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67話 クラウがいなくなっても

「商会長、これよりマルハバ商会との打ち合わせの時間です」

「もうそんな時間か、ありがとう、バルトロ」

「父さん、しっかりしなよ。行ってらっしゃい」


 ローゼン商会の商館と呼ぶには小さく、事業所という言葉が似合う建物の経理室では、この俺、クラウ・ローゼンと商会長のジョゼフ父さん、そして、その補佐のバルトロさん、商家に生まれたが、訳あって現在は奴隷身分のティアが帳簿と向き合っていた。


 ジョゼフ父さんはバルトロさんにマルハバ商会との打ち合わせがあることを指摘され、椅子を引いて書類を手に取りながら慌てて立ち上がる。


 バルトロさんはローザさんというフリード子爵の屋敷で働いているメイドの息子だそうで、基本的になんでもできる。


「クラウ様、また帳簿を付け間違えていますよ」

「うえー、苦手なんだよな、こういう数字」

「商人には必要なことです」


 俺は父さんの仕事を手伝いつつ、ティアから帳簿のつけ方を学んでいる最中だ。

 事業内容を考えたり、交渉をしたりすることに関しては、色んな場面を乗り越えてきて自信がついてきたが、数字はだめだ。

 計算ミス自体はあまり多くないものの、数字の転記を間違えたり、売上と支出を逆の列に書き込んでしまったりと、つい手が滑る。

 こういう数字とにらめっこするのは向いてないんだろうなーと思いつつ、もう一度、帳簿に向かい合う。


 ローゼン商会が設立してからもう半年以上になるが、うちの商会で経理ができる者は少ない。

 この世界では教育が不十分で、貴族やお金持ちの家になってくると家庭教師を雇うこともできるが、平民は親から家業を学び、それを継ぐか、どこかで雇ってもらって仕事を学ぶことがほとんどである。

 ティアのような商人の知識のある奴隷は珍しく、雇えたのは幸運だった。未だにあの奴隷商は苦手だが。


「ははは、クラウ、学園では魔法だけじゃなくて色んな分野も学ぶ必要があるみたいだから、いい練習だと思って頑張るんだよ」

「分かってるよ」


 俺は、今から二年後には中央の軍部魔法学園というところに行かなければいけない。

 なんでも、貴族の当主は軍に属している必要があり、一定以上の階級が必要とのことだ。

 その階級はその学園を卒業すると与えられるみたいで、卒業するには当然、勉強もやる必要がある。

 中には平民から軍に所属し、地道に階級を上げて、一代で爵位を得るくらい成り上がる者もいるようだが、それはごく少数で、何度も死線を潜り抜ける必要があるだろうし、俺には無理な話だ。


 勉強についてはフリード子爵から教材をもらっており、普段は独学で、たまに父さんに教えてもらいながら勉強をしているが、前世の記憶がある俺にとってはそこまで難しいものではない。

