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85話 犯人像と推理

 教会で事情聴取を終え、辺りも暗くなり始めていたので、俺たちは宿に戻ることにした。


「あれはミャリア先輩とお兄様ではありませんの?」

「本当だ。おーい!」

 

 その帰り道、ミャリアさんとリオネルの姿を見かけた。

 俺が手を振って呼びかけると、二人もこちらに気づいたようだ。


「二人とも無事でよかったニャ」

「そうですね」

「何かありましたの?」

「宿に帰ってから話すニャ」


 何かがあったのだろう。やる気に満ち溢れていたはずのミャリアさんとリオネルはどこか元気がない様子だった。

 宿に着いたらじっくり聞かせてもらおう。


「クラウ殿これをどうぞ」

「レオノーラの方は私が選んだニャ」


 そう言って、渡されたのはきれいな結晶の付いたペンダントだった。

 ミャリアさんとリオネルも同じように結晶の付いた飾りを身に着けている。


「これはなん……うおっ」

「光ってますわ! 魔素が吸われている?」

「レオノーラはリオネルと同じ反応してるニャ!」

「いやいや、自分はこんな感じじゃありませんよ!」

「恥ずかしがらなくていいニャ」


 結晶に触れると、魔素が吸われ、ピカッとまばゆく光り始めた。


「これが霧石か」

「正解です。これがあると霧の中でもかなり視界が広がりますよ」

「これは助かるよ。ありがとう」

「買ったのは自分じゃなくて、ミャリア先輩です」

「ミャリアさん、ありがとうございます」

「ありがとうございますわ」

「これくらい大したことじゃないニャ。それにしても、自分で発光させられるのは羨ましいニャ」


 ミャリアさんは羨ましそうに光を見つめる。

 確かに、勝手に魔素を吸われるのは不便だが、霧石は魔法使いならいつでも光源になる。

 ゼノンさんも魔道具に変えていたみたいだし、俺もここで霧石を買っておいて、中央で魔道具にしようかな。

 ミルゼアから出るまでにやることが一つ増えた。


「でも、明るさに違いがありますわね」

「本当だ」


 よく見ると俺とレオノーラの霧石の明るさは少し異なっており、俺の方が少しだけ明るい。


「もしかして、光の強さは魔素の量に影響されるのでは?」

「あっ、本当だ。意識的に魔素を注いだら、もっと明るくなったぞ」


 なるほど。無意識に注がれる光の強さは魔法使いの魔素量に依存し、意識的に調整することもできるのか。

  襲撃事件の後、自分の魔素量が増えている実感はあったが、今の俺は元貴族であるレオノーラとほぼ同じくらいの魔素を持っているようだ。


  本来なら魔素量を測定する手段があれば便利なのだが、俺は一度も経験したことがないし、今のところ魔素量に対しての興味はあまりない。

 魔素量が1の者と100の者では、100の方が有利なのは間違いないし、魔素量が多ければ、魔法の規模が変わるというのは、自分で実証済みだ。


 だが、それは生まれ持っての才能で、その差を覆すことは難しい。だからこそ、貴族は優秀な血を残すために優秀な魔法使い同士で結婚する。

 とはいえ、魔素量の多さがそのまま強さに直結しないことは、俺自身よく知っている。

 自分が扱える魔素量は自分で把握できるし、それが分かれば十分だ。


 もしかすると、情報統制が厳しいこの国では、公にされていないだけで、魔素量を測る方法はすでに確立されている可能性もある。

 実際、霧石を応用すれば測定する手段になり得るだろう。

 ただ公にされていないということは、それだけ魔法に関する情報が重要ということだし、俺でも想像できることならすでに誰かが手を付けているだろうとは思っている。

 誰が敵になるか分からないこの世の中で、自分の武器になる情報を軽々しく晒したいと思う者はそういないということだ。

