91話 二代目『霧裂きヴェイル』
「死体を操る魔法とは、恐ろしいですね」
「ゼノンさんの部下の方は魔法を使ったんですよね?」
「ええ。空弾を放つ魔法と体を変化させる魔法を使っていました。死体を操ると言っても、完全に操るというより、指示を与えると言った方が正しそうですな。動きも人間らしいクセが見られました」
死体を操る魔法か……。
ミャリアさんとリオネルの証言では、襲撃者の動きは慣れたものだったというし、50年前の犯人と同じ魔法を使って、女性を斬りつけているとのことだ。
疑問は多いが、今回の犯人も『霧裂きヴェイル』の死体を操っていると考えれば、色々と納得できる。
「他に気になることはありましたか?」
もう少し詳しくシルヴァさんに聞いてみることにした。
「ゼノン殿は、生前には体を変化させる魔法は使えなかったと言ってましたな。それと、魔法の威力が上がっていたとも。二つの魔法の組み合わせで威力が上がったのか、別の魔法を使っていたのか……」
「生前には使えなかった魔法が使えた?」
「ええ」
複数の魔法に、生前には使えなかった魔法が使える死体……これって、50年前は爪を武器にする魔法しか使えなかったはずの『霧裂きヴェイル』が、今は透明化を使えるようになっていたのと同じじゃないか?
「……少々失礼します」
考え込んでいた俺は、その声にハッとして現実に引き戻される。
声の主であるシルヴァさんは、少し眉をひそめ、いつの間にか手にしていた針を自分の体に突き刺した。
針はシルヴァさんの体に吸い込まれていき、すぐに見えなくなった。
「大丈夫ですか!?」
それを見たリオネルが、慌ててシルヴァさんに尋ねる。
「これは私の魔法なので問題ありません。爆発の衝撃で何本か折れまして……応急処置で、縫えるところだけ縫おうかと」
「縫うって……骨をですか? 治るんですか?」
「いえ、あくまで応急処置です。魔法の糸で固定するだけなので、きちんと治療しないといけませんが、今はこれで十分でしょう」
シルヴァさんは、さっきの爆発で負傷していたのか。
気を習得すると、自分の体の状態を把握できるようになるらしい。
体のことは、本人が一番理解しているはずなので問題ないだろうが、それでも無理をさせるわけにはいかない。
「気づかなくてすみません。椅子を持ってきますね」
「お気遣いありがとうございます」
俺は椅子を持ってきて、シルヴァさんを座らせる。
「そういえば、なんでネズミのことを教えてくれなかったんですか? 話してくれれば、俺たちも手伝えたかもしれないのに」
俺は、なぜネズミのことを黙っていたのか尋ねる。
「昨日の段階では、まだ憶測に過ぎませんでした。それを伝えることで、お二人の行動の邪魔になると判断いたしました」
「……そういうことですか。確かに、そのおかげで俺の捜査はかなり進みました。おそらくなんですけど、犯人の根城を見つけたんです」
もし、シルヴァさんから敵に監視されていたことを伝えられていたら、捜査どころではなく、あの小屋の発見もなかったかもしれない。
「本当ですか!?」
「それは……詳しくお聞かせください」
俺の捜査の進展にリオネルとシルヴァさんは驚く。
「はい。まず、俺たちは……」
俺は地下に目をつけ、そこから小屋にたどり着き、ヒュウを救出して逃げた経緯を説明した。
「あの怪物の仮面は、光ではなく温度と形で俺たちを感知していました」
「温度と形……ですか?」
リオネルが疑問を口にする。
「明るい場所では見えないのに、暗い場所では見える。つまり、あの仮面は普通の視界とは違う情報を映している。それに、逃げるときに氷の壁を張ったら、俺たちの姿を見失い、氷の人形を俺と勘違いして持っていった。だから、あの仮面は温度を感知しているんだと思う」
俺の脳裏に「サーモグラフィー」の概念がよぎる。
「この仮面を使えば、霧の中でも人の性別を判別できるはずだ」
「じゃあ、『霧裂きヴェイル』と神隠しの犯人はつながっているってことですか?」
「その可能性が高いな。そして、これが女性の中でも成人女性だけが狙われる理由だ」
50年前の霧裂きヴェイルは、霧の中であの仮面をつけ、人の性別を判別しながら襲っていた。
「でも、それだけで性別を判断できるんですか?」
温度で感知するという仕組みがピンとこないのか、リオネルは眉をひそめる。
「実際に仮面をつけて試してみないと確証はないけど、温度感知の目的は霧の中でも人を見つけることだ。そして、性別の判別には体のシルエットが関係しているんじゃないかと思う。成人すると筋肉や脂肪のつき方が変わるから、仮面を通して見ると体の形の違いがはっきりするんじゃないかな」
「それで温度と形なんですね」
現物がないので、検証しようにもできないのが残念だ。
「その小屋はどの辺りにあるか分かりますか?」
黙って聞いていたシルヴァさんも口を開く。
「地下も真っ直ぐな道ではなかったので、方向も正確には分かりません。方向が分かっても認識阻害のせいで、地上からあそこへたどり着くのは難しいと思います」
「なるほど。想定よりも早く襲撃された理由が分かりました。その小屋の存在を発見され、最後の犯行としてラフィを狙ったのでしょう」
シルヴァさんは、深く頷きながらつぶやいた。
ん? 最後の犯行にラフィを狙った? そういえば、なんでラフィを狙うんだ?
俺はシルヴァさんの発言に違和感を覚える。
(もう答えは近いはず。この違和感はなんだ?)
