81話 霧裂きヴェイル
「この大通りをしばらく真っ直ぐ進んでください」
「かしこまりました」
案内役のゼノンさんを荷馬車に乗せ、俺たちは病院へと向かう。
霧の街ミルゼアの街並みはレンガ造りで、建物の雰囲気はアブドラハと似ている。ただ、塀に囲まれているため街を広げるのが難しく、こちらの方がやや小規模だ。
それでも、さすが王都に近いだけあって、街灯が等間隔に並び、ガラス張りのカフェや高級感のあるブティックが目につく。
アブドラハとは違った洗練された空気が漂っていた。
「ゼノンさん、あまり人を見かけませんけど、この人の少なさも、その事件と関係があるんですか?」
俺は運転席にいるゼノンさんに話しかける。
こんなにおしゃれな街なのに、大通りには歩いている人が数えるほどしかいない。それがかえって胸をざわつかせる。
「クラウ殿は周りが良く見えていますね。普段はもっとにぎやかな街なのですが、事件の影響で住民の皆さんは不安を抱えているんです。それでも、今の時間じゃなければ、もう少しにぎやかになると思いますよ。そろそろ、“あれ”が来る時間なので」
「あれって?」
「話している間に来たみたいですね。気づきませんか?」
ゼノンさんが辺りを見回してそう言うので、同じように見回してみる。
「あれ……何か白い靄が濃くなっているような」
遠くの方を見てみると、うっすらと白い靄がかかりだし、それが徐々に街を飲み込むように覆い始めたのだ。
「その通りです。これがこの街の名物でもある“霧”ですね。シルヴァ殿、少し急ぎましょう。霧で前が見えなくなる前に」
ゼノンさんの指示に従い、シルヴァさんは少し速度を上げる。
「霧なんて初めて見るんですけど、前が見えなくなるほどなんですか?」
「この霧は特別なんです。『白霧の森』と呼ばれる高魔素地帯がこの街のすぐそばにあるんですけど、その森にある魔霧草が1日に2回ほど、大量の魔素と霧を放つんです。大体30分ほどで霧は晴れるので、うっすらと白い靄がかかり始めたら、外は出歩かないほうが良いです。あっ、ここを曲がればもうすぐ着きますよ」
霧を生み出す植物なんてものがあるのか。
それなら街の人たちが少ないのも納得だ。
そんな話をしている間に、霧は視界を埋め尽くしていく。
「ここが病院です」
「ラフィ、着いたニャ! 自分で歩ける?」
「だいじょうぶ」
「私も付き添いますわ」
ミャリアさんとラフィは荷台から降り、レオノーラもそれに付き添う。
「ミャリア、私たちは先に宿を取ってから迎えに来ます」
「頼んだニャ!」
荷馬車の中には男だけが残った。
「馬を預けられる宿もついでにご案内しますね。ここからはゆっくり行きましょう」
「感謝いたします」
「ずいぶん霧が濃いようですけど大丈夫ですか?」
ゼノンさんは宿まで案内してくれるみたいだが、霧のせいで大体建物3件分までしか先を見ることは出来ない。
リオネルはそんな状況で移動して大丈夫か尋ねる。
「こういう時はこれを使うんです」
ゼノンさんはそう言って、腰につけていた筒状の何かを外し、先に向けた。その瞬間、先端から青白い光が一直線に伸び、霧の中の道を照らす。
霧で視界はまだ悪いものの、先ほどよりは幾分マシになった。その光を目印に、馬車はゆっくりと動き出す。
「これは魔素を込めることで光を放つ魔道具です」
「ゼノン殿も魔法使いなのですか?」
「ええ。それなりには扱えます」
「リオネル、ゼノン殿はこの街とその周辺地域を治める領主様の息子です」
「ええ!? まさかそんなお方とは!」
「あははは。そうは言っても、私は三男で後継ぎは長兄がいますから。私の役目は生まれ育ったこの街で民を守ること、それで十分です」
ゼノンさんを改めて見ると、顔立ちの整った美形で、仕草の端々に育ちの良さが感じられる。しかし、その瞳には兵団長としての覚悟が宿っており、単なる甘やかされて育った貴族ではないことが伝わってくる。
「それに私の目標は最初からシルヴァ殿を超えることなので」
「お二人はどのような関係なのですか?」
リオネルが二人の関係について尋ねる。
これは俺も気になっていたところだ。
「私はシルヴァ殿のもとで教えを受けていた時期があるんですよ。当時の私は未熟で、どうしてもフリード様の元で剣を学びたいと父にお願いをした結果、紹介されたのがシルヴァ殿です」
「懐かしいですな。話を受けた時にはすでにアブドラハまでいらっしゃっていて、その行動力には驚かされたものです」
「あははは! お恥ずかしい限りです」
「もしかして、ルインスのことも知ってますか?」
「もちろん知ってますよ。あいつは元気にやっていますか?」
「ええ。たまにゼノン殿と酒を飲みたいなんて言ってますよ。それに、クラウ様はルインスの教え子なんです」
「そうなんですか!? それは……あいつも成長してるんですね」
ゼノンさんとシルヴァさんは師弟関係だったらしい。
話を聞くに、ゼノンさんの方が兄弟子なのか?