 二つ名や名声といった敢えて表に出す情報はまた別の話だ。


 こんな思考を巡らせていると、あっという間に宿に着いた。




 *****




「それでは、捜査を始めて初日で襲撃されたんですの!?」

「でも、逃がしちゃったニャ」

「すみません」

「運が良いのか悪いのか分からないけど、無事で良かった!」

「その通りですな。目撃者がいなかった中で、犯人の姿を捉えられただけでも十分。二人とも課題を見つけたようですし、切り替えて、次に繋げなさい」

『はい』


 宿の一室で、シルヴァさんとラフィを交えて俺たちは今日の報告をした。

 ミャリアさんとリオネルは犯人を逃がしてしまったことで落ち込んでいるが、生きて相手の情報まで得られたのだから十分な成果だ。


「……私も一緒に行きたい」


 薬を飲んで少しは症状が落ち着いたらしいラフィは、ベッドで体を起こしてつぶやく。

 みんなが動いているのに、自分だけ休んでいることに焦っているのだろう。

 あるいは、自分のせいで足止めを食らい、トラブルを招いたと思っているのかもしれない。


「まだ治ったわけじゃないんだから、安静にしなきゃダメニャ。悪化したらもっと大変になるわよ」

「……」

「ラフィが治ったら白霧の森に行こうって、クラウとも話してましたの。だから、今は休んで治すのを優先した方が良いんじゃありませんの?」

「……うん、分かった」

「その気持ちがあるなら、回復も早そうですな」


 口では面倒くさがったり、不満を言ったりするが、ラフィの根は真面目だ。

 悔いを残すことなくこの街を出るためにも、出来る限りこの事件の解決に貢献しよう。


「あっ、そうだ。シルヴァとラフィにも霧石を買ってきたニャ」

「おや、わざわざありがとうございます」

「ラフィのはアタシが選んだニャ」

「ありがと」


 そう言って、ミャリアさんがラフィに霧石のアクセサリーを渡した瞬間、


「うわっ!」

「なんですの!?」

「まぶしいニャ!」


 ラフィの手から強烈な光が溢れ出した。


「あっ」


 青白い閃光の中、ラフィの驚く声が聞こえる。

 そして、ピキッと何かが砕けるような音がした瞬間、その光は収まった。


「……ごめん」


 突然の事態に部屋の中は静まり返り、ラフィが申し訳なさそうに謝る。


「き、気にしなくて良いニャ! こういうこともあるニャ。また買えばいいのニャ」


 ミャリアさんは落ち込むラフィを励ます。

 どうやら、ラフィの魔素量に耐え切れず、霧石の方が砕けてしまったみたいだ。


「す、すごいですわ!」

「ええっ……」


 これにはレオノーラもリオネルも驚愕し、顔を引きつらせる。


「ッ! 誰ですか!?」


 突然、シルヴァさんが声を張り上げ、鋭い針を床へ投げた。


「……」

「どうしたんですか?」


 シルヴァさんは静かに、床に刺さった針の先を見つめる。


「いえ、ネズミがいたようです。驚かせて申し訳ございません」


 そう言いながら、床に倒れたネズミを拾い上げる。その手つきが、どこか慎重すぎる気がした。


「処分して参りますので、どうぞお話を続けてください」


 シルヴァさんはネズミを手に、静かに部屋を出て行く。


「ここってネズミが出るの? 最悪ニャ。みんな寝るときは気を付けるニャ」

「気づきませんでしたわ」


 先ほどのラフィの発光のことは忘れ、またいつもの空気に戻った。


「そう言えば、ミャリアさんに聞きたいことがあって、襲われた時の状況を詳しく教えて欲しいんですが、襲撃してきた人は一人でしたか? ゼノンさんは複数犯の線で捜査してるって言ってましたけど」

「アタシが見た襲撃者は一人でした。でも、もしかすると離れた場所に誰かいたのかもしれませんニャ。相手は透明で足音も息遣いも聞こえなくて、アタシでも気づけないほどでした。魔法を使ってるのは間違いないです」


