7話 暑さ忘れるかき氷(とある狩人)
―――とある狩人視点―――
ああ、またこの季節が始まった。
夏、そう夏だ。俺はこの時期が一番嫌いだ。日差しは肌を突き刺し、暑さはそれだけで体力を削る。
そうはいっても、俺の所属している狩猟団はここ、アブドラハを拠点にしているため、団長が頷くまではここで活動するしかない。
あれもこれもそれも全部アブドラハが狩人の拠点として最高の場所なのが悪い。
アブドラハには商人が多くいるため、狩った魔物を高値で売りつけることもできるし、物資の補給なんかもやりやすい。
少し北には山脈地帯や川があり、南のほうへ下がると高魔素地帯の砂漠もあるため、多様な魔物が存在する。
獲物の情報を得る場所としても最高だし、これ以上の環境はなかなかみつからねぇ。
一つ文句があるとすりゃ、この暑さだ。
もう何度も経験しているが、毎年この夏だけはやる気がそがれて仕方がねぇ。
山脈方面に狩りに行くってなれば、少しはマシになるんだが、今年は砂漠の高魔素地帯で大規模な狩りをするっていうんで、そのための準備を始めているところだ。
最近まで遠征に出ていたのもあって、夏の暑さが落ち着くまではアブドラハから出ねぇだろうから余計に嫌になるぜ。
宿にいても気が滅入るからと外に出てきたが、いつも通り人が多くて、余計暑苦しく感じた。人通りの少ない場所に移動しようとしたときだった。
「あ? なんだこれ。こんな夏場にどこから冷気が?」
ひんやりとした空気が俺の体に当たった。
不思議に思い、冷気の発生している場所を見つけようと冷気を辿って歩いた。
少し歩くと、どうやら通りの外れのひらけた場所に出た。
「なんだこれは? どうなってやがる」
そのひらけた場所には、大きな氷が何個も置いてあり、冷たい冷気がその場を満たしていた。
俺と同じように、その涼しさに連れられてか、すでに何人かが顔をだらしなさそうにして涼んでいる。
いや、よく見ると何か食べてるな。
狩人/ハンターとしての本能か、俺は現実から隔絶されたようなこの場所に強く惹かれていた。
内心わくわくしながら、その原因を解明してやるという意気込みで、不思議な領域へ一歩踏み出してみると、
「いらっしゃいませ」
突然、子供の声が聞えた。その声のする方を見てみると、そこには屋台があった。
台の上には巨大な氷が置いてあり、何かを売っているようだ。
「坊主、ここはなんだ? なんで夏場に氷が置いてある」
「魔法で出してるんですよ。それより、かき氷一杯銅貨5枚でいかがですか?」
「かき氷? なんだそりゃ」
かき氷、聞いたことない名前だ。
ッ! そうか、そこで何か食べてるなと思ったが、それがかき氷というやつか。
面白れぇ。俺は、狩人/ハンター。
未知に飛び込むことこそ俺の生き様だ。
「この世界初の氷を使った甘味ですよ。食べた人はみんなこれの虜ですよ」
「いいぜ、その挑発乗ってやる」
「味は2種類ありますが、どちらにします?」
「もちろん、両方だ。」
俺がそういうと、子供は氷を入れ物から取り出し、初めて見る機械の上に置いた。
どうするのかと思っていたら、ゴリゴリと削り始めた。
なんだとっ! やってみてぇ。
「あっ、旦那もやってみます? これ、結構面白いんですよ」
俺のやってみたいという圧を感じたのか、子供はもう一つ氷を取り出して、俺にハンドルを回すよう指示してきた。
ゴリゴリゴリ……ゴリゴリゴリ……
なんだろう、ハンドルを回しているだけなのに、心が浄化されていくようだ。
氷をすべて削り終わるころには、夏の暑さへの陰鬱な気持ちが嘘みたいになくなっていた。
さて、出来上がった削った氷の山をどうするのかと思ったら、その上に、片方にレモレと蜂蜜のソース、もう片方に命の実のソースをかけ始めた。
「お待たせしました。こちらかき氷です」
なんてことだ。
削った氷の山にソースをかけただけのはずが、紅と黄金の美しい山となって俺の目の前で輝いている。
ゴクリッ
そのたたずまいに驚いて思わず生唾を飲み込んでしまった。
落ち着け、大事なのは味だ。
「いただきます。ッン!」
その美味さに、カッと俺の瞳孔は開いた。
なんてことだ。
氷とはこんなにうまいものだったのか。いや、ただの氷がこんなにうまいわけがない。このレモレのソースが氷に合うように調整されているんだ。
うおお、氷とソースが口の中で溶け合い、氷のシャリシャリした食感にソースの風味が融合する。
レモレのソースは甘酸っぱく、それが食欲を増進させ、氷を掻き込む手を止めさせない。
「いだだだだだ……。なんだ? 頭がキーンと」
「旦那、かき氷はゆっくり食べないと頭が痛くなるんですよ」
そうか。かき氷はゆっくり食べなければいけないものなのか。
その見事なたたずまいと言い、これは高魔素地帯の大型魔物を彷彿とさせる威厳がある。早く食べたいが、食べられない。
……認めよう。かき氷、お前は俺に膝をつかせた唯一の強敵にして、至高の甘味だ。
命の実のかき氷も、命の実単体で食うよりも圧倒的にうまい。
気づけば、皿の上にあったかき氷はすべて俺の腹に収まっていた。
後に残るのは、かき氷によって冷えた体とその味への満足感のみ、だ。
「坊主は普段からここにいるのか?」
「そうですね。夏はここでかき氷とか氷も売ろうと思ってます」
「また仲間を誘ってくる」
「どうぞごひいきにー」
俺は夏の暑さなど忘れ、宿にそのまま帰った。
うちの団の獣人にこういうの好きなやつがいたはずだ。せっかくだし教えてやろう。
かき氷、この夏はお前を食って食って食らいつくすぜ。