89話 魔女の家
神隠しの犯人は、襲った人たちをミルゼア街の地下から白霧の森へ運んでいると踏んで捜査をしていた。
俺は魔物から身を隠す壕が怪しいと考え、長年使用されておらず、騒音被害の報告があった場所へ向かうと、
『うわーーーーー!!!』
子供たちの叫び声が聞え、俺とレオノーラはその場所へと急いで向かった。
建物の角を曲がり、悲鳴が聞えた通路の様子を見ると、地下につながる大きな蓋らしきものが外されており、それに背を向けて一目散に逃げる子供たちの姿が写った。
子供たちは大きなランプをぶら下げており、消すのを忘れて走っていく。
「追って話を聞こう」
「分かりましたわ。私に掴まって、茨滑走」
言われた通り、俺がレオノーラの肩に手を置いた瞬間、彼女を中心に茨が広がり、茨が波のように地面を滑り始めた。
「私の魔法でできた茨は、棘をなくすこともできるんですのよ」
「それは、もうただの蔓じゃんか」
「細かいことは良いんですのよ!」
「うわっと!」
レオノーラの自由奔放な性格に合わせ、魔法は勢いよく子供たちを追いかけた。
「何か来る!」
「助けてー」
逃げる子供たちは、後ろを振り向いて俺たちを見ると、さらに早く逃げていく。
「あっ、怖がらせてしまいましたわ」
「ちょっと止まってくれ! 話が聞きたいんだ」
「馬鹿、敵の言うことを聞くな」
「えっ、でも話が聞きたいって」
それでもすぐに追いつき、止まるように叫ぶと、逃げていたうちの一人が止まってくれた。
それを機に、他の子供たちも足を止める。
「怖がらせてごめん。ほら、俺たちも同じ子供だし、何も持ってないだろ」
俺はレオノーラから離れ、両手を上げながら近づくと、子供たちも少しだけ警戒を解く。
「ほら、こう言ってるよ」
「お前、あいつの手下じゃないのか?」
「あいつ? 俺たちはたった今、君たちの悲鳴が聞えたからここに来たんだ。何があったか教えてくれないか?」
「分かった」
彼らの様子を見るに、やはり何かあったみたいだ。
子供たちの中でも体の大きな子が前に出て、事情を説明してくれる。
「最近は危ないから外へ出るなって言われてて、あそこの地下を見つけて秘密基地にしてたんだ。そしたら、こいつが通路を見つけて」
「壁がベコッってなって、道が出てきたの!」
「今日はそこを冒険しようと思って、しばらく線に沿って進んで行ったら、森に出た」
「森ってまさか、外につながってたのか?」
「そうだよ! そこにね、家があったの」
どうやら、彼らは地下で通路を見つけ、白霧の森へ出たようだ。
「家?」
「すぐに魔女の家だと思って、俺たちは逃げようとしたんだけど、ヒュウが……俺たちの友達の一人が中を見ようって言い出したんだ」
「魔女の家ですの?」
「街のみんなが言うんだ。白霧の森には魔女がいるって。悪い子は魔女が捕まえて、食べられちゃうんだってさ」
「それでどうなったんだ?」
「ヒュウが魔女の家に近づいた瞬間、魔女の家から仮面をつけた大きな怪物が現れて、俺たちは逃げてきたんだ!」
「そのヒュウって子は?」
「途中まで一緒だったけど、通路ではぐれちゃった」
子供のうちの一人がしょんぼりとした声で話す。
「途中で気づいたんだけど、戻れなくて」
「分かった。君たちは今すぐに兵士の誰かにこのことを伝えるんだ。ヒュウは助けるからな」
「私たちに任せなさい!」
俺とレオノーラは子供たちにヒュウを助けることを約束し、兵士への連絡を頼んだ。
「危ないよ!」
「大丈夫、こう見えて俺たちは魔法使いだから。行こう、レオノーラ」
「はい!」
もし、ヒュウが一人なら、一刻も早く助けに行かなければ危ない。
兵士を待つわけにもいかないし、俺たちが行くしかない。
すぐに、俺たちは地下へつながる蓋を目指して走り出した。
*****
「かなり暗いですわね」
「霧石があって良かったな」
地下へ降りると、そこには暗闇が広がっていた。
子供たちもランプを持っていたが、光がなければ何も見えず、この空間ではまともに動くことすらできないだろう。
俺たちは霧石を手に持ち、灯りをつけた。
「これが言っていた通路かな」
「おそらくそうですわね」
魔物から身を隠すための壕は四角く設計され、相当な人数が避難できる作りになっていた。
だが、不自然にも壁の一部に大きな通路の入り口があり、その奥がどこまで続いているのか分からない。
子供たちはよくこんな不気味な道を良く進もうと思ったものだ。
「俺はてっきり、ひと月前に通路を掘ったのかと思ってたけど、これは随分前に作られたものだぞ」
「これだけの大きさのものを、短期間で作れるはずありませんものね」
壁には無数の傷跡が刻まれ、所々崩れかけている。
通路は大人が横に並んで歩けるほど広く、所々で曲がりくねっている。まるで迷路のような造りだ。
もし方向を見失えば、迷子になる危険もあるだろう。
「あの子たちはどうやって森まで進んだんでしょう?」
「確か、“線に沿って”って言ってたから」
俺は霧石を地面に向け、子供たちの言葉を確かめるように灯りを落とした。
