68話 フリード子爵の後継ぎ
「ほら、**起きろ! 起きろって」
「?」
懐かしい声が聞こえ、その声に耳を傾ける。
「良い景色だろ! 海から見る日の出ってのはいつ見ても心が晴れる」
気が付くと、俺は海岸線に座っていた。
日が昇らないうちから親父に無理やり連れられて、何度も見せられたっけ。
そういう時はいつも俺が……。
「なんか、すげえ事してるじゃねえか。お前はよくやってるよ」
その声はどこか嬉しそうに俺のことをほめる。
「時間がねえからこれだけ言わせてもらう。いい加減、お前も心を開いて良いんじゃねえか? 前世の記憶があるからなんだ? それはただの記録であってお前自身のことじゃねえ。前世のお前と今のお前は別だ。過去に縛られる必要なんかねえ。過去に縋っても、閉じこもっても、自分を卑下しても、心は軽くならねえよ。お前が生きてるのは今だ。こうやって腕を大きく広げてたほうが心は楽になるってもんだ。……ほら、いい加減起きろ、クラウ・ローゼン」
「待ってくれ、親父!」
その瞬間、ぱっと目が覚め、体を起こすと俺は部屋のベッドの上だった。
「はあ、はあ、はあ」
胸が燃えるように熱い。
時間は分からないが、体感的にもう朝だろう。
そんなことを考えていると、ガチャッとドアが開く。
「クラウ兄、あれ、起きてる……なんで泣いてるの?」
ドアを開けたのはリトで、俺を起こしに来たみたいだ。
リトに指摘され、ボロボロと涙が流れていることに気づき、俺は慌ててそれを拭う。
「いやー、あくびが止まらなくて。今行くから、先行ってて」
「変なのー」
リトは扉を閉めてそのままリビングへ向かう。
気付くと胸の熱さが消えていた。
体がどこか悪いのかと思って、それとなくアミルに頼んで診察してもらっても特に変わりはないというし、久しぶりにサターシャに会って、体を視てもらったときは、『特におかしなことはありませんね。前に視えていた魔臓の炎も今は視えません』と言われた。
さっきの胸の熱さはそれが原因だとしても、どうすることもできないだろうし、結局よく分からない。
静かになった部屋で、夢のことを思い出そうとするが、懐かしい気持ちと少し胸が軽くなる感覚が残っただけで、内容は覚えていない。
物心つき始め、俺が生まれ変わったと認識したころはよくこんな夢を見ていた。
成長するにつれ、そんな夢を見ることもなくなっていたが、最近になってまた見るようになってきた。
「ふぅー……」
小さく息を整え、立ち上がる。
夢の余韻を断ち切るように、俺は家族の待つリビングに向かった。
今日は珍しく曇り空で、涼しい気温だ。動き出すのに丁度いい。
―――副団長の部屋―――
「あなたたちもこの一年で成長しましたね」
サターシャは自身の前に並ぶ三人の騎士見習い達の顔つきの変化を見て、そう感想を述べる。
「それで、私たちを呼んだってことはまた新しい任務ですか?」
ラフィがため息交じりに尋ねる。
「そんなに嫌ですの?」
その様子に、レオノーラは呆れたような顔を見せた。
「ほとんど周辺の村の手伝いばっかりで、いい加減魔物と戦いたいんだけど。それに、移動がだるい」
「ラフィ、あなたマーディ先輩みたいなこと言って。村の方々との交流って、いろんな発見があって楽しいじゃありませんの」
「自分は逆に魔物との戦いばかりでうらやましいです。……いえ、文句があるわけではないのですが」
見習い達は口々に任務に対する感想を言い合う。
「ラフィの言う通り、呼んだのは任務を伝えるためですが、今回の任務はいつもとは違って指導者は付きません。あなたたちだけで遂行してもらいます」
「どういうことですか?」
ラフィが眉を寄せて問いかける。
「……これから話すことは極秘事項です。情報を漏らした場合はそれなりの罰則があると心得なさい」
ラフィの問いかけに、サターシャはわずかに目を閉じてから低い声で続けた。
いつもの様子とは違う雰囲気に、見習い達も緩んだ気を引き締め直す。
「あなたたちには今から二年後、中央都市アルサラントにあるアフサール王国軍部魔法学園に通ってもらいます」
「えっ」
「なんですかそれ?」
リオネルはサターシャから告げられた内容に驚くが、ラフィとレオノーラはピンとこない様子だ。
「あなたたちは勉強から始めないといけませんね。アフサール王国軍部魔法学園は貴族の次期当主だけでなく、王族まで通うこの国の官僚を育てるための最高教育機関です」
「魔法使いしか入学を許されず、年に何人もの死者が出ていることは有名な話です。その代わり、卒業できた者にはそれ相応の待遇が与えられるとか。それに、ただ魔法を学ぶだけでなく、この国の持つ技術や軍事戦略、さらには政治の知識に至るまで、あらゆる情報が手に入ると聞いたことがあります」
