間話 リトの思い
―――ローゼン家―――
「クラウ兄なんて大っ嫌いッ!!!」
「こらっ! 待ちなさい、リト!」
リトの怒鳴り声が、ローゼン家全体に響き渡った。
母親のエリーラの制止の声を無視し、そのままリトは玄関の扉を勢いよく開けて外へ飛び出していく。
「何があったんじゃ?」
その声を聞いた居候のフリードは客室から出ると、その場に立ちすくんでいるクラウに問いかける。
「あっ、フリード子爵。おはようございます。これは……えっと、その……」
「突然、リトが『クラウと一緒に訓練したい』って言い出したんです。でも、クラウが危険だって止めたら、あの子怒っちゃって……」
クラウが話そうか言いよどんでいると、エリーラがため息をつきながら、その場を取り繕うように説明する。
「実は今までにも何度か、一緒にやりたいって言われてたんです。でも、そのたびに『危険だから』って止めてたんです。いつもなら渋々でも納得してくれるんですけど、今日はどうしても諦めなくて、それで、俺もつい感情的になっちゃって……言いすぎた、というか……」
クラウは肩を落とし、拳を握ったまま俯いた。
「クラウ、もう少し言い方を考えなさい。ただ、あなたがあの子のためを思って言っているってことは、あの子もきっとわかってるわ。それに、あの子が魔法を使えない以上、訓練なんて……。私がもっと日ごろから注意していれば、こんなことには……」
エリーラは眉間に手を当てながら、小さく息を吐いた。
「なるほどのう」
話を聞いていたフリードは大体の状況を把握する。
「俺、リトを探しに行ってくるよ」
「待つんじゃ」
飛び出していったリトを探しに行こうとするクラウをフリードが止める。
「クラウ、気持ちは分かるが、話を聞く限り、今お主が行っても逆効果じゃろう。よそ者の方が冷静に話を聞けることもある。儂が行こう」
「フリード子爵が!?」
「よそ者だなんて、そんなことおっしゃらないでください」
フリードは自分がリトを探すと言い出した。
エリーラがその言葉の一部に反論する。
「気を遣わんで良い。少しばかり話を聞いてくるだけじゃからのう」
「……分かりました。フリード子爵、お願いします」
「フリード様、よろしくお願いします」
「うむ」
*****
「リトよ、こんなところにおったか」
「……じいじ」
フリードはローゼン家から離れた人通りの少ない場所で、うつむいて座っているリトを見つけた。
「隣に座っても良いか?」
「うん」
リトが小さく頷くのを確認し、フリードはそっと隣に腰を下ろした。
「エリーラとクラウから話は聞いた。どうやら訓練をしたいとクラウに頼んだようじゃな」
「……」
「どうして訓練をしたいと思ったのか、じいじに聞かせてはもらえんかの?」
リトが俯いたまま反応を見せないのを確認し、フリードは少し間を置いて、優しい声で問いかける。
「…………僕は……強くなりたいんだ」
しばらくの沈黙の後、リトはぎゅっと拳を握りしめ、小さな声で答えた。
「強さか……。それが危険で難しいことは分かっておるな?」
「でもッ! やってみなきゃ分からないじゃんか! 僕はクラウ兄みたいに魔法を使えないけど、強くなれるかもしれないのに」
リトは感情を抑えきれず、声を震わせながら言葉をぶつけた。
「その通りじゃ。儂も長年生きてきて、魔法が使えなくても強い者たちを何人も見てきたし、知っておる」
「なら、僕だって……!」
リトの目にほんのり涙が浮かんでいるのを、フリードは静かに見つめる。
「だが、魔法を使える者と使えない者では、その差はあまりに大きい。例えるならば、馬と人が競争するくらいの差がある。いや、実際にはそれ以上かもしれん」
フリードの声には、重みのある静けさが宿っていた。
