65話 対策会議
「では、具体的な話に移りましょう」
サターシャが切り出した。
「閣下、法衣の男、デスターと閣下の言う“奴ら”とは何かについて知っていることを教えてください」
「そうじゃな……まずは、デスターから話そう。奴は最初、自らを救済者と名乗り、死にかけのヴォルと儂のもとに現れた。奴の能力は分からないが、言葉を用いて、万物を操る。操れないものもあるようじゃが、その基準は不明。他にも力があるようじゃし、その戦力は未知数じゃ」
俺もその支配を受けて動きを止められたから少しは分かる。あれは洗脳とかそう言う類ではない。もっと根本的な“何か”が書き換えられる感覚だった。
「ハイネが海人の秘宝について知っていたのも奴が絡んでおる。そして、前の襲撃で分かったことじゃが、奴は今、ネフェリウスと名乗っている」
「ネフェリウス!?」
サターシャが驚く。
ネフェリウス……俺もその名前には心当たりがある、何だっけ?
「気づいたか。この名で思い浮かぶのは、ネフェリウス・エルシオン・デスティア。数年前にアステリオンという儂らの国に勝るとも劣らない帝国の女帝が、突如として起こった内乱によって討たれ、新たに聖教国家エルシオンとして生まれ変わる事件が起こったじゃろう? その新たな国の君主の名じゃ」
そうだ。家に置いてあった昔の新聞で読んだんだ。
俺が4歳くらいの時に起きた内乱だったはず。
「ええ、覚えています。当時は国中が騒ぎになりましたね。何しろ私たちの国とはそれなりに仲の良かった国ですし、それだけの力を持つ国が一瞬にして崩壊したんですから。では、“奴ら”とは聖教国に関係している者たちですか?」
「おそらくはそうじゃ。ハイネが儂を殺しに来た時も、法衣に身を包んだ者がおったからのう。儂が奴らの元へ攻め込んだら、アブドラハどころか国を巻き込むことになりかねん。だから、儂はハイネが殺しに来るのを待つしかなかった」
この国でも影響力を持つフリード子爵が攻めるということは、国を巻きこんだ戦争につながる可能性がある。
「ですが、いくら支配の能力があるからと言って、一人の人間にそんなことが可能でしょうか?」
「可能かどうかについては……シルヴァ、お前はどう思う?」
フリード子爵はシルヴァさんに話を振る。
「可能ですね」
「何故そう思うんです?」
「何十年も前の話にはなりますが、私はもともとデスターの部下でした」
『は?』
サターシャとルインスが同時に驚く。
「どういうことっすか!? 初耳っすよ」
「この機会に少しだけ話しましょう。私はデスターの腹心の一人、ノウスと呼ばれる男の研究施設で育てられました。そこで、能力を見込まれ、デスターの配下に選ばれたというわけです。話が逸れるので、私の話はこの辺で。それで、可能な理由については、デスターの能力の恐ろしさは支配ではなく、“与える”ところにあります。力のない者に力を与える、それが奴の能力の本質です。その能力により、奴の周りには自然と人が集まる。その力を持ってすれば、国を乗っ取ることも可能でしょう。すでに皆さんもご存じの通り、奴は狡猾ですから」
そう言うと、シルヴァさんは口を閉ざした。
「一先ず、可能な理由については分かりました。詳しいことは後で話してもらいます。それでは、海人族について、何か知っていることはありませんか? 閣下」
「うむ。デスターが言うには奴らが狙っておる海人族の秘宝とは……」
秘宝って、雨雲を呼ぶだけじゃなかったのかよ。
フリード子爵の話は想像以上に衝撃的だった。
秘宝には、雨雲を呼ぶだけでなく、海そのものを呼び寄せる力があるらしい。
もし本当にそんなことが可能なら、一体どれだけ多くの命が失われるだろう。
水を操ることのできる海人族なら、海の中でも暮らすことができるかもしれないが、他の種族たちはどうすることもできない。
ますます、奴らの手に渡すわけにはいかなくなった。
更には、豊穣の力も備わっているとのことだ。
