64話 父と娘
―――クラウ視点―――
「よく来てくれた」
フリード子爵に呼ばれ、俺とジョゼフ父さんは新たに建てられた屋敷を訪れた。
ひと月ほどで完成されたとは思えないほど立派な外装の建物で、相変わらず内装は質素なものだった。
使用人のローザさんに案内された部屋は小さな会議室のようになっており、フリード子爵とサターシャ、ルインス、それとガルハルトさんが座っていた。
「シルヴァも入れ」
「はっ」
「うおっ」
後ろから声がして振り向くと、いつの間にか俺たちを馬車で運んでくれた御者が立っていた。
「あなたがシルヴァさんだったんですね!?」
「名乗るのは初めてでございますね。ご存じの通り、私はシルヴァと申します」
シルヴァさんのことはルインスの話で何度か出てきているので少しは知っている。
なんでも騎士団の諜報部隊の最初の隊長であり、ルインスの師匠でもあるらしい。
『すでに会ってるはずっす。あの人は自分から表に出たがらないので、名乗らなかったみたいっすけど。恥ずかしがりなんすよ』
ルインスにそう言われた時は、思い出そうとしても出てこなかったが、御者の人だったのか。
使用人のような佇まいに捉えどころのない雰囲気をしているせいか、記憶から抜け落ちていた。
挨拶もそこそこに、ジョゼフ父さんと用意されていた椅子に座る。
フリード子爵に呼ばれた理由は分からなかったが、このメンバーを見て重要な話だというのは何となく察しはついた。おそらく後継ぎに関わる話だろう。
「全員そろったみたいですし、いい加減話してくださいよ」
腕を組んだガルハルトさんがフリード子爵に静かに問い詰める。
部屋に入った時から感じていたが、彼の雰囲気は前に会った時とはまるで違う。
その低い声には、怒りを押し殺したような響きが滲んでいた。
一瞬、周囲の誰もが言葉を失ったかのように沈黙する。押しつぶされそうな緊張感が、じわじわと場の全員に広がっていった。
「まずは、これまで皆を騙していたことを謝らせて欲しい。すまなかった」
「!?」
フリード子爵は立ち上がると深く頭を下げた。
これには、ガルハルトさん以外のこの場にいる皆が動揺を見せる。
「フリード様、俺はあんたとの付き合いはここにいる誰よりも長いし、ただの荒くれだった俺がこんな場所に居られるのもあんたのおかげだ。今でも恩を忘れたことはないし、返せたとも思っちゃいねえよ」
ガルハルトさんの声が低く響く。
「だが、今のあんたはなんだ? 俺が憧れたあんたはそんなんじゃねえだろッ!」
「団長、いくらあなたでも失礼ですよ。一度、話を聞きましょう」
堪えきれなくなったのか、ガルハルトさんは勢いよく立ち上がり、机を拳で殴りつけた。鈍い音が響き、机には蜘蛛の巣状の大きな亀裂が走る。
怒りをフリード子爵にぶつけるガルハルトさんをサターシャが冷静に諫める。
「……」
ガルハルトさんは何も言わず、また腕を組んで座り直す。
「ガルハルト、お前が怒るのも無理はない。だが、今からは何も偽らん。真実だけを話そう。ハイネが死んでいるとお前たちに偽っていたこと、儂と奴らとの因縁、儂の知る限りすべてを」
フリード子爵は静かに座ると話し出した。
「すでに知っている者もいるが、ハイネは儂とエリゼから生まれた子供ではない。儂の戦友、ヴォルターの子供だ」
「なるほど……四英雄のヴォルター・シーザーですか」
「そうだったのか」
サターシャがその言葉で何かを納得したようだ。
ジョゼフ父さんも初めて聞くようで、驚いたようにつぶやくが、正直俺はこれまでの流れを知らない。
「父さん、ハイネさんっていうのは?」
小声でジョゼフ父さんに聞く。
「クラウにも分かるように話そう。お主も知る必要があると判断し、今日は呼んだからな」
俺の声が聞えたのか、フリード子爵がこちらを向く。
「前に戦友から雨雲を呼ぶ魔道具を預かったという話をしたが、その時、ヴォルターから魔道具と一緒に預かったのがハイネじゃ。当時はまだ赤子でな、儂が親代わりに育てることにした。その後に儂とエリゼの間に生まれたのがジョゼフになる。儂はジョゼフではなく、ハイネを後継ぎにするつもりじゃった」
「うん。姉さんは病弱だった僕とは違って、体は丈夫で強かったし、魔法も使えた。僕も姉さんが父上の後を継ぐものだと思っていたし、姉さんがいたからこの道を選ぶことができたんだ」
俺ではなく、本来ならハイネさんがフリード子爵の後継ぎだったというわけか。
それが、そうできなくなった理由があるのか。
「だが、問題が起こり始めた。人族の子と同じように育っていたハイネの容姿が徐々に変化し始めたんじゃ。腕からは鱗が生え、後から生まれたジョゼフよりも明らかに成長が遅かった。結論を言えば、ハイネは人族のヴォルと海人族の間に生まれた混血人族じゃった」
混血人族は人族や獣人族といった体のつくりが違う種族の間で生まれた子供のことだ。
種族間によっては子供が出来にくかったり、生まれてもどちらかの種族の特徴だけを引き継ぐだけだったり、未だに謎が多い種族だ。
