80話 霧の街ミルゼア
「ふわあーーー」
俺は大きなあくびをしながら、寝袋を片付ける。
結局、昨日はあまり眠れず、夢の内容についてずっと考えていた。
たまに『前世の記憶』っぽい夢を見ることがある気がする。でも所詮は俺の“願望”が生んだ“幻想”で、目覚めるころには忘れてしまうし、最近はそんな夢すら見なくなった。
だが、あんな夢を見たのは初めてだ。
あまりにも鮮明で、まるで誰かの記憶のような光景が頭から離れない。
改めて振り返ると、疑問に思うことや分からないことも多かったが、不思議と俺の知っている情報と一致する部分もあった。
疑問を一つ挙げるなら、二人は『なぜ、少女を一人で逃がしたのか』だ。
信頼のおける誰かに任せることも出来たはずだ。
(帝国内部に裏切者がいて、信頼できる者がいなかったとかか?)
それなら、情報が錯綜している様子にも納得がいくが、どうだろうか?
結局のところ情報が少なすぎて、推測に推測を重ねた憶測にすぎない。
それに、もしあの夢が本当だとするとラフィは……。
いや、これ以上考えても無駄だな。眠れなかったせいで、頭はぼんやりしているし、やはり俺が考えすぎているだけだろう。さっさと忘れて、今日のことに集中しよう。
荷物をまとめた俺は、テントまで漂ってくる朝食の良い香りを感じ、外へ出る。
*****
アブドラハを出立してから九日目。
もう中央まで半分以上は来ているようだし、旅は順調そのものだと思っていた矢先のことだ。
「……フィ、ラフィ! 大丈夫!?」
「どうしましたの?」
「……うん?」
俺は荷馬車の中で睡眠をとらせてもらっていたところで、ミャリアさんの慌てた声で目を覚ました。
「ラフィが苦しそうで……シルヴァ! ちょっと止めて欲しいニャ!」
「かしこまりました」
ミャリアさんは大きめの声でシルヴァさんにお願いする。
シルヴァさんはその言葉に従い、荷馬車を道の端に寄せて止める。
「大丈夫か?」
「……寒い」
「ちょっと待ってろ。暖かい布を持ってくるから」
ラフィに声をかけると、布で全身を覆い、丸く縮こまっている。よく見ると、その布が小刻みに震えているのがわかる。見た感じ、顔色も良くない。
「ミャリア、何か心当たりはありますか?」
「昨日、夜に見回りしてたら、ラフィがうなされてて……結局、あんまり眠れなかったみたいニャ。朝からずっとだるいって言ってたような」
「言ってましたわね。大丈夫かと尋ねたら、『移動中に寝れば問題ないから』って。それならと安心してしまいましたわ。私がもっと気にかけていれば……。どうにか治せませんの?」
シルヴァさんが尋ねると、ミャリアさんが答え、レオノーラも思い出したように補足を加える。その表情には、仲間を思う気持ちと後悔の色がにじんでいた。
ラフィも俺と同じように、眠れなかったのか。
長い旅になれば、それだけストレスも増し、体への負担も大きくなる。さらに、どこで病原体をもらうかも分からない。酷い病でなければいいが――。
「そうですね……。私も病気には詳しくありませんので、何とも言えません。病院に行くのが一番良いでしょう。幸いにも、この近くに大きな街があったはずです。少し寄り道になりますが、急げば今日中には着くはずですが、いかがでしょう?」
「急いでそこへ行くニャ」
「お願いします」
シルヴァさんの提案により、俺たちは方向を変え、急いで近くの街へ向かうことに決まった。
*****
「伝えそびれていましたが、今から向かう街は高魔素地帯の近くにあります。生息しているのはほとんど小型ですが、道中、魔物が襲ってくる可能性もあるので、警戒は怠らないように」
「分かりました!」
「アタシがいるから安心するニャ!」
シルヴァさんからの注意にリオネルとミャリアさんが張り切って返事をする。
「……ごめん」
「ラフィは私たちに任せて、今は休んでいて」
「そうだぞ。俺も今日はちゃんと屋根のある場所で休みたかったしな」
「私もですわ。連日野宿が続いていて疲れましたもの」
ラフィは少しかすれた声で謝るが、多少の予定の変更は問題ない。
「リオネルもレオノーラも魔物を警戒するいい機会ニャ」
「はい! この辺は木が多くて、なかなか見通しがききませんね」
サターシャにもらった懐中時計で確認すると、方向を変えてから二時間ほどが経過した。
未だに街は見えていないが、景色はかなり変わっており、今は森を切り開いて作った道を進んでいる。
道幅は広く、整備されているので、荷馬車の揺れも酷いものではない。
ただ、気になることがある。
これだけ立派に整備された道なら、商人や旅人が頻繁に行き交っていてもいいはずなのに、ここまで一度もすれ違っていないのだ。
「なんで俺たちはつくづく運がないんだ!」
