9話 守りたいもの
相変わらず順調に屋台商売を行っているわけだが、最近問題が増えた。
「おい、氷屋。オレと戦えよ」
「忙しいし嫌だよ。俺はただの商人だぞ。注文は?」
「普通の商人がこんな魔法を使えるかよ。命の実のかき氷」
前にサターシャ先生が連れてきたうちの一人、ラフィという部下が、毎日閉店間際にやってきては俺と模擬戦をやろうと突っかかってくるのだ。
最初のうちは丁寧に対応していたが、聞いてみたら年齢も俺と同い年とのことだったので、素で対応することにした。
戦いを誘ってくるものの注文も一緒にしていくので、上客ではあるからまあいいやと思っている。
だが、今日はいつもと違っていた。
いつもなら断って、注文を受けてかき氷を渡して終わりなのだが、閉店時間まで居座って俺を待っているようだった。
サターシャ先生の部下と聞いていたが、思ったよりも暇なのか?
「氷屋。ちょっとついてきてほしいところがあるんだ」
「模擬戦とかだったらやらないぞ」
「違う、それはもういいよ。戦う気がないのは分かったからな。ただ、かき氷を食わしてやりたい奴らがいるんだ」
「ああ、そういうことならいいぞ」
出張サービスってことか。戦わないなら全然問題ない。
かき氷を食べさせたいって思ってくれることがうれしかったので、俺は了承した。
かき氷はこの場所じゃないとすぐに溶けてしまうため、持ち運びには向いていない。
何かしら問題があってここに来られない人もいるはずなので、そういう人にも食べてもらいたいと前から思ってはいたのだ。
「本当か! 氷屋、お前良い奴だな」
ラフィの顔には、花が一気に咲き誇るような笑顔が広がった。
「なんだ? じっと見て」
「あーいや、ただ……お前が誰かに食べさせたいなんて考える奴だと思わなくて少し意外だと思って」
「はー!? お前やっぱツラ貸せや」
こうして、俺はラフィについていくことが決まった。
閉店作業を終えた俺は、アミルに「また明日」とお別れをし、かき氷機と氷の型、それからレモレと命の実のソースの入った瓶を持ち、待たせていたラフィと合流した。
両手いっぱいになったので、ラフィにソースの瓶は持ってもらった。
「氷屋はなんでそんな魔法が扱えるのに戦わないんだ?」
「向いてないんだよ、性格的に。俺は人を傷つける勇気がないんだ」
「はっ、なんだそりゃ。人間も魔物も動物も敵は全部変わんねぇだろ」
案内されて歩く道中、ラフィと会話をしてみたが、経験してきた環境があまりにも違いすぎると感じた。
まだ俺と同じ年の子供だというのにどんな経験をしてきたのだろう。
「ラフィはどうして戦うんだ?」
「そりゃ、生きるためだ」
ラフィは淡々と答えたが、その声には重い覚悟のようなものが感じられた。
「それに、戦わなきゃ守りたいもんも守れねぇ」
ラフィの言葉は俺の胸に重くのしかかった。
戦いたくないというのは俺の自分勝手な考えなのか……。
「氷屋には守りたいものはないのか?」
ラフィが少しだけ振り返り、俺を見つめた。
「守りたいもの……家族とか、友達とかは守りたいよ。ただ、どうしても戦わないで済むならそれが良いと思ってしまうんだ」
「ふん、優しいというか甘い奴だな。だけど、優しさだけじゃ守れねぇこともある」
「それでも」とラフィは少し苦笑いを浮かべながら続けた。
「お前の作ったかき氷は間違いなく人を喜ばせてる。要は役割の問題だろ? 戦うのはオレみたいなのがやれば良い。お前は商売で人を喜ばせれば良いんだよ」
「……ありがとな、ラフィ。お前のおかげで少し自信がついた気がする」
「気にすんな。さっ、早く行こうぜ」
ラフィは照れくさそうにそう言うと、前を向いて少し足を早めた。
*****
「この家だ」
ラフィが指さした家は、小さくボロボロな作りの一軒家だった。
「よう、帰ったぜ」
そういってラフィがドアを開けると
『おかえりラフィねぇ―』
小さな子供たちが中から出てきた。
「あの子は誰?」
その中の一人が俺を指さしてそう言うと、
「おい氷屋、何してんだ?」
ラフィからそう叱責された。
いきなり子供が現れて戸惑っていたがって…待てよ。
「ラフィ姉!? ってことはお前男じゃなかったの?」
「あ? なんだ、お前喧嘩売ってんのか?」
『うってんのかー』
「本当にごめんなさい」
「ま、いいぜ。よく間違われるからよ。それより中入れよ」
本当に男じゃないの? 髪が長い男子なんて結構いるし、話し方も男みたいな感じだったから分からなかった。
驚きのあまり心の声が漏れてしまった。
さすがに失礼なことをしてしまったが、これは分かる訳ないだろと声を大にして言いたい。
そんなひと悶着もありつつ、家の中に入ると、
『おかえり』
「おかえりなさい、ラフィ。それと、どちら様でしょうか?」
「あ、どうも屋台で商売をやっているクラウです」
「シータ姉、オレが呼んだんだ」
シータ姉と呼ばれる人物はラフィよりも年上で、見たところ10歳以上ってところか。
年齢の割にしっかりしているなというのが印象的だ。
「そうなんですね。夕飯できてるので、一緒に食べていきますか?」
「いやー……」
「遠慮すんじゃねえ。食べていけよ」
家でエリーラ母さんが晩御飯を作っていると思うが、せっかくなのでご相伴にあずかることにした。エリーラ母さんのご飯もおいしく頂けばいいだけの話だ。
後のことは任せたぞ、俺の胃袋よ。