「……これは」
地面には、細長い跡が続いていた。ただの足跡ではない。
まるで何かを引きずったような、深く不規則な痕跡がある。
「……人を引きずった跡?」
「クラウの話が益々、真実味を帯びてきましたわね」
「先を急ごう」
俺たちは緊張しながら、無言でその後を辿って歩く。
「ヒュウが捕まってなかったとして、この通路のどこかに居るなら分かりませんわ」
しばらく進んだところで、レオノーラがつぶやく。
「そうしたら、兵士に人海戦術で探してもらおう。まずは、捕まっていることを前提に森に行くのが先だ」
「分かりましたわ」
本当は道中で見つけられるのが一番だが、この入り乱れた通路で迷子になっていたら、助けようがない。
道から外れて俺たちが迷子になったら本末転倒だ。
「あれが外へつながる梯子か」
「いませんでしたわ」
結局、道中でヒュウを見つけることはできなかった。
*****
「ほら、手を」
「ありがとう」
地上に出ると、目の前には四角い小さな建物が佇んでいた。
「あの子たちが言ってたように、小屋があるな。これが……魔女の家か」
「なんだか気味が悪いですわ」
周囲は木々に囲まれ、白霧の森の中とはいえ、特に奇妙な点はない。むしろ、あまりに普通すぎる。
それが逆に、建物の薄気味さを際立たせている。
「窓はないし、扉は一つだけだ」
「中に入ってみます?」
俺たちが建物の様子を確認し、どうするか相談していると、不意に森の奥から足音が響いた。
「やっと戻ってこれた! ……あれ、お前ら誰だ?」
突然、少年が飛び出してきた。
「もしかして、君がヒュウか? 俺はクラウ。俺たちは君の友達から話を聞いて、君を助けに来たんだ」
「私はレオノーラですわ」
「そうだぞ! 良かった、あいつらは無事に逃げ切ったのか!」
ヒュウは思ったよりも元気そうで、息を切らしながらも友達の安否を気にかけていた。
「大丈夫か? 何者かに捕まったんじゃないのか?」
「へっ、確かに逃げてる途中で転んで、あいつに捕まっちまったさ。でも、梯子を上ってる最中に暴れて仮面を外してやったんだ。そしたら、あいつが突然暴れ出してさ、その隙に森に逃げ込んだのさ!」
ヒュウは胸を張り、自信満々に語る。しかし、その場にいたら肝を冷やすような危険な状況だったはずだ。
「なんですぐに戻らなかったんですの? みんな心配していましたわ」
「それが、迷子になっちまった。やっと戻ってこれたんだ」
「迷子? そんなに森の奥まで逃げたのか?」
「いーや、そんなつもりはなかったんだけど、気づいたら木しか見えなくなってた」
今は霧がかかっているわけでもない。
わき目も振らず逃げたとしても、この場所を見失うことがあるだろうか?
まっすぐ帰ってくれば迷子になるはずは……っ!
この瞬間、“白霧の森で迷子が増えている”という報告を思い出した。
「ちょっと試したいんだけど良いか?」
「何をですの?」
「レオノーラ、俺の体を軽く魔法で縛ってくれないか?」
「茨縛り」
「すげえ! 魔法だ」
俺は茨を体に巻き付けた状態で、森の中を進んでいった。
そして、そのまま後ろを振り返る。
「やっぱりな!」
予想通りの結果を得られたことに満足した俺は、体から伸びる茨を目印に真っ直ぐ来た道を戻る。
「どこに行ってたんですの? 突然、見えなくなって心配しましたわ」
「クラウが一瞬で消えたぞ!」
小屋のある開けた場所に戻ると、残された二人は驚いた様子だった。
「そんなに離れていないよ。おそらくだけど、この周辺には認識阻害の魔法がかかってる」
「本当ですの?」
「にんしきそがい?」
「ああ。あの距離なら普通は小屋と二人の姿が見えるはずなのに、森が広がっているようにしか見えなかった。それで、茨を伝って戻ったら、二人と小屋が見えるようになったんだ」
「そういえば、俺がここに戻ってきた時も、いきなり二人が現れたように見えてびっくりしたぜ!」
どこまで認識阻害がかかっているのかは分からないが、ミルゼアの街からこの小屋を見つけるのは相当難しいだろう。
「謎が解けたところで、すぐに地下を通って街へ戻ろう」
「小屋の中には入りませんの? 他にも捕まっている人が」
「俺以外にも捕まってる人がいるのか? なら」
「いや、駄目だ。優先事項はヒュウを街へ届けることだ。相手の人数も戦力も分からないのに、うかつに手を出すのは危険すぎる」
ヒュウを守りながら戦う余裕はない。
何より、あの建物からは危険だと勘が告げている。
こういう時の勘は大切にしろというのがルインスからの教えだ。
「分かりましたわ」
「えー」
「ヒュウ、友達が心配してるぞ」
「分かったよ」
俺たちは小屋から離れ、地下へ通じる穴へ戻る。
しかし、俺は認識阻害の謎が解けた興奮で、ある重大な事実を忘れていた。
ヒュウを逃がしたあの仮面の怪物が、すぐ近くにいるということを——。
パタッ
穴の蓋を開けようとしたその瞬間、小屋の扉が軋みながら開き、仮面の怪物が姿を現した。
「まずいぞ」
今度は俺たちが、追われる側だ。




