第8話 『家族と共に』
魔物たちとの生活が続く中で、私はすっかりこの森でのスローライフに慣れ、毎日が幸せに満ちている。
料理や薬草の調合、工芸などの技術も身について、魔物たちと共に穏やかで充実した日々を送っていた。
ある朝、私はリスの魔物のメルとスライムのポルカと一緒に森を散策していた。
小さな青いベリーが実っているのを見つけ、楽しげに摘みながらポルカが
「聖女さま、今日はこれでおいしいデザートを作ろう!」
と嬉しそうに提案してくれる。メルも枝を持って跳ねながら
「聖女さまのデザート、僕たちも楽しみにしてるよ!」
と期待を込めて笑った。
その笑顔に私も思わず笑みがこぼれた。
こうして魔物たちと共に過ごす日々は、私の心を和ませ、かつての王都での苦い経験を遠い過去のこととして薄れさせてくれた。
今では、王都で何が起きていようとも、もう私の心を乱すことはない。
ここでの日常が、私にとって本当の居場所なのだと実感できるからだ。
その日の夕方、ガルムが森の端から戻ってきた。
王都の近くをこっそり訪れていたようで、また新たな噂を耳にしてきたらしい。
彼は、王都でさらに混乱が広がり、疫病がまだ続いていることを教えてくれた。
「王都は未だに疫病の混乱から抜け出せていないようだ。噂では、人々が聖女さまを求める声も絶えないとか」
少しだけ胸が痛んだが、私は無理に表情を変えることなく、静かに頷いた。
かつて私を聖女として迎え、期待したかと思えば「無能」だと決めつけて追放した人々。
その彼らが今どんなに困ろうと、私の力は今、私を信頼してくれる魔物たちのためにある。
「私は……もう王都には戻らない。ここで生きていくと決めたから」
改めて口にしたがその決意に揺るぎはなかった。
ガルムも私の決意を理解してくれたようで、
「君がそのように思える場所が見つかって何よりだ」
と安心したように微笑んでくれた。
夜になると、仲間たちが私のもとに集まり、焚き火を囲んで温かい食事を楽しむ。
シオンが狩ってきた小さな獲物や、メルが集めた木の実、ポルカが持ってきたベリーで料理を作りながら、皆と共に過ごす時間が何よりの幸せだ。
ティオが私の隣に腰を下ろし、静かに焚き火を見つめながら言った。
「君は、ここで本当の居場所を見つけたようだね」
「そうだね…。最初はどうなるかと思ったけれど、みんなのおかげでこうして安心して暮らせる場所ができた」
森での生活がこんなにも温かく、心地よいものになるなんて、最初は想像もしていなかった。
王都の騎士たちに一人下ろされ絶望に染まり、一人泣いた夜を私は絶対に忘れることは無いだろう。
しかし魔物たちと築いた絆、そして彼らが私に見せてくれる愛情が、王都での過去を乗り越え、私の新しい人生を支えてくれている。
私は心の底から安らぎを感じながら星空を見上げた。
あの一人涙を流した夜、空を見上げる余裕なんてなくて私はずっと下を向き絶望していた。
しかし空を見上げると、無数の星が光輝いていた。
「きれい……」
思わず私は呟いた。
森の静寂に包まれ、温かな焚き火のぬくもりが全身に染み渡る。
この場所こそが私の居場所であり、この仲間たちと過ごす日々が何よりも大切だと、強く実感していた。
やがて、ポルカが私の肩にそっと寄り添い、ガルムが「今日の料理は美味しかった」と静かに感想を述べる。
メルも「明日はもっとたくさんの木の実を見つける!」と嬉しそうに話し、シオンはいつものように目を閉じて静かに聞き入っていた。
王都で孤独と失望に満ちた日々を送っていた時には知りえなかった本当の安らぎが、ここにはある。
魔物たちに囲まれ、自分の力が役に立っていると感じられる日々こそが、私にとってかけがえのないものになっていた。
ティオがそっと私の手をその鱗のあるがっしりとした手で、傷つけないようにそっと手を握ってくれた。
「──君の決意がこの森をさらに輝かせるだろう」
そうティオが静かに私の事を励ましてくれた。
その言葉を受け私はこの森で前向きに生きていこうという思いを新たにした。
もう魔物達は私にとって誰しもがかけがえのない家族のような存在になっていた。当たり前のように一緒に居て当たり前のように安らぎを与えてくれる、そんな存在。
この森で築いた新しい家族と共に、私はもう過去にとらわれることなく、ここで幸せに生きていくことを心に誓った。