サターシャの説明に、リオネルが付け加える。
「でも、それって卒業するのに何年もかかるんですよね? なんでそんなところに?」
「あなたたちの任務は、そこで閣下の後継ぎになる方の護衛、そして、共に卒業することです。これは年齢の低いあなたたちにしかできない任務です」
「後継ぎですの? ラフィは知ってらっしゃる?」
「聞いたことないな……そもそもフリード様に子供っていたのか?」
「自分もお会いしたことはありませんが、確かにいらっしゃったはずです。ですが、すでに成人されているはず」
「はぁ」
見習い達は心当たりがないと首を傾げる。
その様子に、サターシャはため息を吐く。
「いらっしゃいますよ。そして、その後継ぎもあなたたちもよく知る人物です。連れてくるので、ここで少し待っていなさい」
サターシャはそのまま部屋から出て行く。
「私たちが良く知っているって誰のことかしら?」
レオノーラは心当たりを探ろうと首を傾げる。
「それより、そのなんたら学園ってのに通う方が面倒だろ。中央にあるってことは、何年もそこに滞在しないといけないんだろ?」
ラフィは心底嫌そうに顔をしかめた。
「いやいや、ラフィ先輩、平民の我々がアフサール王国軍部魔法学園に通えるなんて凄い名誉なことなんですよ?」
「そんなのどうでもいいわ」
「お兄様はなんでそんなに詳しいの?」
リオネルが熱っぽく語るが、ラフィはそれをあっさりと切り捨てる。
それを聞いたレオノーラが不思議そうに尋ねる。
「サターシャ副団長がおっしゃっていたように、貴族の次期当主はその学園に通うから知っていたんだ」
「そういうことですの」
リオネルが軍部魔法学園に詳しいのは、元男爵家の長男で、本来なら後を継ぐ予定だったからだ。
そんな会話をしていると、サターシャが部屋に戻ってきた。
「あなたたちに紹介します。どうぞ、こちらへ」
「あーえっと、どういう状況?」
サターシャに用事があると呼び出されただけのクラウ・ローゼンは、部屋に入るなり周囲を見回して困惑した様子を見せる。
『えっ!?』
「は?」
見習い達は思わず声をそろえ、サターシャの言葉通り「よく知る相手」が現れたことに驚愕する。
「こちらが、閣下の後継ぎになるお方です」
サターシャの堂々とした宣言に、部屋は一瞬静まり返った。
クラウを見つめる見習い達の目には、驚きと疑念が入り混じっている。
「……サターシャさあ、先に教えといてよ」
「事前に知らせないほうが、クラウ様にとっては良いと判断しました」
「……良く分かってるね」
「もちろんです」
クラウは状況を理解し、文句を言うが、サターシャはクラウの性格を考慮したうえでの行動だと冷静に告げる。
「あー、今まで隠していてごめん。俺が言わなかっただけで、もしかしたらフリード子爵の孫だってことは、一部で知られていたかもしれない。でも、後継者のことについては、まだ決定事項ではないこともあって、話すことができなかったんだ」
「いえ、誰もそのことを知りませんでした」
「孫だってことくらいは、もっと早く話しておくべきだったかもしれないな」
「主のことをよく知らないのは彼らの不手際です」
クラウがフリード子爵の孫であることは、アブドラハの一部の貴族や情報通の間では、知られているが、一般の人々にはまったく伝わっていない情報である。
後継者については正式ではないため、周囲の影響を考えた結果、極秘とされており、みんなに伝えることはできなかったものの、クラウはこれまで隠していたことを謝罪する。
「なるほど、そういうことでしたか」
「そう言うことでしたのね。納得しましたわ」
リオネルとレオノーラは点と点がつながったような感覚を覚え、頷く。
「ちょっ、待った。ってことは、お前は貴族なのか?」
他の二人ほど状況を飲み込めないラフィが待ったをかける。
「その辺は難しいところだけど、平民ってことになるかな。俺の父さんが今はもと貴族の商人になるからさ。だから、いつも通りに接してくれ」
「……そうなの、か?」
色々な情報により、頭が追い付かなくなったラフィはそのまま黙り込む。
「いいですか? 先ほども言ったように、この話は秘密事項です。何があろうと口外しないように気を付けなさい。さて、護衛対象も分かったところで、任務についての話に戻りましょう」
「護衛? 任務?」
途中から呼ばれてきて事情を知らないクラウがサターシャに尋ねる。
「この子たちには、クラウ様の護衛として同じ学園に通ってもらうつもりです。護衛というのは建前で、学園ではここでは出会えない強者にも立ち会えますし、あなたたちの知見を広げる良い機会になるでしょう。どうするのか、早いうちに決断しなさい」




