。
灰色の奴の口からなんか白っぽいものが飛んだ気がする。
さてここでおさらいだが、魔法使い同士の決闘の場合についてだ。
魔法詠唱開始は、開始のゴングが鳴ってからである。
シャンナは反則負けか、と俺はレフリーでもあるアレンを見やる。
アレンは涼しい顔をしていた。
彼は俺達チームな人だったな、いいか。
では気兼ねなく、灰色とうちのバーサクの戦いを見守るか。
…………。
俺は一瞬でそこから視線どころか意識を逸らしたくなった。
「ああ!!あんたが吐いた血で汚れた!!凄く汚れた!!どうしてくれんの!!血反吐ぐらい飲みこむぐらいの意地見せなさい!!」
「うぐあ!!」
ガチュンガチュガチュ。
殴って起きる衝撃音が鈍いのは、拳を叩きつけているシャンナの力が弱いからでなく、シャンナの拳を受ける相手が肉塊になりかけているからだ。
「あああ。負けだ。わだし……は負けだから、ゆるし」
「はい、ヒールヒールヒール。さあ、新鮮な気持ちで行くわよ!!指導、その二。ダンジョン探索には不屈精神が求められる!!」
「ひい、やめて!!」
「お黙り!!小賢しい悪巧みしか出来ない小悪党をいっぱしの冒険者に鍛えてさしあげてますのよ。さあ、感謝しなさい。指導その三、復活することが無いように、敵はきっちりとぶっ潰す」
「ごめんなひゃい、ぐがはあ」
シャンナの拳が灰色の顔のど真ん中にめり込んだ。
人間の顔ってあんなにも柔らかくて脆かったんだね。
俺とアレンは、気が付けば互に手を繋ぎ合ってた。
意識がどこかに行ってしまいそうだと、無意識に互いを求めたのだろう。
俺達は背中を守り合う親友だ。
そしてシャンナも。
今は肩を並べる仲間だが、彼女を冒険者に育てたのは俺達だと自負している。
でも、あんな教えは教えて無い、あんなおっかない人に俺達は育てて無い。
「ま、待ってくれ、シャンナ。君の怒りも分かる。ジュノンを許してくれ。彼への鬱憤はこの僕が受けよう。そうだ。僕が君のもと婚約者として責任を取ろう」
「もと婚約者として?」
「ああ、もと婚約者として君に気持ちを与えたい」
「では。久しぶりに無礼講な時間がいただけますのね」
「ああ、もちろん無礼講だよ。これから起きる事についてはね」
王子が決闘場へと、シャンナの前へと歩いていく。
その整った顔に嗜虐者の表情を乗せて。
俺とアレンは同時に舌打ちをした。
シャンナめ、と。
灰色を潰したのは、自分を王子に殴らせるための布石だったとは。
そうだな、灰色よりも王子が女を殴ったとなった方が外聞悪い。
フランドール国に威嚇できる材料になる。
だけどな、ばかやろう。
俺達はお前によろめかないが、お前は家族同然で大事な女なんだよ。
「生意気な女には仕置き「歯あくいしばれええ」ぶはあふっ」
俺とアレンは、王子ってよく飛ぶなあって思った。
シャンナの幻の右は、彼女の回復魔法よりも磨かれていたようだ。
呆気に取られている俺の代りに、アレンがこれ以上の混乱を防いでくれた。
勇者スキルの「神託の声」を使ったのだ。
「王子とシャンナの戦いは、みんなで見守ろう」
王子護衛隊の六人の騎士は固まる。
神託の声が効かない俺も固まった。
こんなの戦いじゃねえ、一方的じゃないか、シャンナよ。