別の何かが邪魔をして、正解への道を閉ざしてくる感覚に襲われる。
『先入観を捨てることが大切です』
ふと、シルヴァさんに昨日言われた言葉を思い出す。
「ふぅ」
言葉通り、先入観を捨て、もう一度情報を頭の中で整理する。
女性斬りつけ事件の犯人の“本当の狙い”が、女性ではないことは、あの小屋を見つけた時に俺の中で確信に変わった。
『女性が被害者である』というのは、俺の考えを邪魔する情報だ。
50年前の犯人の狙いは女性だったかもしれないが、今回の犯人の狙いは別だ。
(では、犯人の本当の狙いはなんだ?)
『神隠し』と『霧裂きヴェイル』が関わっているというのはほぼ確実だ。
透明化が使えなければ、襲った人をあの穴の中へ運ぶことはできないし、あの怪物の着けていた仮面なら霧の中でも人を見分けることができる。
50年目の犯人が着けていたのと同じもので間違いないだろう。
それと、もう一つ頭をよぎるのが『墓荒らし』だ。
(死体を操るために死体を盗んだ? でも、死体が盗まれたなんてことは報告書には載っていなかったし、あの神父も言っていなかった。じゃあ、墓荒らしは関係ないのか?)
一旦、墓荒らしから思考を離す。
そして、問題はこの部屋への襲撃だ。
(何故、ラフィを狙った? 犯人は複数魔法を使う死体を操って襲撃した。その死体はゼノンさんの部下で、神隠しの被害者だった人だ)
一連の流れを整理したところで、リオネルが話し始める。
「自分の方は成果がありませんでした」
「でも、俺の頼んでいたことは聞いてくれたんだよな?」
昨日、リオネル達から神隠しの話を聞いた時、言い表せない引っかかりを覚えた。
そこで、俺はリオネルに、神隠しの被害に遭った狩人の情報を集めてくれないか頼んでおいたのだ。
「はい。クラウ殿から頼まれていた通り、いなくなった狩人の方の話を聞いてきたんですが、“貫通力を上げる魔法”が使えたと知り合いの狩人さんが教えてくれました」
「やはりそういうことですか。死体の魔法が生前よりも強力になった理由が分かりましたな」
「それって……」
シルヴァさんは何やら確信を持った様子だ。
今のリオネルの話で、俺も正解につながる何かを掴めた。
「ああ。だから、ラフィを狙ったのか」
全てがつながった。
『霧裂きヴェイル』も『墓荒らし』も『神隠し』も全て同じ犯人によるものだ。
そうなると、犯人は……
「犯人の本当の狙いが分かりました。ついでにこの事件の首謀者も」
「本当ですか!?」
「お聞かせ願えますかな?」
リオネルは驚き、シルヴァさんは静かに俺を見つめる。
「はい。この事件の首謀者については、その狙いさえ分かれば見えてきます。まずは、犯人の狙いから話しましょう」
俺は推理を二人に話し始めた。
*****
「俺の推理が正しければ、墓地の死体から“それ”がなくなっているはずです」
「今すぐに調べましょう」
俺の推理を聞いたリオネルが、動き出そうとする。
「その必要はありません。昨日の夜、クラウ様の話を聞いて、調べに行きましたが、クラウ様の言う通り、なくなっておりました」
「ええ!?」
シルヴァさんは、昨日の段階で本当の狙いに気づいていたようだ。
ただ確証はなかったので、話さなかったということか。
それにしても、どうやって死体を調べたのだろう。
気になるが、聞かない方がいいことも世の中にはある。
「だから、ラフィを襲う可能性が高いと判断したんですね?」
「ええ。犯人についても、その推理は正しそうですな。私はしばらく動けそうにありませんので、そちらはお任せしてもよろしいですか?」
「分かりました」
負傷しているシルヴァさんにはここで休んでいてもらおう。
「お二人とレオノーラには先に渡しておきましょう」
シルヴァさんが椅子から立ち上がったところで、
「戻ったニャ! ラフィも元気そうだったニャ!」
「さて、打ち合わせしますわよ」
「ただいま、戻りました。シルヴァ殿、詳しい話をお聞かせください」
ラフィの元へ行っていた三人が戻ってきた。
「三人とも、犯人が分かったから、対策を立てましょう」
『え!?』
驚いた表情を浮かべる三人に、俺とリオネルで一から説明した。
*****
多くの店や屋台が立ち並ぶミルゼアの街で、白いローブを身に着けた俺は、ある店を探して歩く。
「いらっしゃいませ」
「すみません。霧石を探していて」
「お客さん、ちょうどいいところに来ましたね。閉店サービス中でして、今なら格安でお売りしますよ」
店には多様な霧石を使った飾りが置いてある。
「店を閉められるんですね」
「はい。最近はこの街も何かと物騒ですから、別の街へ移ろうかと」
「こんなに立派な商品があるのにもったいない」
「残念なことに客足も減ってしまいましたから」
俺は飾りに目を通しつつ、女性の店員さんと話す。
「でも、女性が狙われるとなると、お姉さんも怖いですよね」
「本当に恐ろしい話です」
「物騒と言えば、『墓荒らし』や『神隠し』なんかの事件も起こってるらしいですよ。兵士の人たちがさっき教えてくれました」
「……それは、兵士の皆さんもお忙しいでしょうね。お客さん、商品はお決まりですか?」
「もう少しだけ話しませんか?」
「……申し訳ございません。そろそろ店じまいの時間で」
「残念です。でも、逃げられると思わないでください」
俺はじっと彼女を見つめながら、静かに言葉を続けた。
「あなたが今回の事件の首謀者ですよね、お姉さん。いや……二代目『霧裂きヴェイル』」




