82話 事件の詳細
ミルゼアでは、事件の影響で訪れる人が減っている。そのため、ゼノンさんに紹介された宿は難なく取ることができた。
あれだけ濃かった霧は、病院に戻るころには完全に晴れており、ミャリアさんたちを迎えに行って、俺たちはゼノンさんから聞いた情報を共有することにした。
「……ということがありまして、滞在している間、ゼノンさんに協力したいんですけど、どうですか?」
「女性を斬りつけるなんて絶対に許せないニャ!」
「ええ、許せませんわね!」
その話を聞いたミャリアさんとレオノーラは、事件の内容に憤る。
「ラフィも数日で治るって話なので、その期間で解決できるかは分かりませんけど、受けてもいいですかね?」
ラフィの症状は、長旅によるストレスによる風邪という診断だった。お医者さんによると、成長する時期ということもあり、魔器の乱れもあったのではないかという診断だ。
ラフィは今、薬を飲んで女性部屋の方で寝ている。
「病院を教えてもらった恩もあるし、アタシは問題ないニャ」
「私もです」
「じゃあ、明日ゼノンさんに会いに行きましょう」
「おや、ちょうど話が終わったみたいですな」
二人から了承をもらったところで、馬の世話を終えたシルヴァさんが戻ってきた。
「ミャリア、明日は私がここに残ってラフィの看病をします。きちんと皆のことを守りなさい」
誰か一人はラフィの看病をする必要がある。
今の状況で安心して任せられるとなったら、ミャリアさんかシルヴァさんのどちらかになるだろう。
「任せるニャ!」
皆で話し合った結果、ゼノンさんの捜査に協力することに決めた。
*****
俺たちは昨日、別れる前にゼノンさんに教えてもらったグレイドール兵団の兵舎までやってきた。
兵舎は街の景観に合わせた、ビルのような作りになっており、階層分けされていた。
廊下では緊張感を漂わせた兵士が行き交い、外からは時折、訓練の掛け声が聞こえてくる。
受付で待っていると、ゼノンさんがやってきた。
「改めて、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、お願いしますニャ」
俺たちは空いている部屋へ移動し、捜査に協力することを伝え、昨日は出来なかった挨拶を行った。
「ゼノンさん、昨日言っていた事件について、もっと詳しい話を聞いても良いですか?」
「もちろんです」
昨日の話だけではあまりにも情報が少なすぎる。
俺は昨日の話から気になっていたことを質問してみることにした。
「まず、犯人は魔法使いなのを前提に捜査しているって話だったんですけど、どんな魔法を使えるかは分かってるんでしょうか? 被害者の方がどういう状況で事件に遭ったのかっていう話も聞きたいです」
「……そうですね。まず昨日お話した情報を整理すると、犯行は霧が発生している時間に行われます。この霧によって視界は遮られ、探知魔法も使えず、捜査が難航しているという状況です」
ゼノンさんはこの場にいる皆が話についてこれるように昨日の話の内容を振り返る。
「そして、この事件による被害女性の数は23名、そのうち死者は5名となっています」
「そんなにいるんですの!?」
「はい……。事件後に兵士たちを出して現場を調査しても、霧が晴れた後では痕跡がほとんど残っていません。私たちはこの霧の発生時間を狙って巡回を強化しているのですが、それでも被害を防ぐことが出来ていないのが現状です」
レオノーラは被害者の数に驚き、ゼノンさんは悔しそうな顔をする。
俺も内心、被害者の数には驚いた。ひと月でこれだけの被害者が出ているとなれば、グレイドール兵団の信用も落ちてしまうだろうし、この街を愛するゼノンさんにとっては守れなかった後悔や屈辱は相当なものだろう。
「話を続けます。被害者の証言では、霧が濃くなった頃に、何の前触れもなく背後から斬りつけられたそうです。足音も、気配も、感じなかったと。振り返ってもそこには何もなかったそうで、今のところ犯人の姿を目撃した者はいません」
「その被害者の女性には獣人も含まれるんですかニャ?」
「はい。被害者の中には耳の良い獣人の方もいます」
「なら、魔法と考えるのは当然ニャ。いくら霧の中で鈍るとはいえ、一般人が獣人の感覚を欺けるとは思えないもの」
ミャリアさんの言う通り、魔法使い以外で獣人の感覚を騙せる可能性はほぼ0に近いだろう。
獣人の感覚の鋭さは、犬や猫など種類によるが、人族の数倍以上鋭いと言われている。
「それにわざわざ霧が発生している時間に犯行に及ぶってことは、自身の魔法の痕跡を残したくない可能性は高いですよね。もちろん、魔法使いの仕業だと思わせる狙いの可能性はありますけど、そうするメリットもそこまでありませんし」
犯人が魔法使いである可能性が大いにあることは分かった。