「その差を努力で埋めようとしたら、そこには人生をかける必要があるじゃろう。儂が出会ってきた彼らの多くは人生をその埋め合わせに費やし、俗世を捨てて己を鍛える道を選んだ。リトよ、聞くが……家族を離れ、一生会えぬかもしれぬ道を進む、それほどの覚悟はあるか?」
フリードは自身の経験から、魔法を使えない者たちの現実を伝える。
「……それは……嫌だ」
リトは視線を地面に落とし、しばらく何も言えなかったが、拳をぎゅっと握りしめたまま、震える声で答えた。
「うむ、いい子じゃ」
フリードは優しい手つきで、リトの頭をなでる。
「衛兵のように街を守るために強くなりたいというなら、儂もエリーラと話し合った上で、指導者を紹介することもできるが、そもそも、何故強くなろうと思ったんじゃ?」
その質問にリトは悩んだ後、答える。
「……あのね、僕、クラウ兄が嘘をついてること知ってるんだ。地面が揺れた日もみんなを守るために戦ってて、今も無理してるはずなのに、心配させないようにって。だから、僕が強くなって、クラウ兄とクラウ兄の代わりに、母さんと父さんを守ろうって思ったんだ」
「なるほどのう、そういうことだったか。リト、少しだけ、ばあばの話をしても良いか?」
「ばあば?」
「うむ。今は空から見守っているばあばじゃ」
「うん。良いよ」
リトは少し戸惑いながらも、フリードの真剣な眼差しに引き込まれていった。
「ばあばもリトと同じように魔法が使えんかった。だが、どんな魔法使いよりもすごい人じゃった」
「そんなにすごいの?」
「この街が出来たのもばあばの力のおかげじゃからな」
「でも、ばあばには魔法は使えないんでしょ?」
「うむ。ばあばの力とは魔法ではない。それはな、人を巻き込む力じゃ。魔法を使える者も使えない者も関係なく、みんな彼女の言葉と行動に惹かれ、この街が出来上がった」
「僕にもそんな力があればなぁ」
「大丈夫じゃ。リトはエリーラに似ておるからのう。相手のことを思い、行動できるはずじゃ。後は相手との対話から逃げないことじゃな。自分の思っていることをクラウに伝えるんじゃ」
「うん!」
そう返事をするリトの顔は、少しだけ前を向いていた。
フリードとリトがローゼン家に帰るとクラウが二人を待っていた。
「ほれ、リト。言いたいことがあるんじゃろ?」
フリードの後ろに隠れていたリトはクラウの前に出る。
「……その、クラウ兄、さっきは怒鳴ってごめんなさい」
「こっちこそ、言いすぎたよ。ごめんな、リト」
リトとクラウはお互いに謝る。
「クラウ、リトはお主が思っているよりも物事を理解している。この機会にお互いの気持ちを話してみよ」
「はい」
クラウは返事をすると、何か言いたげなリトを部屋に連れて行った。
*****
「ジョゼフ、良い家族を持ったな」
「どうしたんですか、急に?」
夕食時、二人になった時に、ジョゼフがフリードに話しかける。
「お主が身分を捨てる選択をしたときは、どうなるかと思ったが、しばらく居候させてもらって、お主の選択は正しかったと実感しただけじゃ」
「そう、ですか」
珍しくフリードから褒められたジョゼフは、喜びよりも困惑する。
「お主も知っておるだろう? ハイネのことを」
「っ! はい。先日、サターシャ殿から伝えられました。どういうつもりですか? 姉さんが生きていると」
ジョゼフはこの機会に、今まで聞けなかったことをフリードに尋ねる。
「そのことについては後日話すつもりじゃ。今は忙しいじゃろうが、時間を空けておいてくれ」
「もちろんです」
「さあ、ご飯にしましょう。クラウ! リト! ご飯できたわよ」
そんな話をしていると、エリーラが料理を持ってきた。
いつも通り、ローゼン家の夕食が始まる。
思ったよりも長くなってしまった。
そんな二章後半も予定通りいけば、あともう少しで終わると思います。




