第15話 『王都の使者来たる』
ある朝、リスたちが森の奥から慌てて駆け込んできた。
その表情には見慣れない緊張が走り、胸の奥に不安が広がる。
「聖女さま、大変!王都からの使者が森に入ってきたんだ!『聖女はどこなのだろうな』って言ってた…」
その知らせに、胸がざわつく。
なぜ今になって、王都の人たちは私を探しにくるのか。
リスたちの話では、使者は複数人で、私が森にいると確信している様子だったらしい。
「彼らはまだ森の外れにいるけど、確実にこのまま奥まで探しにくると思う」
報告を受けた仲間たちは緊張し、森にある危機感が漂う。
もし彼らがこの森に深く踏み込んできたら、私だけでなく、仲間たちも危険に晒されてしまうかもしれない。
「まずは君が身を隠したほうがいい。あとは私たちに任せてくれ」
リュカが冷静にそう提案してくれた。
その聡明な眼差しには、私を守るために森全体のことを考えているという強い決意が感じられる。
とても心強い。
彼の言葉に深くうなずき、私は森の奥深くにある隠れ場所に向かうことにした。
「シオン、頼みます」
リュカが短く指示を出すと、シオンは無言でうなずき、すでに周囲を見回して使者たちが通るルートを見極めている。
彼の鋭い眼差しは一切の迷いがなく、その姿に私は心からの信頼を感じた。
森の奥深く、茂みの中に身を潜めながら私はじっと息をひそめていた。
森の静けさが、外からの侵入者に対する警戒心で張り詰めているように感じられる。
リスたちが合図を送りながら動き回り、あらゆるルートで使者たちの位置を把握してくれている。
しばらくすると、遠くからかすかに人間の声が聞こえた。使者たちは私を呼びながら森の奥へと進んできているようだ。
「ここにいるのか?聖女よ、応えてくれ!」
その声を聞いて心がざわつくが、私はじっと息をひそめる。
この森で築き上げた平穏な生活を守り、仲間たちのために私は王都の人たちには戻らないと決意を固めているのだ。
そのとき、空からフクロウの羽ばたきが聞こえた。
リュカが彼らの前に現れ、冷静に彼らを追い返すための動きを始めたようだ。
彼は森の中でただ一羽、翼を広げて静かに巡回することで、使者たちに進入禁止の意思を伝えようとしている。
腰ほどの大きさまであるフクロウだ。びっくりするだろう。
使者たちはリュカの姿に気づき、少しずつ歩みを止めた。
フクロウの眼差しが厳かで、まるで森全体が彼らを拒絶しているような迫力が漂っている。
「森には深く踏み入らないほうがいい…」
リュカが低く警告を発すると、使者たちは戸惑いの表情を浮かべながらも進むことをためらったようだった。
「え、魔物が喋った……?」
「聞いたことあるぞ、この森には聡明なフクロウの魔物がいるって……でも人の言葉を喋れるなんて聞いたことない……!」
使者たちがリュカに動揺している隙を狙って、シオンが音を立てずに近くの茂みへと移動し、使者たちのルートを巧妙に外れさせるように追い込んでいく。
やがて、シオンの巧みな誘導とリュカの威圧的な存在感によって、使者たちは進むことを諦め、方向を変えて森を出ていく気配がした。
「リュカの言う通りだ。この森は、聖女さまに会う者を拒んでいるかのようだ……」
「もう戻るか」
「どうせもうこの森の中一人だったら聖女様絶対もう死んでるよ」
「へへ、だよな」
使者たちが諦めの声を漏らしながら去っていくのが聞こえた。
心無い言葉もあったがあんなのにいちいち苛立つ方が無駄だと思い抑えた。
そして使者が去っていき、私の胸に安堵が広がった。
静かに息を吐き出しながら、茂みの陰から顔を出すと、リュカとシオンが私の隠れ場所に向かって歩いてきた。
「これで、大丈夫だ」
シオンが低く短く告げるその声には、確かな安心感があった。
リュカも、穏やかな微笑みを浮かべながら「これからも、君はここで平穏に過ごしていける」とそっと私に語りかけてくれた。
私は仲間たちが全力で私を守ってくれたことに胸を打たれ、この森での生活がどれだけ私にとって大切なものか、改めて感じた。
「もう、王都には戻らない。ここが、私の居場所だから」
静かに自分の心に誓いながら、仲間たちと共に森の中へ戻っていった。
******
王都の使者たちが去り、森に静寂が戻ってきた。森の奥に身を隠していた私は、仲間たちの呼びかけを聞き、そっと顔を上げた。
「聖女さま、大丈夫?」
最初に駆け寄ってきたのはメルとリスたちだった。
彼らは安心したような表情で私の周りを囲むと、嬉しそうに跳ねながら、
「よかった、もう人間たちは追い返したよ!」
と笑顔で伝えてくれた。彼らの励ましに、私は胸がじんわりと温かくなるのを感じた。
しばらくすると、リュカ、シオン、ポルカ、ガルムも私のもとに集まってきた。
リュカは羽をそっと整えながら、静かな声で言った。
「君がここにいる限り、私たちは必ず守る。安心してほしい」
リュカの冷静で聡明な眼差しに、私は深くうなずく。
シオンも無言で小さくうなずきながら、強い意志を表している。
寡黙な彼がそうして私を見つめてくれるだけで、心の奥に安らぎが広がっていく。
ポルカは私の腕にのっかって、明るい声で言った。
「聖女さまは、俺たちにとって大切な仲間だからね!あんな奴らに渡すもんか!」
ガルムも穏やかにうなずきながら、
「そうだな。この森で私たちと共に暮らしてくれることが、何よりの喜びだ」
と優しい目を向けてくれた。
その言葉に、私は今まで抱えていた不安や迷いが少しずつ消えていくのを感じた。
王都での過去が遠いものになり、この森こそが私の本当の居場所なのだと改めて確信する。
「ありがとう、みんな……私も、ここでみんなと生きていきたい。ここが私の家で、みんなが大切な仲間だから」
そう言葉にして伝えると、魔物たちはみんな嬉しそうに顔をほころばせた。
私たちがこの森で暮らしている理由が、ただの偶然ではなく、運命のように感じられる瞬間だった。
その日の夕方、仲間たちと焚き火を囲んで夕食を楽しんでいると、メルがにこにこと笑いながら
「聖女さま、これからもずっと一緒だよね?」
と聞いてきた。リスたちも小さな声で、
「ねぇ、ずっとここにいてくれるよね」
と私の顔を見つめている。
「もちろんだよ。ここで、みんなと一緒に生きていく」
私がそう答えると、仲間たちはさらに嬉しそうに顔を輝かせ、みんなで大きくうなずき合った。
その様子を見て、私の心はさらに安らかになり、この森で生きることへの決意が深まっていく。
夜になり、仲間たちはそれぞれ自分の居場所へと戻っていったが、私の心には今までにない平穏が広がっていた。
王都に追放された孤独な日々はもう過去のものだ。今、私は本当の仲間たちに囲まれて生きている。
「ここが私の本当の居場所で、かけがえのない家族なんだ」
そう心の中で静かに誓いながら、焚き火のぬくもりに包まれて穏やかな眠りについた。