83話 名探偵ミャリア
「ミャリア先輩、犯人は襲ってくるでしょうか?」
ミルゼアの街を歩きながら、リオネルは隣の料理屋に目を奪われているミャリアに声をかけた。
「ふっふっふー。この名探偵ミャリアに任せるニャ!」
リオネルの問いかけにミャリアはひげをピンと伸ばし、自信たっぷりに答える。
「犯人は霧が発生している時間にしか現れないって話でしょ。そして、霧発生時の兵士の巡回ルートはゼノンさんから極秘情報として仕入れている。なら、アタシたちは巡回ルートを外して歩き続ければ、そのうち襲ってくるはずニャ!」
「なるほど、さすがです! あれ? でも、それって結局相手任せでは?」
「いーや、絶対に襲ってくるニャ。犯人は女性だけを狙う変態クソ野郎。そんな奴が、絶世の美人であるアタシを放っておくはずがないニャ!」
「……それは名誉なことなのでしょうか?」
人族であるリオネルにとって、獣人族のミャリアが絶世の美人かどうかを判断するのは難しい。
ミャリアの謎の自信に満ちた発言に、リオネルはぼそっとつぶやくにとどめた。
犯人は獣人の可能性が低く、被害者女性も種族を問わず狙われているため、特定の容姿にこだわっているわけではなさそうだ。
だが、「早くかかってこい」と言わんばかりにファイトポーズを取る先輩に、リオネルはそれを伝えることはできなかった。
それにミャリアの言う通り、現状では狙われやすい場所を歩き、相手が襲ってくるのを待つしかないのも事実だ。
「さて、そうと決まれば、腹ごしらえのついでに情報収集ニャ。おいしい料理を求めて狩人組合に向かうわよ!」
「はい! ……いや、情報収集が優先では?」
*****
「美味いッ! ゼノンさんから聞いておいて正解だったニャー」
「初めて狩人組合に来ましたけど、こんなおいしい料理を出せる酒場が併設されてるなんてすごいですね」
「アブドラハの方は最近になってやっと種類が増えたけど、味付けはまだまだ質素ニャ。あそこの酒場の料理人は時代遅れの頑固オヤジはもっと流行を取り入れるべきなのよ」
「ずいぶん詳しいですね」
「当然ニャ! そして、ここ数年でアブドラハの料理の最先端を争っているのが、クラウ様のお店とマルハバ商会の系列店よ」
「そうなんですか!?」
「ええ。アタシの調べでは、アブドラハの食の発展にはクラウ様が深く関わっている。揚げ物に丼もの、お団子、大福、ドラヤキ……去年は一気に流行のお店が増えて、アブドラハに食宝の時代が訪れたけど、その裏ではクラウ様とマルハバ商会が暗躍しているという噂はアタシたち“食盟会”の間では絶えないの」
「ええっ! クラウ殿が……!?」
「ただし、リオネル。このことは絶対に本人に言ってはいけないのニャ」
「そっ、それはどうしてでしょうか?」
あまりのミャリアの迫力に、リオネルは気圧されながら訪ねる。
「なぜ暗躍をしているのかを考えて御覧なさい。知られてはいけない、もしくは知られたくない何かがあるからか、それとも表に出ることに不都合があるのか……本人たちが表に出てこないってことはそういうことよ。勝手に持ち上げて、表に引っ張り出すようなことをすれば、それはただの迷惑行為。アタシたちは本人の意思を尊重して静かに見守り、崇め、感謝する。それこそが、恩恵を享受する者としての最低限の在り方なのニャ」
「はあ……」
初めて見る先輩の一面に、リオネルは困惑する。
そして、その洞察力を普段から発揮して欲しいと、内心で思った。
「よう、嬢ちゃん。俺たちと食事しないか? そんなガキと一緒じゃつまんねえだろ」
「そうだぜ。俺たち話し上手だからよ。きっと楽しいぜ」
ミャリアとリオネルが食について話していると、突然、狩人らしき虎と狼の獣人の男二人が話しかけてきた。
「とんかつもおいしいけど、やっぱり白身魚のフライが一番おいしいニャ。海人たちも魚の養殖を始めたみたいだし、もっと食べられるようになると嬉しいニャ」
