92話 事件の真相
「何をおっしゃるんですか!? 私が『霧裂きヴェイル』だなんて!」
俺がその名前を口にした途端、店員のお姉さんは激昂する。
「落ち着いてください。なら、俺の話を最後まで聞いたうえで、反論をしてください」
「商品を買いに来たわけではないなら帰ってください。もう店を閉めますので」
お姉さんは剣幕そうに俺を追い出して店を閉めようとする。
「気づきませんか? 今、この話を聞いてるのは俺たちだけではありません。誤解を解くためにも、協力してください」
「っ!?」
俺が周囲を見渡すと、お姉さんも兵士たちが街の建物からこちらを見ていることに気づいたようだ。
俺とお姉さんが話している間に、グレイドール兵団の兵士にこの周辺から住民を離してもらった。
ゼノンさんの指示に素早く従う兵士たちの様子から、彼らがよく訓練されているのが分かる。
それだけゼノンさんへの信頼が高いということだろう。
「こんなことをして……許しませんからね」
「お姉さんの誤解を解くためです。では、確認しましょう。まず、女性が斬りつけられる事件から」
お姉さんは視線を俺の方へ戻し、話をする気になったようだ。
脅しのようなものだが、お姉さんが本当に主犯かどうか、確かめなければいけない。
「私が女性を狙うはずありません! 私だって狙われる立場で毎日怯えているのに、疑うなんてひどい……。噂では50年前の犯人がまたこの街に現れたって聞きましたよ。50年前なんて、私は生まれてすらいないんですから」
「確かに、今回の事件では、被害者が成人の女性であるという点や被害者につけられた傷跡は50年前の事件と一致しています。それに50年前の犯人が男だというのは、目撃証言に記録されていますね。ですが、我々の見解では、犯人は50年前の事件を模倣することが目的だったと考えています」
「だからって、私が関係あるわけないでしょう! 模倣犯も女性を狙っているなら、普通は男の犯行のはずです!」
お姉さんは否定をするが、話を続ける。
「この事件に性別は関係ありません。では、なぜ50年前の事件を模倣したのか……それは、先ほど話した『墓荒らし』と『神隠し』が関係しています。犯人の“本当の目的”は、この二つの事件にあったのです。『霧裂きヴェイル』を再び呼び起こし、人々の関心をそちらに向けることで、裏で目的を遂行するために50年前の事件が利用されました」
「……そんな回りくどいことをする意味が分かりません!」
「ですが、効果は絶大でしたよ。50年も前の事件なのに、今でも恐怖の記憶として語り継がれている。それが再び起きたとなれば、誰もがそちらに意識を奪われる。俺はこの街に来たばかりだから実感は薄いですが、長く住む人々ほど当時の恐怖を強く覚えているはずです。そして、それを知る兵士たちは、警戒を強めざるを得ないでしょう」
今回の事件は、俺たちが余所者だからこそ、犯人の本当の狙いに気づくことが出来た。
この街の住民だったら、先入観が邪魔をして、気づけなかっただろう。
「この街の誰でも犯人の可能性があるでしょ! なんで私だけが疑われないといけないのよ!」
「犯人の“本当の狙い”さえ分かれば、犯人はかなり絞られます」
「……」
「まず、『墓荒らし』はこの街以外でも起こってるみたいですけど、被害に遭ったお墓からは、一緒に埋葬された貴重品が盗まれていました。それに、被害に遭ったお墓に共通しているのは、高貴な身分のご遺体であることです」
「……そんなの普通ですよ」
「ここまでならただの盗掘です。ですが、ひとつおかしなことがありました。それは、被害に遭ったお墓の共通点としてもう一つ、一年以内に埋葬されたものしか狙われていなかったんです」
「そんなの私と何も関係ないじゃないですか!」
バンッとお姉さんがカウンターを叩く。
「じゃあ、結論を言いますね。犯人の“本当の狙い”……それは、魔法使いだけが持つ魔法を使うための臓器、『魔器』です」
俺は自分の胸を指さしながら、お姉さんに向かって核心を突く。
「被害に遭ったお墓の遺体からは、『魔器』が抜き取られていました。狙われたのが身分の高い墓ばかりだったのは、身分が高いほど強力な魔法使いだった証だからでしょう。そして、『神隠し』でこの街から消えたのも、魔法使いばかりです」
「私にそんな、魔法使い様を狙うなんて真似、できるわけないじゃないですか!」
「いいえ、あなたにしかできません。『神隠し』で行方不明になった魔法使いたちは、職業もバラバラ。兵士でさえ、誰が魔法使いなのか完全には把握していません」
この街のことを最も知っているはずのグレイドール兵団の報告書ですら、『神隠し』の被害者が魔法使いだったかどうかの記載はなかった。
「魔法使いかどうかを知ることができる人間は、ごく限られています。それでも無差別に魔法使いが狙われているとなれば、無差別に魔法使いへ霧石を売っているあなたにしか、それを判別する方法はないんです」