「ヴォルと同じ魔法も使えるし、純粋な人族と思っていたから、最初は儂も驚いた。だが、それくらいなら大した問題ではないと当時の儂は思っていた。今にして思えば、その考えが一番の問題じゃった。腕から生えた鱗が目に見えて大きくなり、周りに隠し通せなくなった頃からハイネの様子も変わっていった。『なんであたしの腕は父さんと違うの?』、『なんであたしの体は大きくならないの?』と容姿の違いを何度も儂に問うようになり、年中長い袖を身に着け、人族と異なる部分を隠すようになった。そんなハイネに対し、儂は『次期当主ならその程度のことを気にするな』とまともに向き合おうとしなかった。それに、しばらくすると儂に尋ねることもなくなり、奴の心に闇が根付き始めていることに気づかなかった」
「どうして姉さんに教えなかったんですか? いくら父上と姉さんの間で認識のずれがあったとしても、教えるだけで違ったはずじゃ」
ジョゼフ父さんが、静かに語るフリード子爵に質問する。
「先ほども言ったように、当時の儂はハイネが抱える問題をそれほど大きなものだと考えていなかった。それよりも、事実を伝えることで、本当の父がすでに死んでしまったことを伝える方が、ハイネにとっては酷だと思ったんじゃ」
「それでも、話せる範囲で伝えれば」
「それは無理じゃ。少しでも話せば、ハイネはさらに事実を追求しようとするじゃろうし、この世にいない父親へ期待を持たせるわけにもいかん。事実を伝えるなら包み隠さず、すべて話すつもりじゃった。だが、当時のハイネは年齢の割に容姿だけでなく、考えも未熟じゃったからのう。……下手をすれば、復讐の道へ進む可能性もあった」
フリード子爵なりにハイネさんのことを考えてのことだったが、それが裏目に出てしまったのか。
「お話の途中で失礼します。復讐というのが気になりますね。四英雄の一人を殺せるほどの猛者が敵にいたということですか? もしかして、あの男ですか?」
今度はサターシャが質問をする。
「儂もヴォルが誰にやられたのかは分からん。ヴォルに呼び出され、ハイネと魔道具を託された時には、すでに瀕死の状態じゃった。だが、デスターの話からすると、海人族にも協力者がいるようじゃ。奴の話で思い出したが、逃げる儂を追ってきた連中にも海人の手練れがおったし、海人に協力者がいるのは間違いないじゃろう。無論、デスターはヴォルの死に絡んでいるはずじゃ」
「そうですか……」
「おそらく、ハイネはその事実を知らん。ハイネがいなくなる前、儂が話したのは本当の父親は死に、儂が育てることになったということだけじゃ。それに、儂もデスターから話を聞くまではその可能性に気づかなかったからのう」
「どうしてその時は話したんですか?」
ジョセフ父さんがさらに追求する。
「もう十年以上前のことになるか。突然、ハイネが海人の秘宝について尋ねてきた。『儂と領主様しか知らんはずのことをどこで聞いたのか』と尋ねてもハイネは一向に話さず、以前とは違い、どこか鬼気迫るものを感じた儂は、『教えても教えなくてもいずれ自分で真実を突き止め、相手へ復讐する』と判断し、ヴォルが“殺された”という事実を隠して、真実を打ち明けた。どうしても、復讐の道だけは進ませたくなかったんじゃ。……その結果、ハイネは儂がヴォルを殺したと勘違いし、儂の前から姿を消した。ハイネは儂を殺すことでヴォルの仇を取ろうとしているというわけじゃ」
ハイネさんに復讐をさせたくなかった結果、自身が復讐の対象になってしまったというのは、なんという皮肉だろうか。
「全て、ハイネの抱えている心の闇に気づけなかった儂の責任じゃ」
「閣下、それは違います。私もそばに居ながら、彼女の話を聞いてあげられませんでした。決して閣下おひとりの責任ではありません」
「……ふぅ」
サターシャがそう言った後、ガルハルトさんが息を吐く。
「話は分かった。だがよ、何故今までそれを俺たちに嘘まで吐いて黙ってた?」
「姿を消してすぐ、ハイネは何度か儂を殺すためにやってきた。その度に誤解を解こうとしたが、すでに遅かった。ハイネの心は復讐にとらわれ、儂の話に耳を傾けようとはせん。それに相手がハイネだけならまだ良いが、その裏にはハイネの復讐心を利用して、魔道具を狙う奴らもおる。……これは儂の罪であり、儂ら親子の問題じゃ。お前たちまで巻き込むわけには」
「ふざけんじゃねえッ!」
フリード子爵の言葉を遮り、ガルハルトさんがもう一度机を殴りつける。
轟音とともに机の板が弾け飛び、破片が部屋中に散らばる。
「あんたがそうやって問題を一人で抱えた結果、どんどん状況が酷くなってるじゃねえか! 敵の狙いがあんたのそういう弱みをつけ狙うことだって何故分からない? いつものあんたならそんなもんに引っかからないだろ! それに親子の問題だって? 黙って出て行きやがったハイネも馬鹿だが、あんたも馬鹿だ! あいつは俺たちの仲間だし、あんたの娘なら、俺たちの娘だ。そうだろ? フリード・グレイシャー!」
ガルハルトさんの怒声は雷鳴のように轟き、衝撃波となって部屋の空気を揺るがした
「……そうだったな、すまん、ガルハルト」
「分かれば良いです。それで、俺たちはどうすればいいんですか?」
「どうか、ハイネを儂とともに連れ戻して欲しい」
『はっ!』
騎士たちの返事が室内に響き渡る。




