8話 大繁盛大盛況とサターシャ先生の来訪
「いやー、初日から売れたな」
「ほんと、すごかったね。始め立てでこんなに人が来る屋台なんて見たことないよ」
この世界初のかき氷は想像以上に売れた。売れすぎた。
想定としては、30食くらい売れたら最高のスタートだなと思っていたが、その予想を超えて、何と100食以上売れた。
場所代が1日銀貨5枚で皿とかスプーンといったの雑費で銀貨5枚くらいだろ?
そういった経費を売り上げが上回れば利益につながるわけだが、初日はそのコスト分を回収できればいいなくらいで考えていた。
そしたら、コストの回収どころか大幅な黒字だ。
値段設定したときも、本当に売れるのかという不安は付きまとっていたが、ふたを開けてみれば、買ってくれる人は大勢いた。
商人のおじさんからは、「この涼しい場所を提供してくれるだけで、すでに銅貨数枚分の価値はある」と言われた。
それだけみんなこの暑さを苦しんでるってことだな。
今日はかなりいい感じで客が回っていたが、初日でこの集客の感じだと明日はもっと人が来て、このひらけた場所に密集してしまうんじゃないかという恐れがある。
無償で冷気も提供しているので、長く居座る人たちの問題もあるが、その辺は食べてる間だけの開放とかになるかな。
今後の課題も多くあるが、初日にしては大成功といったところだ。
「コーヒーも結構売れたみたいで良かったな」
「うん、苦いから好みが分かれているみたいだったけど、気に入ってくれる人も多くて良かったよ」
コーヒーは1杯銅貨2枚で売っている。氷も入れているからそれくらいでいいだろってことになった。でも、まだ誰もコーヒーの恐ろしさを知らない……。
コーヒーは中毒性があるのだ。
短期間じゃさすがに分からないだろうが、そういう傾向も観察出来たら面白いなと思いつつ、屋台の片付けを始めた。
*****
「やばいやばいやばい」
「どうなってるのこれ!?」
かき氷屋台を出して二日目から、俺たちの屋台はおかしなことになっていた。
早朝だというのに、屋台の前にはすでに人が並んでいた。
すぐに準備し、開店する。
「おう、待ってたぜ」
「かき氷1杯お願い」
「このコーヒーってなんか癖になるんだよな」
色んな人が暖かい声をかけてくれて、早朝から本当に引っ切り無しに来た。
「これがカイガスの奴が言ってたかき氷か。確かにきれいな食べ物だ」
「この命の実のかき氷最高だわ。こんな食べ方があるならもっと昔に知りたかったー」
「このレモレの風味。ああ、故郷の味だ。懐かしい」
人間はもちろん、中には獣人もいて、かき氷の味を気に入ってくれた。
中には5杯もかき氷を食べていく猛者まで現れた。
決して安いとは言えない値段なので、懐の事情は大丈夫だろうか。
この日はなんと200食近く売れた。
もう本当にクタクタだ。
途中、用意しておいた木皿では客の回転には足りなかったため急いで買い足しに行ったり、回収した皿とスプーンを井戸で洗ったりと忙しかった。
客の中には、かき氷機を使ってみたいという人も多く、そういう時間に慌てて雑務をこなしていた。
だが、結果としてはぼろ儲けだ。
稼げるときに稼いでやるぜ。
―――サターシャ視点―――
「どこまで行くんだよ。こっちは屋台通りじゃねぇか」
「もうすぐのはずです」
「ったく、今日はせっかく午前の訓練で終わりだってのに、本当にこの辺に美味いもんがあるのか?」
「ラフィは少しの辛抱もできないのかにゃー?」
「肉球をこすりつけるんじゃねぇ」
クラウ坊ちゃまが数日前から屋台を始めたと旦那様がわざわざ私のもとへ手紙を送ってくださったのだ。
なんでも、氷を使った甘味とのことで、ぜひ友人も誘って食べに行ってほしいとのことだった。
私自身、食にこだわりがあるほうではないが、クラウ坊ちゃまが自ら考えて作り、それを売っているというのだから興味がある。