この世界に来て初めて食事に誘ってもらったのが嬉しかったのだ。
俺たちは食事をしながら自己紹介を行った。
ラフィの家は現在7人おり、年長組のシータ、カイ、メリア、ラフィと年下組のビン、サーラ、アイシャに分かれているようだ。
全員血はつながっていないが、兄弟のような存在らしい。
でも、なんでラフィが俺を連れてきたのか分かった。さすがに小さい子たちを連れてこの人数で屋台のほうへ来るのは、人込みで迷子になるかもしれないし危険だ。
「クラウ君は僕らより年下なのに、もう自分で商売をしているなんてすごいね」
「私たちも働きたいけど雇ってもらうのは難しくてー」
「まだ子供だから日雇いくらいしか任せてもらえないんですよね」
どうやら、年齢的に年長組のシータたちは働きたくても安定した働き口が見つからないらしい。
毎日、仕事をもらおうと街を歩き回っているとのことだ。
「だから、言ってんだろ。シータ姉たちは無理して働かなくても、オレが稼げばいいんだから」
この家の家計を支えているのは騎士団見習いとして働いているラフィだけだそうだ。
中央の軍と同じように、騎士団も魔法使いに関しては年齢制限がなく募集しており、一定の年齢になるまでは見習いとして所属することになる。
話を聞いていた俺は名案を思い付いた。
「そういうことなら、俺のところで働かないか? 実は最近人手が欲しいな思っていたところなんだよ」
「え!? いいんですか?」
「でもその話をする前に、一回かき氷を食べてもらってからにしようか」
食事が終わった後、近くの井戸で氷の型に水を入れ、みんなの前で魔法によって凍らせて見せた。
「すごい! こんな魔法初めて見たー」
「うわぁ、夏なのにこおりできてるー」
子供たちからもいいリアクションがもらえた。
こういう魔法の使い方が一番俺の中でしっくりくる。
適度な硬さに固めてから取り出して、かき氷機に氷をセットした。
「こうやって、このハンドルを回すんだ」
キラキラした目で見つめられたら、かき氷機を回す役目は任せるしかないよね。
小さい子たちから順番に氷を作っては回してを繰り返し、全員分のかき氷を作った。
それぞれ気になる味を選んでもらい、ソースをかけたら完成だ。
「かき氷ってきれいなんですね」
「見た目だけじゃなく味もうまいんだぜ」
ラフィはなぜか自分が作ったかのようにかき氷をシータに自慢している。
「おいしー」
「なにこれ。こんな甘いもの初めて食べたわ」
味も気に入ってくれたみたいで何よりだ。
ラフィからついてこいと言われたときはちょっと面倒くさいなと思ったが、これだけ喜んでもらえたなら来てよかった。
色んな人にかき氷の味を楽しんでもらえるのはなんだろ…やっぱうれしいな。
「クラウおにいちゃんないてるの?」
「いや、ちょっと目に砂がはいっただけだよ。それよりかき氷はおいしい?」
「うん、すごくあまくておいしい」
「それはよかった」
やべ、ちょっと感慨深くなって涙が出てしまった。
年下組のサーラに見られてしまったようで、慌ててごまかした。
「そうだ、それで俺の屋台で働くってことなんだけど、どうかな?」
「ぜひ、働かせてください」
全員が食べ終わったころを見計らって、俺が話を切り出すとシータははっきりとそういった。
正直、労働力が欲しいと思っていたので、シータたちを雇えるのは俺にとっても悪いことじゃなくむしろプラスだ。稼ぎも十分、人を雇えるくらいにはある。
話し合いの結果、年下組の面倒もあるため、年長組の3人のうち2人ずつローテーションで働くことになった。
「給料は一日一人当たり銀貨1枚でいいかな?」
「え!? そんなに頂いちゃって大丈夫なんですか?」
「その代わり忙しいと思うから、覚悟しておいてね」
「はい! ありがとうございます」
そのあとは仕事の詳細をシータ、カイ、メリアの3人に話して、明日から働けるとのことだったので、開店時間と場所を伝えた。
年長組はしっかりしているし、即戦力になってくれるだろう。
外を見ると日がすでに落ちかけており、俺が慌てて帰る準備をすると
「途中まで送ってく」
ラフィがそう言って、俺を見送ってくれることになった。
「オレたちが子供だけなの、気になっただろ」
「あー、少しな」
歩きながらラフィが話を切り出してきた。
「もともとオレたちは他の国の生まれだ。その国も戦争で負けて滅んじまったが、な。それで子供だったオレたちは戦災孤児になって奴隷にされそうになったんだ。その時、何とか逃げ出して、ここんとこの騎士団に助けてもらった」
「じゃあ、ラフィが守りたいものって」
「ああ、オレも家族を守りたい。だからオレは戦うんだ」
俺は何も言うことができなかった。
彼女がこの年でどんな決意を胸に秘めているのか、俺の薄っぺらな言葉なんて言えるはずがなかった。
「なんてな。なんでオレはこんなこと話してんだろう。これ、かき氷代」
ラフィがかき氷代の入った小袋を渡そうとしてきたので、
「いや、お代はいらないよ。夕飯のお礼だと思ってくれ」
俺はお代を受け取るのを断った。
「そうかよ。その、なんだ……いろいろありがとな」
「こっちこそ楽しかったよ。ありがとう」
こうして、俺たちは別れ、それぞれの道に帰っていった。
帰って家の扉を開いた俺を待っていたのは鬼の形相をしたエリーラ母さんだった。
なんでこうなるの?