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86話 夜中の対話

「裸……なんだよなぁ」

「えっ? 何がですか?」


 俺のつぶやきにリオネルが不思議そうな顔をする。


「いや、独り言だから気にしなくて良いよ。おやすみ」

「はい。おやすみなさい」


 今日はずっと気を張っていたせいか、リオネルは布団に入るとすぐに寝息を立てた。

 静かになった部屋の中で、俺は自分の推理を改めて振り返る。


(武器が魔法で透明にならないなら、服も透明にならないはずだ。つまり、犯人は裸ってことになる?)


 襲撃犯は全裸で襲っているというのは、あの場で言うのは避けた。

 それに、この推理は状況的に可能性が高いものを選択して継ぎ合わせただけのものなので、全く違う結果かもしれない。


 裸の件はさておき、この推理には大きな欠点がある。

 それは、50年前の霧裂きヴェイルは仮面とマントを着けていたという目撃証言があることだ。

 今日の話で、犯人は『爪を刃にする魔法』と『透明化の魔法』を使っていることは確信した。


(なら、あの濃い霧の中で、どうやって女性を見分けている?)


 俺はその仮面に何かしらの細工があり、霧の中でも性別を判断できると考えている。

 だが、そうなると仮面は透明にならないはずで、そこに矛盾が生じる。


(犯人はさらに霧の中でも女性を見分けるための魔法を使っているのか?)


 全く系統の違う魔法を使える人間がいてもおかしくはないが、少なくとも50年前の犯人は『透明化の魔法』を使えていなかった。


(じゃあ、霧裂きヴェイルとは無関係の別人か、複数人の協力者がいる可能性が高い……?)


 考えれば考えるほど、沼に沈むような気分になり、犯人像が遠ざかる。


(結局、犯人を捕まえなければ答えは出ないか……)


 一度結論を出し、俺も眠ろうと思ったその瞬間、ガチャッと扉が開いた。


「おや、起こしてしまいましたか?」

「いえ、寝付けなくて、起きていました」

「そうですか。何か考え事でもされていたのですか?」


 どこかへ出かけていたシルヴァさんが部屋に戻ってきた。

 そのまま隣のベッドに腰掛け、灯りを置くと、俺に尋ねる。


「はい。事件の犯人について考えていて……」


 あの場にいなかったシルヴァさんに、もう一度俺の推理を話してみた。

 こういう時は、誰かに相談した方が頭もすっきりするだろう。


「フフ……なるほど。おっしゃる通り、捕まえるまでは何とも言えませんな。」

「なんだかモヤモヤしていて。シルヴァさんは、犯人についてどう思いますか?」

「……」


 シルヴァさんはしばし沈黙し、ゆっくりと口を開いた。


「私もクラウ様のおっしゃる通り、二つ以上の魔法を使っていることには同意いたします。それに、透明化できないという発想は、実に興味深いですな。犯人にとって、刃物が見えてしまうのは明らかに不利益。クラウ様の推理には、確かに筋が通っています。」


 シルヴァさんは微笑みながら、俺の考えを肯定する。


「ですが、たとえ刃物が周囲に見えてしまったとしても、犯人が50年前の犯行を再現しようとしていたのだとしたらどうでしょう」

「どういうことですか?」

「つまり、人々の恐怖心を引き出すことこそが犯人の狙いだったということです」

「えっ……なんでそんなことを」

「植え付けられた恐怖心というのは人の思考を縛るのに都合がいいと言えば分かりませんか?」


 シルヴァさんの言葉は盲点だった。

 そして、“思考を縛る”という言葉には覚えがある。


 ――まさか……!


 その瞬間、沈んでいた思考が、一気に浮上する感覚に襲われた。


「分かったぞ! 犯人は50年前の犯行を再現することで、この街の市民を騙した。そして、市民たちが『霧裂きヴェイル』に気を取られ、恐怖に囚われている間に、犯人は“本当の目的”を果たそうとしているんだ!」


 俺はルインスから、相手の思考を縛り、騙すことで、先手を取るということを学んできた。

 犯人はそれをこの街の規模で、しかも50年前の事件を利用して実行している。


「だからこそ、犯人は爪を刃に変える魔法を使ったのか……」

「恐怖に囚われると、目の前の脅威にばかり気を取られます。すると、本当に見るべきものが見えなくなる」

「でも、だとしたら、本当の目的って一体?」


 またこの感覚だ。


「あと少しで閃きそうなのに、何かが引っかかる……」


 思わず、声に出た。


「そういう時こそ、先入観を捨てることが大切です。思い込みに囚われていると、本当に大事なものを見落とすものですから」

「シルヴァさん……何か気づいているんですか?」

「……いいえ。さて、明日も早い。そろそろ灯りを消しましょう」


 シルヴァさんはゆっくり首を振った後、灯りに手を伸ばす。

 言われてみれば、かなり長い間話していた。


「あの、最後に前から聞きたいことがあったんですけど、なんでシルヴァさんは騎士団に入ったんですか?」


 俺が尋ねると、シルヴァさんは伸ばしかけた手を止め、ゆっくり俺の方を向く。


「その話は少しだけ長くなりますが、よろしいですか?」

「はい」

「私がデスターの手下だったということは、すでにご存じかと思います」

「前に聞きました」

「私の役目は、“神の子”の護衛でした」


 “神の子”——。その言葉に、思わず喉が鳴る。


「その神の子っていうのは?」

「それがダリウスです」

「ダリウスさんってルインスの……。どんな方でした?」

「そうですね。彼は、人々の希望になり得る人物でした」


 シルヴァさんの声は、わずかに遠くを見ているような響きだった。


「……ただ、彼の言葉は多くの者には届かなかった」

「どういうことですか?」

「明日生きることすらやっとな人々に未来を語っても届かないのです。もし彼が生まれるのがもう少し遅ければ、彼は光となっていたことでしょう」


 そう言って、シルヴァさんは寂しげな笑みを見せた。


「話を元に戻しましょう。私が騎士団に入隊した理由は、フリード様の庇護を求めるためでした。デスターはダリウスを利用しようと画策しており、それを知った私は、密かに機会をうかがいながら策を練っておりました。そして、デスターが瀕死の重傷を負ったその隙を突き、ダリウスを連れてフリード様のもとへと逃れたのです」

「それ以来、ずっと騎士団に身を置いているんですね」

「ええ。私どもを受け入れてくださったご恩に報いるためという理由もございますが、気がつけば、この場がすっかり居心地のよいものとなっておりました」


 そういう経緯でフロスト騎士団に入ったのか。

 シルヴァさんと面と向かって話す機会がなかったから、知ることができて良かった。


「ダリウスさんは騎士団には加わらなかったんですね」

「ええ、彼は自らの道を歩むことを選びましたので。時折連絡を取り合ってはおりましたが、ルインスが私のもとに訪れた際には、非常に驚かされました。ダリウスは父親という存在に深い憧憬を抱いておりましたから、最後の時もきっと、彼なりに幸せだったことでしょう」

「そうですね。……あれ、ダリウスさんの父親は一体誰なんですか?」

「デスターの息子だと教えられていましたが、本当に血縁関係があるのかは定かではありません」


 ネフェリウスと名乗る法衣の男には、謎が多すぎる。


「そろそろ、灯りを消しましょう」

「はい。おやすみなさい」

「おやすみなさいませ」


 シルヴァさんと話したおかげで、心が落ち着き、すんなり眠りにつくことができた。


次回、色々と動きがあるかもしれません。


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