道理で街の治安維持みたいに、やっていることはルインスに似ているし、雰囲気はシルヴァさんに似ているわけだ。
こういう意外な出会いがあるのも、旅の面白さなのかもしれない。
「ゼノンさん! 気になったんですけど、あの光は何でしょうか?」
リオネルが指をさしたところには、ゼノンさんが持っている魔道具と同じ青白い色の光がゆっくりと動いて見える。
「あれは霧石ですね。濃霧の中でも迷わないように、通行人が首にかけているんです。街灯だけでは歩くのも難しいですからね。そういえば、霧が晴れる前に、首から結晶のようなものをぶら下げている人を見ませんでしたか?」
人が少ないことに気を取られていたが、言われてみれば、霧が晴れる前、ほとんどの人が首から何か結晶のようなものをぶら下げていた。
「正式名称は吸魔光石と言って、霧の魔素を吸収して発光する石です。この魔道具にも使われていますね。実は、この街からは霧と塀で見えませんが、『白霧の森』のさらに奥には火山があって、その影響で地下には鉱床が広がっているんです。ミルゼアの特産品の一つですよ」
ゼノンさんは手慣れた様子で説明してくれた。
魔器がない一般人でも灯り代わりに扱える石というのは、魔素を含んだ霧が発生するこの街では、とても重宝されているんだろう。霧石はこの街を歩く際の必須アイテムとも言える。
「あの、ゼノンさん。もし良ければ、話せる範囲で良いので、その"凶悪な事件"について聞いても良いですか?」
俺は少し躊躇いながら、この街に入る時に聞いた、凶悪な事件についてゼノンさんに尋ねる。
「……話さないわけにもいきませんね」
ゼノンさんは顔を一瞬強張らせ、ギリッと奥歯をかみしめた。その表情の変化に、空気は一変し、俺たちの間に緊張が走る。
「ひと月ほど前からです。この街でいくつか不思議な事件が報告されるようになりました。その中でも、一番凶悪なのが、女性斬りつけ事件です。霧が濃くなった時間に、突然背後から斬りつけられたという女性の被害者が現れ始め、それは今も続いています」
「そんな酷い事件が? 今も続いてるってことは、犯人がまだ捕まえられてないってことですよね」
「はい。我々も警備を強化し、入念に調査を行っているんですが、未だに犯人を捕まえることはできていません」
ひと月もの間、被害者が出続けているのだとしたら、この街の住民が疑心暗鬼になるのも無理はない。街の雰囲気が悪いのは、どうやらこの事件の影響だろう。
「実は、同じような事件がこの街で50年以上前にもありました。結局その時は捕まえられず、謎に包まれたまま霧のように消えてしまった連続殺人犯は『霧裂きヴェイル』と呼ばれ、長い間この街の恐怖の象徴になっていました。そして、その犯人がまた同じ事件を起こしていると住民たちは怯えているんです」
いつ襲われるか分からないのに、安心して外へ出られるわけがない。
「その犯人は魔法使いなのでしょうか? 魔法を使えなければ、魔法使いの目を盗むなんて難しそうですし、探知できる魔法を使える方がいれば、魔法を使っていても分かる気がしますけど」
リオネルは純粋な疑問を投げかける。
「我々も犯人は魔法が使えるということを前提に捜査を進めています。ただ、この霧は視界を奪うだけでなく、魔素を含んでいるという話はしましたよね? 私の部下にも探知系の魔法を使える者がいるんですが、その魔素が魔法の痕跡を消してしまって、霧が晴れるころには何も残っていないんです。犯行は霧がかかっている時しか行われないので……」
ゼノンは冷静に説明し、その難しさを物語る。
「つまり、犯人は霧をうまく利用して、完全に痕跡を消しているということですね……徹底した計画犯か」
「そういうことです」
俺が話をまとめると、ゼノンさんが同意する。
「今日、この街に来たばかりの皆さんに恥を忍んでお願いしたいことがあります。
私は一刻も早く、住民の皆さんから不安を取り除きたいんです。それに、いくらこの街が『白霧の森』に支えられているとはいえ、今の状況が続くと街の存亡にも関わってきます。皆様の滞在の負担は私が負います。滞在期間中だけで構いません。どうか、我々の捜査に協力していただけませんか?」
ゼノンさんは突然、頭を下げ、協力のお願いをしてきた。
街に来る前に出会った商人の様子からして、この状況が続けば、経済的にも危ない状況であろうことは明白だ。
「ゼノンさん、顔を上げてください。仲間と話し合う時間はもらいますけど、前向きに検討させてください。シルヴァさん、良いですよね?」
「……そうですね。私も教え子の頼みに応えたいという気持ちはあります。こちらで話し合って決めましょう」
「ありがとうございます!」
ゼノンさんは再び頭を下げて、感謝を伝える。




