69話 できれば付いてきてほしい
「……黙ってて悪かったよ」
「……」
サターシャから『学園に通うとなれば、最低限の教養を身に着ける必要があります。そのためにも早く決断しなさい』と言われ、今日はそのまま解散となった帰り道。
クラウは、隣を歩くラフィに視線を送るが、その顔はうつむいたままだった。
「……別に怒ってるわけじゃない。ただ、いきなりで頭が混乱してるだけ」
「……」
ラフィの声のトーンは低く、ほんの少し不満気だったが、怒っているわけではなさそうだ。
クラウはそのことに安堵するが、どうすることも出来ず、静かに隣を歩く。
「それで、お前は学園に行くんだろ? 店の方はどうするんだ?」
「ラフィは今日帰ってきたばっかで知らないと思うけど、みんなにはもう話したよ。俺がいなくても、店は大丈夫だ。俺の代理も頼んであるし、もしもの時は父さんに頼んである」
「そっか。じゃあ、商人はやめるのか?」
ほんの少し、寂しさが混じった声でラフィは尋ねる。
「いや、商人は続けるよ」
クラウは足を止め、ラフィの方を向いてきっぱりと答えた。
「結構前のことだから覚えてないかもしれないけど、俺の中ではラフィに『お前は商売で人を喜ばせれば良い』って言われたことが嬉しかったんだ」
「そっ、そんなことまだ覚えてたのかよ」
魔法が思うように使えず、クラウに突っかかっていた当時の自分を思い出し、ラフィは少し顔を赤らめる。
「あの言葉のおかげで、自信がついたし、自分の道が開けたと思う。どこに行ってもそれは変わらないよ」
「ふーん」
「だから、俺は大丈夫だ。俺のことは良いから、ラフィには自分のやりたいようにしてほしい」
「は?」
クラウがラフィには自分のことを優先して欲しいといった途端、先ほどまでの穏やかな空気が一変した。
ラフィが突然立ち止まり、険しい表情を見せる。
「お前、本気で言ってるのか?」
ラフィの鋭い声に、クラウは自分の言葉が、こんな風に受け取られるなんて思わずたじろいだ。
「え? いや、ラフィにはシータ達のこともあるだろうし」
「……もういい、じゃあな」
ラフィはそのまま自分の家の方へ帰っていく。
「待っ……」
突然のことに驚きつつ、クラウは引き止めようとするが、ラフィの寄せつけようとしない態度とこれまで自分のことを隠していた負い目からそれをやめる。
二人はそのまま別の方向へ歩いて行った。
―――クラウ視点―――
「よいしょっと」
俺は畑で一人、黙々と雑草を抜く。
あの日から数日が経ったが、ラフィとは未だに話していない。
会うことはあっても、何を言えば良いのか分からなかった。
色々と考えながら作業をしていると、背後から足音が聞こえてきた。
「あっ、クラウ! ここに居たんだね」
振り向くと、アミルが俺を見つけて声をかけたみたいだ。
二人で雑談しながら、雑草を抜いていく。
「そう言えば、シータとメリアから聞いたよ。クラウとラフィちゃんの様子がおかしいって。ラフィちゃんが話そうとしないから、クラウから話を聞いてって頼まれたんだけど」
「……ああ。俺が怒らせたみたいなんだ」
話の途中でアミルが喧嘩のことを聞いてきた。
だが、シータ達に気づかれるほど態度に出ていたのか?
「僕が力になれるか分からないけど話してみてよ。一人で悩んでるよりは楽になると思うよ」
*****
「……ってことがあって」
「そんなことがあったんだね」
俺は何があったのか話した。
アミルは俺が学園に行くことはすでに知っている。
「それで、あれから謝ろうとは思ってたんだけど、ラフィが怒ってる理由がよく分からないんだ」
俺がフリード子爵の孫だということを話していなかったから、それが原因で怒ったんだろうか。
でも、あいつは身分や生まれには興味がなさそうだったし、あの時もそれについては怒ってないと本人も言っていた。
じゃあ、何が原因なんだ?