「なんで私が……」
「この霧石です」
俺はポケットから霧石のアクセサリーを取り出し、光らせる。
「これは普通の人が持てば、ただの石ですが、魔法使いが触れれば、魔素を吸収して光る。その性質を利用して、あなたはここを訪れた魔法使いを特定し、狙ったんだ!」
本当の狙いが分かれば、犯人はおのずと絞られる。
だから、犯人はそれを隠すために50年前の事件を利用したのだ。
「そんなの、他の霧石を売ってる店でもできることでしょう!」
「俺の友達が昨日と今日で二回も襲われました。昨日狙われた友達は、人が大勢いる場所で魔法を使ったそうですが、もう一人は病気で宿から出ていませんでした。それなのに、その子が魔法使いだと知っているのは、昨日ここで霧石を購入した友達への襲撃に失敗し、その後をつけ、もう一人が魔法使いだと知ったあなたしかいない」
「そ、そんなの、彼が魔法を使った時に別の誰かが後をつけさせただけじゃない!」
お姉さんは声を荒げ、必死に反論する。
「俺の友達が“男”だなんて、言いましたか?」
お姉さんの表情がピクリと強張る。
「俺と初対面のあなたは、本来、俺の友達が誰なのか知らないはずだ。それなのに、思い当たる節があるんですね。それに、“後をつけさせた”と言いましたが、普通、犯人自身が後をつけたと考えませんか?」
「……言葉の綾よ!」
お姉さんは動揺を隠しきれない様子で声を張る。
「それに、あなたの友達のことも、話の流れで大体分かるわ。昨日、獣人と一緒に来た少年でしょう? 魔法使いのお客なんて珍しいから、覚えていただけよ。それに私は霧がかかっている時間でも営業してる。証言できる人はたくさんいるわ!」
なかなかしぶといが、少しずつ本性を現してきたな。
これで最後にしよう。
「魔法を使えば、霧の時間にあなたが営業していようがしていまいが、関係ありません。この事件の犯人は死体を操ることができるようなので。お姉さん、俺の推理が違うというのなら、その手袋を外してこの霧石に触れてみてください。魔法使いじゃないなら、霧石も光らないはずですよね?」
「……」
先ほどとは打って変わり、お姉さんは黙り込む。
そのまま空気が凍ったかのように沈黙が続く。
「……くふっ」
突然、お姉さんは不気味に笑い始めた。
「くふふふ、くふふふふふふふふ」
「大人しく捕まってください。あなたのせいでどれだけの人が亡くなり、傷ついたか」
「きゃはっ、それは無理な話ね、坊や。あなたの言う通り、全て私がやったことよ。でも、その『霧裂きヴェイル』だったかしら? そんなダサい名前で呼ばないで。私は演奏者。あなたのことも気に入ってたの。私の楽器にしてあげるわね」
アリアは乱暴に髪を搔き上げ、唇の端を吊り上げると、楽しげに笑った。
「あの小屋もお前のものだな?」
「あの間抜けなアホ鳥のせいで、こんなことになるとは思わなかった! あぁ、クソクソクソクソクソ」
この女はまずいと俺の本能が警告をしてくる。
(これがルインスの言っていた話の通じない相手。やはり、戦わないとだめなのか)
俺は初めて見る脅威に内心動揺する。
「寝てんじゃねえ! さぁ、演奏の時間よ。私の美しい“楽器”たち。屍揮葬奏」
アリアの手に指揮棒が現れると、店の裏で荷車が大きく揺れ、バタンと倒れる。
中からボロ布をかぶせられた3体の死体が転がり出た。
(こんなに居たのか。でも……)
「領域防壁、崩圧」
「好きにさせないニャ! 雷猫一閃」
「っ! いつから居たの!?」
隠れていたリオネルとミャリアさんが、死体が動き出すより前に、攻撃を仕掛ける。
リオネルは魔法で生み出した円状の防壁で死体たちを囲み、一気に圧縮する。
ミャリアさんは地面を蹴り、防壁の上に立つと、死体の首を一瞬にして刎ねる。
「透明化はお前たちの専売特許じゃないんだよ!」
透明化……これはシルヴァさんから受け取った白いローブのおかげだ。
『学園に着いてから渡そうと思っていましたが、渡すなら今でしょう。このローブはフロスト騎士団の騎士の証でもありますが、皆様の入学祝いということで、ルインスが糸を採ってきて、私が仕立てさせていただきました。魔法に対して抵抗があり、魔素を流せば姿が消えます。サイズも少し大きめに作ってありますので、3年間は持つでしょう。』
軍服を作る時に採寸をしており、その時のを参考にして作ったようだ。
別れるときは、何も用意していないと言っていたが、ルインスらしい贈り物だ。
ルインスとシルヴァさんには感謝しかない。
先ほどは、この透明化の効果を利用して、俺とアリアが話している時、いつ攻撃されても反撃できるように、リオネルとミャリアさんには側で隠れてもらっていた。
ミャリアさんは魔法が使えないので、リオネルが側で魔素を流す必要はあったが、意表をつけたし問題はない。
「さて、大人しくしてもらうぞ」
俺は、切り札を失ったアリアを捕まえるために近寄った。