雨雲を呼ぶ力と豊穣の力があったからこそ、アブドラハは数十年という短期間で、不毛の地から多くの人が住む巨大都市へと変貌を遂げたのかもしれない。
一方で、海人族は秘宝を失ったことで、自分たちの土地が住めない状態になり、必死で取り戻そうとしているそうだ。
「なるほど、まさに海人族の秘宝というわけですね」
「うむ。それほど危険な物と分かれば、儂と領主様だけの話ではなくなる。下手にこの話を広めるわけにもいかんから、こうしてお前たちに集まってもらった」
これは、思っていたよりもやばい話だな。
「一通り情報が分かってきたところで、私から報告があります」
静まり返った中、サターシャが報告を始める。
「まず、今回の襲撃でとらえた海人達の処遇についてですが、フロスト騎士団監視の元、人目に付かない土地で生活してもらうことになりました」
「どういうことじゃ?」
その報告内容に、フリード子爵は驚く。
俺もその内容には驚いたが、フリード子爵も知らなかったようだ。
「ハイネが今回の襲撃に関わっていたという事実は変わりません。目撃者がいた可能性もありますし、捕らえた海人がその情報を漏らす危険性も考えられます。そうなれば、ハイネも共犯として罪を問われることは避けられません。そこで、フリード様の名誉に傷がつくのを防ぐため、内密に進めさせていただきました。どうかご容赦を」
「どうやって周りを説得した?」
「大変だったっすよ。襲撃犯の身柄をこっちで引き取るなんて」
フリード子爵の疑問にルインスが答える。
「衛兵のお偉いさんとは仲が良いんで、話せる範囲の事情を説明して譲ってもらったっす。軍への取引は自分と師匠でやりました。向こうの弱みを握りつつ、こちらからも領主様に許可をもらった上で、秘宝の件について総司令官に話させてもらったっす。しばらく騎士団は軍の雑用として働かされるっすけど、問題ないっすよね、団長?」
「もちろんだ。よくやった!」
ガルハルトさんは団員の仕事ぶりに満足そうにうなずく。
「シルヴァ、隠しておったな?」
「フリード様はこのところ少々お疲れのご様子でした。無理にこの件で負担をおかけするのは避けたほうが良いと判断したまでです。何より、フリード様の名誉を守ることが最優先かと」
「ふっ、わっはっはっは! 気を遣わせたな。皆、よくやってくれた」
フリード子爵の雰囲気は先ほどとは変わって、初めて会った時のような貫禄を感じる。
「あんたは俺たちの大将なんだ。そうやって堂々としていればいい。後は俺の優秀な部下が何とかする」
「団長、あなたにもこれから働いてもらいますからね」
「任せとけ」
なんとなく、騎士団とフリード子爵との関係が分かった気がする。
「これでハイネを連れ戻すための障害をある程度取り除けましたが、問題が解決したわけではありません。ハイネたちは、こちらから手出しされないと踏んで聖教国に身を置いている可能性が高い。こちらからはどうすることもできない以上、向こうが動くのを待つしかないでしょう」
「うむ。その通りじゃ」
ハイネさんを迎え入れるための障害は取り払えたものの、相手が動かない限り、こちらから仕掛けることはできない。
フリード子爵もサターシャの考えに同意する。
「だが、デスターは間違いなく攻めてくるじゃろう。どれくらいかは分からんが、おそらく数年以内に。理由は分からんが、奴は儂との決着に固執しておる。儂の死を望むなら、寿命で死ぬのを待てば良いだけじゃ」
「言われてみれば、そうですね。話を聞く限りあの男は相当な年数生きているはず。それにも関わらず、閣下よりもかなり若く見えました。シルヴァ、あの男は何者なのか知ってますか?」
サターシャはシルヴァに尋ねる。
「私にも、彼が何者なのか分かりません。本人自身、自分の正体については何も知らないと語っていました。ただ、少なくとも数百年は生きているようです。彼が言うには、目覚めた時、頭に浮かんだ言葉をそのまま自分の名前にしたとだけ」
