第3話 『他の魔物達も癒してみよう』
ティオと共に森での生活に慣れてきたある日、彼が私に少し頼みごとをしてきた。
「君の癒しの力を、他の魔物にも試してみてはくれないか?」
どういうこと?と尋ねると、ティオは穏やかな目で私を見つめ、丁寧に説明してくれた。
この森には、傷ついたり体が弱っていたりする魔物たちがまだ多くいるという。
通りすがりの冒険者の人間に追われて傷を負ったり、時には同じ魔物同士での争いで怪我をすることもあるそうだ。
「君の癒しの力は、私のように魔物に知恵を与える特別な力だ。それが他の魔物にも役立つなら、君もきっとここで生きる意味を感じられるだろう」
ティオの提案を受け、私は迷いながらも頷いた。
この力が他の魔物たちにも届くなら、それはきっと魔物たちの役に立つはずだし、私にとっても何かの救いになるかもしれない。
ティオと共に森を歩きながら、傷ついた魔物たちを探し始めることにした。
森の奥深くで、最初に出会ったのは小さなスライムだった。
私の手のひらほどの大きさで、体がかすかに震えている。どうやら何かに襲われて傷つき、弱っているようだ。私はスライムに近づき、そっと手を差し出した。
「大丈夫……怖くないからね」
スライムは怯えた様子で一瞬引いたが、私の手から出る癒しの力が届くと、彼の体が淡く光り始めた。
スライムの体がふわりと輝き、傷が癒えていくのがわかる。
すると、スライムが急に
「ありがとう…」
と小さな声で呟いたのだ。
「……話せるようになったの?」
私の中に驚きと喜びが入り混じった感情が胸を駆け巡る。
スライムは体をぷるぷると揺らしながら、まだ幼い子どものような声で
「うん、君のおかげだよ」
と言った。
──か、可愛い!!!
その可愛らしい愛おしい仕草に、思わず笑みがこぼれてしまう。
「なんて呼べばいいかな?」
そう聞かれたので、
「私は聖女なんだ!」
と少し照れながら伝えると、スライムは嬉しそうに
「わかった!よろしくね、聖女さま!」
と呼びかけてきた。
その言葉を聞いた瞬間、私の中に小さな誇りが生まれた気がした。王都で無視されていたあの頃とは違う、心が温まるような感覚だ。
「ありがとう……」
──『聖女様』。
ちょっと大袈裟な響きかもしれない。でもやっぱり自分が認められるのはとても嬉しいことだ。
その後も、ティオと共に森を巡り、次々と傷ついた魔物たちを癒していくことになった。
森の中で怪我を負っていたウサギ型の魔物や、体の一部が欠けてしまった小型のゴーレム、そして怯えた表情のコウモリの魔物たち。
それぞれが癒されると、どれも私に「ありがとう、聖女さま」と言葉をかけてくれる。
「おかげで安心して暮らせます……」
「聖女さまの癒しは、まさに奇跡のようです……」
そんな言葉をかけられるたび、私の中に充実感が芽生えていった。
異世界に来てから初めて、自分の力が誰かの役に立っていると心から思える。
王都で冷たく扱われたときは、ただ自分が何もできない無力な存在にしか感じられなかったのに、ここでは私が「聖女さま」として、魔物たちから本当に慕われているのだ。
******
ある日、癒したばかりの小さなゴーレムが話しかけてきた。
「聖女さま……この森にいてくださって、本当にありがとうございます。聖女さまのおかげで、私たちは言葉を持ち、知恵も授かることができました」
そう言って頭を下げるゴーレムに、私は少し気恥ずかしいような気持ちになりつつも、嬉しさがこみ上げてきた。
彼らが私を尊敬し、感謝してくれる姿を見ると、ここでの生活が一層楽しく思えてくる。
その後も、次々と私のもとにやってくる魔物たちを癒していった。
癒すたびに知恵が芽生え、魔物たちが言葉を持ち、私に感謝を伝えてくれる。
その過程で、いつしか彼らの中には「私たちの聖女さま」としての信頼が私に対して確かに生まれていった。
日が暮れかけるころ、私とティオは広場のような場所に腰を落ち着け、今日癒した魔物たちと一緒に話をしていた。
彼らが「今まで普通に暮らしてはいたけど聖女さまの力で生き返ったようだ」と感謝を示し、私に食べられる木の実や果物をプレゼントしてくれる。
その中には、スライムが一生懸命集めてくれた青いベリーや、ゴーレムが見つけた珍しいキノコもあった。
ティオが隣で静かに微笑み、彼も私のことを誇らしげに見つめているのが感じられる。
「どうだ、君がここにいる意味が見つかったのではないか?」
その問いかけに、私は静かに頷いた。
「うん……ここでこうやって、魔物のみんなと一緒にいると、初めて自分が役に立てているって思える」
ティオの言葉に導かれるように、私は再び自分の力を信じることができた。
この森での生活は、私にとってただの逃避ではなく、確かな居場所なのだと実感している。
そうして私は、森の中で少しずつ居場所を築き上げていった。
魔物たちに囲まれて「聖女さま」と呼ばれる日々が、こんなにも楽しく、安心感に満ちているなんて思わなかった。
癒しの力を通じて、彼らとの絆が育まれていくたびに、私は心からこの場所を大切にしたいと感じるようになる。
王都で自分を無力だと感じていた日々が、今では嘘のようだ。