 音を立てず、姿も見えない襲撃者か。

 ミャリアさんでも気配を感じられなかったが、遠くから襲撃者をサポートしていたということも考えられるってことだな。


「そんな相手の襲撃をどうやって躱したんですか?」

「たまたま横を向いたら、視界の端に刃物が写って、咄嗟に体が動いてたニャ」

「えっ、刃物は見えたんですか?」

「あれ? 言われてみれば、おかしいニャ。でも、刃物は透明じゃなくて、はっきりと見えました。突然、爪が5本の短い刃物になって、空中に浮いてるみたいだったニャ」

「自分も見てましたけど、刃物になった瞬間は姿が現れて、刃物が短くなった瞬間に透明になりました」

「それが襲撃者の魔法ってことか。じゃあ、やっぱり魔法使いの協力者が別にいたのか?」


 話を聞く限り、襲撃者の爪を刃物に変える魔法ってところだろう。


「クラウ殿はどうしてそう思うんですか?」

「襲撃者にとって、刃物が見えるのはデメリットしかないんだ。実際、ミャリアさんはそれで襲撃を避けることができた。でも、『刃物になった瞬間に姿が現れた』ってことは、“魔法は透明化できない”という制約があるのかもしれない。他に考えられるのは、“体しか透明化できない”せいで、武器までは透明にならなかった可能性だな……」


 そこで、俺は結論を出す。


「でも、襲撃者が逃げるときに武器も消えたんなら、やっぱり武器そのものが魔法だったって考えるのが自然だ」

「なるほど」


 透明化の魔法に『“魔法は透明化できない”+“体しか透明化できない”』という制約があった場合、襲撃者の刃物だけ見えたり見えなかったりした理由に説明がつく。

 つまり、襲撃者は少なくとも二種類の魔法を使っていたことになる。


「実は武器も透明化も一つの魔法って可能性もあるけど、それはないと思う。あまりにも系統がかけ離れているし、一つの魔法だとしたら、武器だけ透明化できない理由が分からない」

「それでは、やはり複数犯なのでしょうか」

「その可能性は高いけど、まだ分からないな。ただ、今のところの俺の考えとしては、今回の襲撃者は『霧裂きヴェイル』本人か、その身内だと思うんだ。

 被害女性の特徴的な傷跡から、50年前の犯人と同じ魔法を使っていて、犯行の手口まで似ているっていうのはもちろんなんだけど、警戒態勢が敷かれている中で、ミャリアさんとリオネルが初日で襲われたっていうのは、それだけ犯人が襲撃に慣れている証拠だ。

 そして、この街の情報にも長けている。いくら魔法があるからと言って、これだけの襲撃を一朝一夕で模倣できるとは思えない。今分かるのはこれくらいかな」


 今までの情報で、ある程度は襲撃者の像が浮かんできたが、まだまだ分からないことだらけだ。


「ただいま戻りました」


 俺が今のところの推理を話したところで、シルヴァさんが戻ってきた。


「明日から自分たちはどうしましょうか? もう一度自分たちが狙われる可能性は低い気がしますけど」

「確かにそうニャ。霧で見えないとはいえ、私たちの顔は相手にバレてるニャ」


 得られた情報は大きいが、今回の襲撃の失敗で相手は慎重になるはずだ。

 特に襲撃犯を撃退したミャリアさんとリオネルがもう一度狙われる確率は低いだろう。


「それなら問題ありません。相手も警戒しているので、今日みたいに狙われるかは分かりませんが、いい案があります。二人とも、明日も同じように行動しなさい」

『はい!』


 シルヴァさんの表情には確信があった。

 どうやら、もうすでに次の手を考えているらしい。


「私たちはどうしますの?」

「明日はもう一つ調べたいことがあるんだ」

「分かりましたわ」


 それぞれの報告が終わり、明日の行動も大方決まった。


「……私も行きたい」


 そのつぶやきも虚しく、ラフィは明日も休養だ。



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