あの場面を思い返してみるが、やはり分からない。
「うーん、僕もラフィちゃんとはそこまで話したことがないけど」
アミルはそう前置きをする。
「多分だけど、クラウに頼ってほしかったんだと思うよ」
「え?」
その意外な言葉に俺は驚く。
「どういうことだ?」
「クラウはさ、周りのことは鋭いけど、自分のことになるとかなり鈍いというか、矢印が外に行き過ぎてるところがあるよね」
「……そうかな」
そうだろうか? だが、少し心当たりはある。
「それはクラウの良いところでもあるけどね。まあ、その話は置いといて、今回はその優しさがラフィちゃんには突き放しているように感じられたというか、逆効果だったんじゃないかな? クラウはどうして、『俺のことは良いから』って言ったの?」
「それは、俺の都合に巻き込むのも悪いというか、ラフィにはシータ達を守るっていう目標があって、それを邪魔しちゃいけないって思ったんだ」
学園に行くのは完全に俺の都合だ。
俺のせいで何年もアブドラハから離れて学園に通わせるのは違う。
「うん、それも分かるよ。クラウらしい考え方だよね。でもさ、それって結局クラウが一人で全部背負おうとしてるってことじゃない?」
「……俺が、背負ってる?」
「そう。クラウは周りを思いやるあまり、自分の気持ちを隠してしまうんだと思う。ラフィちゃんからしたら、そういう態度が『自分は必要ない』って感じさせちゃうこともあるんじゃないかな?」
アミルの言葉が胸に刺さる。俺は一瞬、言葉を失った。
「それに、ラフィちゃんにそういう大事な人を守るっていう目標があるのは確かだとしても、今はクラウのことも大事に思ってるはずだよ。混乱しているときに、大事な人から『俺のことはいい』なんて言われたら、そりゃあ寂しいと思うよ。クラウは本当はどうして欲しいのか、ラフィちゃんに伝えたの?」
俺はラフィの邪魔をしたくない一心で言った言葉が、結果として突き放すような形になってしまったのか。
「でも、だったら言ってくれれば」
「きっと、ラフィちゃんはクラウに似て、自分の気持ちとかを言葉にするのが苦手なんだよ。でも、それを相手にぶつけたくないから今も拒んじゃうんだと思う。僕よりもクラウの方がその気持ちは分かるでしょ?」
「うっ……そう、かもな」
アミルの言う通り、俺は自分のことを話すのが苦手なのかもしれない。
でも、話を聞いてもらっておかげで、かなり心が軽くなった。
「それにしても、話を聞くの上手いな」
「そうかな? 『薬で怪我や病気は治せても、心は治せない。だから、相手の話には耳を傾けろ』ってお父さんによく言われるから」
「なるほど、ありがとな」
「どういたしまして。仲直りできるといいね」
「ああ。頑張るよ」
何はともあれ、やるべきことは決まった。
*****
シータ達から聞いて、俺はラフィの家にやってきた。
「すみません!」
しばらく待つとガチャッと家の扉が開く。
「……なんだよ?」
「話が合って来たんだ」
「クラウお兄ちゃん?」
「クラウお兄ちゃんだー」
家の中には年下組もいて、留守番をしている。
「ちょっと外出るから、大人しくしてろよ」
『はーい』
ラフィはそのまま外に出てくる。
「それで、話って?」
家から少し離れたところで、ラフィが話を切り出してくる。
「この前はごめん」
「……」
「ラフィにはラフィの目標があると思って、邪魔したくないからああいう風に言ったんだ」
「……」
ラフィは何も言わず、ただ俺をじっと見つめる。
その表情からは何を考えているのか分からない。
沈黙が胸を締め付けるが、その先を続ける。
「俺も魔法は使えるけど、そんなに強くないし、実は中央へ行くのも学園に通うのもすごい不安なんだ。ラフィにも守る家族がいるのは分かってるし、無理を言ってるのは分かってる。でも、本当は……できれば付いてきてほしい。これが俺の本心だ」
俺は一気に言葉を吐き出し、喉が渇くのを感じた。
顔を地面に向け、深呼吸をする。
こんなにも自分のために本心を話すのが大変だとは思わなかった。
相変わらずラフィは沈黙を続けたままだ。
「えっ……」
顔を上げると、ラフィの目からは涙が流れており、俺は驚いて声を上げてしまう。
「あれ……なんで……」
ラフィもそれに気付いたようで慌ててその涙を拭う。
「待って、これを使って」
俺は持っていた布を渡すと、ラフィは黙って受け取る。
「……ありがと」
そして、しばらく待つと小さな声でお礼をいった。
ラフィは落ち着くと口を開く。
「シータ姉たちは私が守る」
「うん」
「でも、ちびっ子たちも大きくなったし、今は私がいなくてもシータ姉たちだけでも暮らせていける。それも、クラウがシータ姉たちを雇ってくれたおかげ」
「どちらかというと俺の方が助けられてるけどな」
「聞いて」
「うん」
「クラウが困ってるなら私が守る」
多分、ラフィも頑張って言葉にしようとしているんだろう。
「それは来てくれるってことか?」
「うん、任せて」
「ありがとう」
その後は、外に出てきた年下組たちに『ラフィ姉を泣かせた』と責められ、誤解を解くが大変だった。
*****
「では、全員任務を受けるということで良いですね?」
「はい」
「もちろんですわ」
「ああ」
サターシャが見習い騎士三人に確認を取る。
「みんな、よろしく頼むよ」
リオネルとレオノーラも付いてきてくれるようだ。
「それでは、今日からあなたたちには試験勉強も始めてもらいますが、それとは別で、四人で戦ってもらいたい相手がいます。これまでの修行の成果をぶつけなさい」
「え? 俺も?」
「はい。相手からの指名です」
俺を指名してまで戦いたい相手って誰だ?
全く心当たりがないぞ。
「もったいぶらないで教えてくださいよ」
ラフィがサターシャに催促する。
「あなたたちも覚えがあるでしょう? 海人族のカリューです」