「奴のことは考えても無駄じゃな。だが、海人だけでなく、奴も秘宝を狙っておる。どちらにしろ、儂らは秘宝を守らねばならん」
「あの……ちょっといいですか?」
「何じゃ? クラウ」
重要な話の最中に割り込むのは気が引けるが、気になることは質問しておこう。
「その秘宝を壊すことはできませんか?」
「ほう?」
「前に話を聞いた時から考えていたんですけど、その秘宝を壊せば大方の問題を解決できるんじゃないかな、と」
「詳しく話してみよ」
「海人族は秘宝を求めて襲撃してきたわけですよね。自分たちから秘宝を奪った人族に復讐したいって思ってたら、もっと多くの住民があの時の襲撃で被害にあっていたと思うんですよ」
あの襲撃で衛兵や住民にも被害は出ていたらしいが、死者はいなかったと聞く。
人族への復讐が目的なら、それはおかしいんじゃないかと思っていた。
「秘宝を壊せば狙われることも、利用されることもなくなるんじゃないかな、と考えました」
「それは私も一理あると思いますが、どうですか? 閣下」
「そうじゃな。残念だが、難しいと言わざるを得んな。秘宝のおかげでアブドラハが豊かになったというのは話したじゃろ? それがなくなってしまえば、海人族の土地のように、不毛の地になる可能性が高い。そして、もう一つ大きな問題があるんじゃが、秘宝は壊せん」
「壊せない? 閣下、どういうことですか?」
「儂も一度、壊そうと試みたことがある。あれは儂の全力の魔法でも壊れんかった。どれだけ衝撃を加えようが、凍らせようが、傷一つ付かん。別の方法なら壊れるかもしれんから絶対にとは言わんがな」
「そうですか。でも、秘宝に依存している現状はまずいですよね。その秘宝がなくなったとしても土地が枯れないように、地下の水脈を引いて来るとか、色々対策はした方が良いと思いまして。すみません、少し話が脱線しました」
「いや、それは確かに大事な意見じゃ。考えておくとしよう」
しばらくの間、対策会議は続いた。
*****
「ジョゼフ様、クラウ様、少々良いですかな?」
会議が終わり、屋敷から出たところで、ガルハルトさんが声をかけてきた。
「ガルハルト殿、お元気そうでなによりです」
「少々、お見苦しいところをお見せしました。クラウ様も怖がらせてしまったら申し訳ありません」
「いえ、大丈夫ですよ。父さんもそれほど驚いてなかったみたいですし、何か理由があるんだろうなって思ってましたから」
「ガルハルト殿が怒る時は、毎回誰かを思ってのことですから。今回も自ら嫌われ役に立ってくださったんですよね」
「はっはっは! 買い被りです。二人とも立派になられましたな」
初めてガルハルトさんにあった時、ジョゼフ父さんにどういう関係なのか聞いたら、父さんが自分の進むべき道に悩み、旅をしていた時に付き添ってくれたのがガルハルトさんだったらしい。
二人の間には、信頼関係のようなものを感じる。
「私の息子ときたら、未だに親離れができないもので」
「エリック殿も立派な騎士ではありませんか」
俺は子を持つ父親の雑談に付き合わされることになった。
―――会議後の室内―――
「閣下、もう一つご報告があります」
「言ってみよ」
会議が終わった室内にサターシャとフリードの二人が残った。
「ラフィのことですが、彼女はアステリオン帝国の皇族です」
「……やはりそうか」
フリードは目をつむり、上を向く。
「閣下はご存じだったのですか?」
「昔は儂も帝国の貴族とそれなりに面識があったからのう。子供のころの女帝陛下によく似ておる」
「そうでしたか。……では、例の件はどういたしますか?」
「儂は姉君の関係で帝国の皇族とも関わりがあったが、ほとんどの者は気づかんじゃろう。予定通り進めよ」
「はっ」
報告を終え、サターシャは部屋から出て行く。
「姉君にも知らせておくとしよう」
フリードは複雑な感情でつぶやいた。