「あの、話しかけられてますよ」
リオネルはそのことを伝えるも、ミャリアはそのまま無視して話を続ける。
「おい、無視すんな!」
「まあまあ、落ち着いてください」
狼の獣人がミャリアに触れようとした瞬間、リオネルが間に入って無言で立ち塞がる。酒場の客たちは何が起こったのかとその様子を見守るが、誰も止める気配はない。
「邪魔すんじゃねぇガキがッ! があっ!」
狼の獣人が力任せにリオネルを押しのけようと顔目掛けて裏拳を放った。その瞬間、リオネルの顔に現れた硬い何かに手がぶつかり、逆に激しい痛みを感じて、獣人は思わず引き下がった。
「てめぇ! よくもっ」
「待て、やめろ。こいつは魔法使いだ」
再び殴りかかろうとした狼の獣人を、仲間の虎の獣人が必死で止める。
「チッ」
リオネルの背後から舌打ちが聞こえる。
「せっかく楽しく食事してたのに、邪魔するなんて許さない。やる気があるなら外に出ろ」
『ひっ、すみませんでした!』
獣人二人組は、ミャリアの殺気に圧倒され、恐れおののいて店を飛び出した。
「せっかくの美味しい料理で気分も良かったのに、台無しニャ」
ミャリアはそう言って座り直し、再び別の料理を頼み始める。
「……」
リオネルも心の中で、食事関係でミャリアを怒らせないよう誓い、静かに座り直す。
周囲のテーブルの客たちも、この一部始終に興味を失ったようで、また各々の話を始める。
「お前さんたち、うちの馬鹿共が悪かったな」
すると、近くのテーブルで様子を見ていた獣人のおじさんが話しかけてきた。
「いえいえ。お騒がせしました」
「ここの料理は美味いけど、狩人の管理もまともにできないのかニャ? 客人に絡んでるようじゃ、底が知れてるニャ」
「なっ、なかなか厳しい意見だな」
「先輩、言いすぎですよ」
ミャリアの苦言に、獣人のおじさんは苦笑いをこぼす。
「いつもなら、ああいう調子に乗った若手を止める腕の良い狩人がいるんだが、最近、顔を出さなくてな。そいつに頼りきりだった俺らも、そろそろ変わらねえとまずいかもしれねえな」
「そんなすごい人がいるんですね」
「ああ。あいつは人族でも、俺たちに分け隔てなく接してくれる気のいいやつだよ」
「顔を出さないって何かあったんでしょうか?」
「まあ、俺たちの仕事は常に命がけ。不測の事態も付きものさ。顔を出さないってことはそういうことだろ。特に、最近は期待の若手もベテランも関係なく、いなくなってるからな」
「白霧の森にはそんなに強い魔物がいるんですか?」
「どうだろうな。昔から深部には強い魔物はいるって聞くが、自分の実力を見誤るような奴らではないし、今噂の“神隠し”にでもあったんじゃねえか?」
「神隠し……ですか」
「おいおい、マジになるなよ。どうせ与太話だろうさ。まったくここひと月で物騒な街になっちまったぜ」
獣人のおじさんはそう言うと、会計を済ませ、建物から出て行った。
「神隠しって言ったら、クラウ殿とレオノーラが……って、食べ過ぎじゃないですか!?」
「ふぉふぃひいふぁ(美味しいニャ)」
リオネルが見たのは、口いっぱいに料理を詰め込んだ先輩の姿だった。
*****
「ふうー、食べすぎたニャ」
「大丈夫なんですか? 今襲われたら動けないんじゃ」
「それは大丈夫。常に最高の動きが出来るように訓練してる……あっちょっとまずいかもしれないニャ」
「だから食べ過ぎないようにって言ったじゃないですか! あれは……」
すでに立場は逆転し、調子に乗りすぎる先輩をたしなめる役割が板についてきたリオネルだが、遠くから白い霧が近づいて来るのを見て立ち止まる。
「やっと霧の時間ニャ」
「そうですね」
今日初めての霧ということもあり、リオネルは息を飲む。
「お二人さん。この街の名物、霧石はいかがですか?」
すると、どこからか女性の声が聞えた。
二人がその声の聞えた方向を見ると、霧石を販売しているお店の店員が声をかけてきたみたいだ。