前方から荒々しい声が響いた。
外を覗くと、向かいの道の端に荷馬車を止め、険しい顔をした人たちが腰を下ろしているのが見えた。護身用の剣は備えているものの、恰好を見るに商人のようだ。
彼の険しい表情からして、何か問題があったのは明白だ。
「まあまあ、落ち着いてください。残念ですが、次の街へ急ぐとなると今日は野宿ですね」
もう一人の商人らしき男が、ため息混じりになだめる。
二人とも疲れ切っているように見える。
ようやくすれ違った通行人がこの様子とは、一体なにがあったのか。
「失礼ですが、お伺いしてもよろしいでしょうか? この先に街があるはずですが、何か問題でもございましたか? 私たちは今からそこへ向かう予定なのですが」
シルヴァさんも異変を察したのか、荷馬車の速度を緩め、落ち着いた口調で休んでいる人たちに尋ねた。
「あー、それはやめた方がいいかもしれません。我々は商売のために立ち寄るつもりだったんですが、どうも事件があったみたいで……仕方なく別の街へ行こうかと」
「物々しい雰囲気をしてやがる。取り締まりも厳しくなってやがるし、あそこじゃ商売なんてやってらんねえ。お前らもあの街に滞在するつもりなら、気を付けろよ」
二人の商人はそう教えてくれた。
街で何か事件が起こっているなら、情報に敏い商人や旅人たちがここを通らないのも納得できる。
「なるほど、貴重なお話をありがとうございます」
シルヴァさんはお礼を言うと、馬車を止め、俺たちのいる荷台の方へ来る。
「どうするニャ?」
「ラフィの様子はいかがですか?」
「……私は……だいじょうぶ」
「うわっ、酷い熱ニャ! 早く、病院に連れて行かないと」
ラフィの体調は、先ほどよりも明らかに悪化している。
一刻も早く、病院へ連れて行きたい。
「シルヴァさん、近くの街はこの先にしかないんですよね?」
「はい。別の場所となると、後一日はかかります」
「それなら、このまま行きましょう!」
「……そうですね。私の記憶ではもうすぐで着くはずです。一度、行ってみましょう」
不穏な空気が漂う中、俺たちは街を目指して進んでいく。
*****
シルヴァさんの言っていた通り、商人たちと会ってから、三十分ほどで街の姿が見えてきた。
高魔素地帯の近くにあるというだけあって、アブドラハとは違い、街のすべてが塀で囲われており、外からでは中の様子は見えない。
それでも規模は想像以上に広く、ここなら病院もありそうだ。
「止まれ!」
街の入り口の門にいた二人の兵士のうち、一人が近づいてきて、俺たちを制止する。
「貴様らの用はなんだ?」
「仲間が熱を出していて、病気かもしれないニャ! 中に入れてほしいニャ!」
「様子を見せてみろ……ふむ、確かに高熱だな。嘘を言っているわけではなさそうだ」
事前に聞いていた通り、兵士の様子はどこか張り詰めていた。
街で何かがあったのは間違いないだろう。
「この街で事件があったと聞きましたが、一体何があったのですか?」
「申し訳ないが、他所から来た者に話すことはできない。身分証を提示してくれ」
俺たちはそれぞれ身分証を手に取り、兵士に差し出した。
「なっ……!? フ、フロスト騎士団の方々でしたか! 失礼しました!」
身分証を確認した兵士は驚き、先ほどの態度をすぐに改め、慌てて敬礼をした。
「早く中に入れてほしいニャ!」
「確認を取らせていただきますので、少々お待ちください!」
そう言うと、兵士はもう一人の兵士に何か話した後、街の中へと駆けていく。
「ミャリア、焦るのは分かりますが、権力というものは軽々しく振りかざすべきではありません。ましてや、私たちはそれを借り受ける身です。私たちの言動ひとつが、フリード様の名誉に関わることを忘れてはいけませんよ」
「うっ、反省するニャ……」
しばらく待たされた後、先ほどの兵士が、もう一人の身分が高そうな鎧を身に着けた人物を伴って現れた。
「先ほどは部下が失礼しました。私はこのミルゼアを守るグレイドール兵団の団長を務めています、ゼノン・グレイドールと申します。お久しぶりですね、シルヴァ殿」
「お久しぶりでございます」
グレイドール兵団……聞いたことはないが、アブドラハで言うところの衛兵みたいなものだろうか。
ゼノンさんとシルヴァさんは知り合いらしい。
「申し訳ありませんが、現在、この街では凶悪な事件が起こっておりまして、取り締まりを厳しくさせてもらっています。ですが、シルヴァ殿のお連れ様ということなら、問題なくお通しできます」
「病院はどこですかニャ?」
「礼を失したお詫びに、すぐに案内いたします。ようこそ、霧の街ミルゼアへ」
俺たちは不穏な空気の漂う街へ足を踏み入れた。
どんな事件が待ち構えているのでしょうか?