ちょうど今日の訓練はいつもより早く終わる予定だったので、その手のことに興味がありそうな部下を誘い、連れていくことにした。
騎士の紋章が入った服では街を歩くには目立つため、私服に着替えて行動している。
そろそろ旦那様がおっしゃっていた場所に着くかと思ったところで、どこからか冷気が感じられた。
これはクラウ坊ちゃまの魔法だと確信し、そのあとを辿るとガヤガヤと人が集まっている。
「なんだ空気が冷てぇぞ」
「これは、魔法かにゃ?」
部下も珍しいものを見たような反応だ。
手紙には書かれていなかったが、ここまで人気になっているとは思わなかった。
通りから外れ、ひらけた場所に出ると屋台が見え、そこには人が列を作って並んでいた。
列も一直線では並びきれないため、列がジグザグになるよう氷で仕切りを作っていた。
「おいおい、なんだこの人込みは」
「これは、何が出てくるか期待できるニャン」
暑苦しい人込みは好きではないが、この涼しい空気の中ならそこまで気にならない。
ここまで涼しい場所がアブドラハにはないので、このままずっとここにいたい気分だ。
しばらく待つと、私たちの順番が回ってきた。
「いらっしゃいませ。ってサターシャ先生」
「旦那様から教えていただいたので、立ち寄らせていただきました。こちらは私の部下たちです」
「へ? 部下?」
クラウ坊ちゃまは驚いたような顔をしつつ、部下のほうに顔を向けた。
「猫耳族の彼女がミャリア、その隣の子がラフィです」
「どうも、私は獣人のミャリアだにゃ。この氷は君の魔法かにゃ?」
「まぁそうですね」
「君、ぜひうちの騎…」
「はぁ!? お前がこの魔法を使ってんのか? 嘘つくならマシな嘘をつけよ。どう見てもたただの平民じゃねえか」
「ラフィ、嚙みつかない。クラウ坊ちゃま、教育不足ですみません」
クラウ坊ちゃまは突然のことに困惑した様子だ。
騎士見習いのラフィは魔法の才能はあるが、その才能を引き出せていない。
同じくらいの年の子が魔法を自由に扱っているというのが信じられないのだろう。
ミャリアは若く、騎士としての技量はこれからも上がっていくだろう。それに肉球が柔らかい。
「いや、全然いいけど。……あっそれより注文は? 書いてある通り、かき氷には2種類味があるんだけど」
「私は…そうですね、命の実のほうをお願いします」
「私は命の実が気になるにゃ。あの甘さが癖になるにゃー」
「オレはレモレ味で。なぁ、本当に氷がうまいのか?」
「注文承りました。それは食べてからのお楽しみってことで」
そういって、クラウ坊ちゃまは氷を入れ物から取り出すと、不思議な機械の上に置いてハンドルを回し始めた。
ゴリゴリと音を立てて、氷が削れていき、下の皿にたまっていく。
なんとも心地よい音だ。
大きかった氷は瞬く間になくなり、削れた氷の山となった。
「お、なんだそれ?」
「あっお客さんもやってみます?」
ラフィはかき氷機が気になるらしく、クラウ坊ちゃまは気を利かせてかき氷機を体験させてくれるようだ。
「これ、なかなか面白いな」
「そうなんですよ。氷を削る体験なんかも人気がありまして……」
「だが、オレはまだお前を認めてねぇからな」
「は、はぁ」
訳が分からないと困惑しているクラウ坊ちゃまも新鮮で面白いし、可愛らしい。
ごほんっ。だが、私たちの対応で業務の邪魔をしてしまうのも申し訳ない。
かき氷とスプーンを受け取り、クラウ坊ちゃまへの挨拶を済ませるとすぐに空いている場所へと移動してかき氷食べ始めた。
「おおーうめぇな、これ」
「シャリシャリしてて命の実の果肉もあっておいしいニャ」
かき氷の味は想像以上においしかった。
訓練で疲れた体を癒してくれる甘さでアブドラハの厳しい暑さを忘れさせてくれた。
部下も喜んでくれたので、誘って良かった。
今日の感想を旦那様への感謝とともに手紙を送ろうと思う。
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