「ちょうどいいところにあるニャ。ついでに、みんなの分も買っていこうかニャ?」
「そうですね。視界が狭いままでは危ないですし」
霧のせいで視界がぼやけていることをすっかり忘れていた二人は、慌てて霧石を購入するためにお店に近寄った。
「なかなか綺麗ニャ。これとかラフィに似合いそうニャ」
「確かに、ラフィならこれがよく似合いそうですね。でも、この街ではほとんどの人が身に着けてますよね」
店の棚には、指輪、耳飾り、ペンダント、さらにはベルトの飾りまで、霧石を使ったさまざまなアクセサリーが並んでいた。
どれも精巧に作られ、色とりどりの霧石が光を反射して輝いている。
値段はそれなりで、一つあたり銀貨1枚といったところだ。
「うわっ! 光り出した。魔素が吸われてる?」
霧石の正式名称は吸魔光石、その名の通り、リオネルが霧石に振れた途端、魔素を勝手に吸収して強い光を放った。
「離せば自然に光は収まりますので」
「なるほど……あっ、本当だ」
女性の店員は慣れた様子で説明する。
「6点で、合計銀貨6枚と銅貨3枚になりますが、おまけして銀貨6枚にさせていただきますね」
「良いんですかニャ?」
「はい。最近は観光客の方も少なくなっておりまして、皆様には快く楽しんでいただきたいですから」
店員は微笑みながら、手袋をはめて素早く丁寧にアクセサリーを袋に入れる。
「ありがとうございます」
ミャリアとリオネルは、自分が選んだペンダントをその場で身につけ、店を後にする。
*****
「濃くなってきたニャ」
「そうですね。いつ現れてもおかしくありません」
人気のない道を歩いているうちに、二人の視界は霧でほとんど覆われた。
霧石が灯りとなり、何とか4歩先までは見渡せる。
「この状況で襲われるなんて考えたくありませんね」
「うーん、鼻が利きにくいニャ」
霧の水分により、ミャリアの自慢の嗅覚も今は頼りにならない。
「クラウ殿も言っていましたが、この中でどうやって女性かどうかを判断しているのか……」
「それはもちろん……ッ!?」
人の視野が180度に対し、猫の視野は200度と言われている。
ミャリアがリオネルの方に視線を向けた瞬間、その視界の広さで、後ろから伸びる“何か”を視界の端にとらえた。
その一瞬で判断し、リオネルを抱え、大きく避ける。
「何が!?」
「危なかった! 一体誰?」
ミャリアは視線を向けるが、そこには何もない。
「雷猫強化」
すぐに獣気を身にまとい、体から発生する雷の気を前方へ放つ。
「……!?」
「はあああ!」
雷は透明な障害にぶつかり、霧散した。
姿は見えないが、そこには誰かがいる
ミャリアはその何かをめがけて剣を振るう。
すると、何もなかったはずの空間に、5本の短剣のような爪が現れ、ミャリアの攻撃を防ぐ。
「それがお前の武器か!?」
あの爪こそ、ミャリアが視界の端にとらえた“何か”だ。
防戦一方の襲撃者に対し、ミャリアは反撃の機会を与えない鋭い剣技で襲撃者を追い詰める。
「しまった!」
だが、初めての霧の中での戦闘で目算を誤り、ミャリアの振るった剣は甲高い音を立て、建物の壁にぶつかる。
「待て!」
その隙をつき、襲撃者は完全に気配を消し、音を立てずに霧に消えてしまった。
「ミャリア先輩、何も出来ずにすみませんでした」
「気にしないで良いニャ。運よく避けられたけど、警戒していたのに、アタシですら気づかなかった。一度宿に戻るわよ」
「はい」
ミャリアは襲撃者を逃してしまったことに、リオネルは何もできなかったことに悔しさを感じながらも、一度宿に戻ることにした。
「食盟会」はミャリアと仲の良い数人の獣人たちが結成した、食道楽者たちの集まりで、共通の目的はただひとつ。『美味しい食べ物を見つけたら、必ずその情報をみんなで共有し合うこと』。食に対する情熱を持つ者たちが集まって、日々新たな食を探究している団体です。