 とはいえ、決められた答えで正解というのはどうしてもつまらないと感じてしまう。




「そろそろ私たちもお店の方へ行きましょう」

「え、もうそんな時間? やっと解放される!」


 ジョゼフ父さんが出て行った後も、しばらく帳簿と向かい合い、時間を忘れるくらい集中していて気づかなかった。

 これじゃあ、俺もジョゼフ父さんのことを言えないな。


 ティアと今日のロゼ・クラウンの様子がどんなものか想像を話しながら、店の方へ向かう。




 *****




「えー皆さんに報告があります。ちょっと集まってください」

「報告ですか? 珍しいですね」

「何々? また新しい従業員を雇うとかー?」

「なんじゃ、なんじゃ?」


 ロゼ・クラウンの閉店作業が終わるというところで、あることを伝えるために皆を呼んだ。

 今日の従業員はシータとメリア、そして去年の冬に新しく調理人として雇った、猫の獣人フィオナだ。

 彼女も奴隷で話し方に少し癖があるが、仕事熱心で日々料理人としての腕を磨いている。


 ロゼ・クラウンがオープンして半年以上が経ち、客足は途絶えるどころか、連日大盛況で店の前には列ができるほどだ。

 モリスに厨房のすべてを任せていたが、いくら体力が多い獣人でも、一人では負担が大きすぎると考えていた。

 モリスの指導もあり、最近は一人でも厨房を任せられるようになってきたので、モリスと交代したり、二人で分担したりしながら上手くやってもらっている。


 うちの主力商品は相変わらずチョコレートだ。

 去年の夏まではアイスも積極的に販売していたが、大商会が冷魔庫を導入したことで、他店でもアイスが簡単に作られるようになり、販売数を減らした。

 もともと「甘味が魅力の店」という評判を作ることが目的だったので、チョコレートに特化する良いきっかけとなった。


 現在では、他店では再現できない特別な味を守り続けているチョコレートが主力商品となっている。

 チョコレートは混ぜるだけで作れるアイスとは違い、使っている食材が分かれば良いものではない。

 その味を決めるのは、料理人の経験と技術が大きくものを言う。


 モリスが研究を重ねて作り上げたチョコレートは、一口かじると、しっとりとした舌触りとともに、口の中でとろけるような甘さが広がる。

 その後、ほんのりビターなカカオの香りが余韻を残し、ひとつの作品を味わっているような満足感を与える。

 このチョコレートを目当てに訪れる女性客が多く、その人気は今やロゼ・クラウンの象徴とも言えるほどだ。

 確固たるブランドとして知られるようになり、店の経営は順調そのものだ。


 そういえば、この前試しに買ってみた別の店のチョコレートは、カカオの実をただ潰しただけのようなひどい味だったなと二つの意味で苦い記憶を思い出していると、皆が集まってきた。


「俺は二年後、中央の魔法学園っていうところに通うことになるので、なかなかこの店に顔を出すことが出来なくなります」

「え!? クラウ君、いなくなっちゃうの?」


 俺の報告に、メリアが驚いたように反応する。


「魔法学園には最低でも三年は通う必要があるらしいからね。長期休みみたいなのもあるから、その時は帰って来れると思うけど、今みたいな頻度で顔を出すのは難しいかな」


 この話をいつしようか悩んでいて、ずっと話すことが出来なかった。

 でも、こういう大事な話はぎりぎりに伝えるよりも余裕を持って伝えたほうがいいとジョゼフ父さんからも言われて、話す決心を固めてきた。


「そんだら、みゃーらはどうするんじゃ? みゃーらも主人についていくんか?」

「いや、フィオナたちはここで働き続けてもらうつもりだよ。中央に行くのは俺だけだ。詳しい話はまた後で説明するよ」


 奴隷であるフィオナたちは契約魔法で結ばれていて、働いて稼いだお金で自分を買い取る必要がある。

 契約では、「労働の対価として賃金を適切に支払う」という風になっているので、これからは、俺から直接支払うのではなく、ローゼン商会に彼女たちの賃金の支払いを任せる予定だ。


「俺はみんなを雇った以上、最後まで面倒を見るつもりだし、放り出すなんてことはしない。俺がいない間もみんなが支えてくれるなら、この店はもっと大きくなると思ってる」


 実は中央へ行くのはまだ先の話なのに、その期間が近づくにつれて、罪悪感のようなものを感じていた。

 俺の方から雇っていて店長をやっているのに、その俺がいなくなるなんて、無責任と言われても仕方がない。


「もちろん、この店をやめたいなら、フィオナはジョゼフ父さんのフリーズドライ事業の方にまわってもらうこともできるし、シータ達についても仕事が見つかるまで手助けするつもりだ。何が言いたいかって言うと……これからも一緒に働いてもらえないかな」


 言いたいことは言えた気がする。

 不安に思いながら、顔を上げると、みんな呆れたような顔をしていた。


「クラウ君は私たちがやめると思ってたんですか?」

「真面目すぎー」


 シータとメリアは少し怒った風にそう言った。


「私たちはこのお店で働くのが好きですし、クラウ君は私たちの仲間でありながら、こんな素敵な仕事を与えてくれた恩人です。その恩人が自身のために少しの間いなくなるからって、やめたりしません。離れてしまうのは寂しいですが、帰ってきたときに『さすが!』と言わせるくらい、しっかりこの店を守ります」

「その通り! クラウ君、私たちに任せて!」


 シータは俺の近くまで来ると、勢いよく話し始めた。凄まじい迫力だ。

 メリアが元気よく拳を突き上げ、シータの言葉に賛同する。


「……そっか。ありがとう」

「いずれは下の子たちも面倒をみてもらえれば……なんて冗談です」

「ああ、本人たちが望むなら歓迎するよ」


 シータ達の言葉に俺の胸はスッと軽くなった。

 本当に彼女たちと一緒にやってこれて良かった。


「泣かせるのう。ほんに、主人は考えすぎなんじゃよ。主人がおらん間も、店がちゃんと回るようにするんは、わしらの仕事じゃけえの。まかせんしゃい」


 フィオナも引き続きうちで働いてくれるみたいだ。

 この場にいなかった従業員もシータ達から話を聞いたらしく、ここで働きたいと俺に直接伝えに来た。


 この日を境にうちの店の雰囲気はさらに良くなり、売り上げも右肩上がりに増えていった。


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