「被害に共通する何かはあるんですか? 犯人の目的が分からなくて」
「共通しているのは、被害者全員が成人女性で背後から狙われたことと、その背には斬られたというよりも肉が抉られ、5本の傷跡が深く刻まれていたことくらいでしょうか」
「5本の傷跡? ……普通の武器じゃないってわけね」
「はい。これは50年前の『霧裂きヴェイル』による傷跡と一致しています」
被害者に残された特徴的な傷跡は特殊な武器によるものか、魔法によるものか。
だから、この街の人は余計に『霧裂きヴェイル』が帰ってきたと怯えている訳だ。
「被害者同士に関わりはなく、犯人との関係性も不明です。さらに、身分も職業もバラバラで、それ以上の共通点は見つかっていません。犯人の目的は分かっていませんが、無差別殺人ということもあり得ます」
「絶対に許さない! アタシが捕まえてやる」
「ええ。捕まえましょう」
正義感の強いミャリアさんとリオネルはその瞳に炎を燃やす。
だが、無差別殺人となると思ったよりも危険かつ、難しい事件かもしれない。
動機が分からなければ、被害者から犯人を辿ることも出来ない。
俺も非道な犯罪に対し、怒りはあるが、頭は冷静に働かせるよう努める。
「ここまで話しましたが、我々は今回の犯人は『霧裂きヴェイル』とは別人の手によるものだと考えています」
「どういうことでしょうか? 傷跡は同じなのでは?」
急な掌返しに、リオネルは何故そう考えるのか、理由を尋ねる。
「まず、『霧裂きヴェイル』は50年前の事件という話は何度かしましたが、当時の犯人が生きているならかなりの高齢であることが予想されます」
「でも、長命な種族の血が混じっている可能性もありますよね」
「その可能性はあります。ただ、他にも今回の事件と50年前とで大きく違う部分が存在します。先ほど、今回の犯人に目撃者はいないと言いましたが、記録によると『霧裂きヴェイル』には、斬りつけられた後、振り向くと仮面とマントを着けた人物を見たという目撃者が多数いるんです」
「昔よりもさらに凶悪になっているってことですか?」
50年前の事件は目撃者がいる一方、今回は目撃者いないほどの徹底ぶりだ。
「そういうことですね。昔とは違う複数の魔法を使っての犯行、我々は今回の事件は複数犯による『霧裂きヴェイル』の模倣事件ということで捜査を進めているところです」
単独犯ではなく、複数犯の事件か。
「昔の犯人が他の魔法使いを雇って、協力させている可能性もありますよね?」
「その可能性も考えています」
女性を斬りつける行為に何か意味があるのか?
快楽殺人鬼なのだとしたら、考えるだけ無駄だか。
「あの、犯人はあの霧の中で、どうやって性別を区別しているか分かりますか?」
「それについても現在調査中ですが、考えられるのは、魔法、もしくは何かしらの道具を使っているかでしょう。他に何か気になることはありますか?」
「あともう一ついいですか?」
気になることを一通り聞いて、一度宿に戻った。
*****
「そのような事件が……」
宿でラフィの看病をしつつ、留守番をしていたシルヴァさんにゼノンさんから聞いた事件の詳細を伝えた。
シルヴァさんはその話を聞き、考え込むような姿勢を取る。
「一先ず、この事件はミャリアが動いたほうが良さそうですな」
「どうしてニャ?」
「話を聞く限り、成人女性が狙われるそですが、この中で成人している女性と言えばミャリアしかいません。ミャリアが襲ってきた犯人を捕らえることが出来れば、それで事件は解決に近づくでしょう」
「言われてみればそうニャ」
「留守番は私に任せて、犯人を捕まえなさい」
「やってやるニャ!!」
ミャリアさんはシルヴァさんにおだてられ、やる気を出す。
囮にするのは危ない気もするが、ミャリアさんの実力は疑うまでもない。
もし襲われたとしても、ミャリアさんなら返り討ちにするはずだ。
「あの、少し気になることがあるので、別行動しても良いですか?」
「もしかして、それは最後に聞いていたことと関係がありますの?」
俺が一つ提案をすると、レオノーラがそれに反応する。
「うん。事件には関係があるか分からないけど、どうしても引っかかることがあって」
「クラウ様がそう判断したなら、やってみる価値はあるでしょう」
意外にもシルヴァさんは俺の提案に賛同してくれる。
「でも、危なくないですかニャ? 狙われるのは女性とはいっても、一人で行動するなんて」
「それなら私がお供いたしますわ。お兄様はミャリア先輩と行動してくださいませ」
「ええ!?」
「リオネル、まさかアタシと一緒が嫌なんて言わないわよね?」
「いやいや、そんなことはありませんよ! 分かりました。レオノーラ、しっかりと護衛するんだぞ」
「分かってますわ」
俺とレオノーラ、ミャリアさんとリオネルで捜査をすることが決まった。




