57話 商人の優劣
商人としてのほのぼの回です。
明日も更新します。
―――クラウ視点―――
アブドラハの襲撃以降、俺の身の回りでは色々な変化があった。
「じいじ! 氷の腕見せて!」
「ほれ、どうじゃ?」
「冷たくて硬いね!」
「わっはっは! そうじゃろう」
中でも一番の変化は、フリード子爵がローゼン家に身を寄せることになったことだろう。
「リト、フリード様にあまり迷惑をかけるんじゃありません」
「ええー、じいじは嫌?」
「うーむ、儂は構わんが」
「ほら、良いって! じいじ大好き」
そして、リトはフリード子爵を『じいじ』と呼ぶほど慕ってしまった。
「とはいえ、儂はあくまで屋敷の修繕が終わるまでの居候の身じゃ。。エリーラの教育方針に口を出すわけにもいかん」
「直ったら、じいじの家に行ってもいい?」
「無論、歓迎しよう」
法衣を纏った男の攻撃により、フリード子爵の屋敷は半壊し、住める状態ではなくなったそうだ。
「フリード様がそう言うなら……」
「行ってきます!」
リトの無邪気な行動に頭を悩ませるエリーラ母さんを横目に、俺は家を出た。
*****
俺のもう一つの変化は、
「いらっしゃいませ!」
「おおっ! 冷気が伝わってきたと思ったが、今年もやってくれるのか?」
「ええ、旦那。7日に一回ですが、今年もかき氷の屋台をやりますよ」
「それはありがてえ! かき氷があれば、この暑さを乗り切れるぜ!」
まだ開店して間もないというのに、さっそく客が来てくれた。
「久しぶりだけど、なんか一年前に戻ったみたいで楽しみだね」
アミルが俺に話しかける。
人手が足りないので、アミルに手伝って欲しいと頼んだ。
アミルも7日に1回ならと快く返事をしてくれた。
うん、俺たちの始まりはこれだよな。
実は、少し前にちょっとした理由で借金をし、かき氷屋台を開くことになった。
話の始まりは、数日前にバルド商会から呼び出しを受けたことにある。
*****
「バルドさん、なんかいつもより機嫌がいいですね」
復興祭が終わり、落ち着いた後、俺はマルハバ商会に呼ばれた。
いつもの部屋に通されると、そこには上機嫌でにやけ面をしているバルドさんが座っていた。
「おう! そりゃあ、今回の復興祭でうちもかなりの利益が見込めそうだからな。こういう騒動の時こそ、商人の腕が試されるってもんだ」
今回のような魔物の大群が襲撃してくる事態は、滅多に起こらない珍しいものらしい。
ルインスに聞いても、なぜ魔物がアブドラハを襲ったのかは教えてくれなかったが、原因はすでに突き止めているので、再び同じ事態が起こることはないだろうと言っていた。
もちろん、これほど危険な魔物の襲撃がもたらした死傷者の存在を思うと、手放しで喜ぶわけにはいかない。
だが、別の見方をすれば、貴重な魔物の素材が一度に大量に手に入る絶好機会でもあった。
この事態は、多くの商人たちにとっても大きく利益を得るチャンスとなったわけだ。
「今回、バルドさんの企画に参加させてもらって、自分が商人としてまだまだ未熟だということを痛感しました。俺なんて自分の店を開くことすら難しい状態だったのに、商人の皆さんは利益のことまでしっかり考えていて……。上手く言葉にできないんですけど、壁みたいなものを感じました」
「まあ、お前は新しく店を開いたばかりだからそんなもんだろ。それに、お前の考えた企画は好評だったし、みんなお前のことを面白いって褒めてたぞ。自分が未熟だってことに気付けただけでも大したもんだ」
バルドさんはそういうと、緩んだ表情を引き締めて、話し始める。
「クラウ、お前はこれからも商人を続けていく気か?」
「はい。今回の復興祭もそうですけど、やっぱり色んな人が喜んでるのを見るとやりがいを感じられて、商人をやっててよかったなって思うので」
「そうか……。なら、お前に質問だ。今回の騒動で順調に儲けることができた商人もいれば、潰れた商人もいる。その商人の違いは何だと思う? もっと言えば、何が商人の優劣を決めると思う?」
バルドさんの問いには、鋭さと深みが込められていた。
この騒動で潰れた商人もいるのか? それはそうか。地震の被害にあった商人もいただろうし、俺みたいに商売を始めたばかりの商人だっていたはずだ。
俺だって運が良かっただけで、もし店の建物が被害を受けていたら、立て直すことができただろうか。
俺も潰れた商人の仲間に入っている可能性だってあった。
考えれば考えるほど、まだまだ未熟だと思い知らされる。
俺には商人としての経験が足りていない。
これが、俺の感じた未熟さなのだろうか?
それにしても、何が商人の優劣を決めるのか、か。
「お金と運と客との関係性、ですか?」
商人に優劣があるのかは疑問だが、俺が未熟だと感じたなら違いはあるはずだ。
そして、バルドさんの質問に対する答えとして、俺が考えられるのはこれくらいだ。
建物が潰れてしまったら、資金がなければどうにもならないだろう。
俺は幸運にも店が無事だったし、商売を続けることができている。
それは、単に俺の運が良かっただけかもしれない。
けれど、運だけじゃないと信じたい。
来てくれる客との関係を大切にしてきたからこそ、今の「ロゼ・クラウン」があると俺は思っている。
俺がこれまでの経験から考えられるのはこれくらいだ。
「なるほどな。確かに商人にとって、どれも重要な要素だ。中には的を射ているものもあるが、俺の考えは少し違う。まずは『金』の話からだ。俺がこの質問をしたとき、多くの奴が真っ先に金と答える。だが、極端な話、一生遊んで暮らせるくらいの価値がある宝を拾って、それを売った奴が、何年も商売を続けて稼いでいる商人よりも優秀だと言えるか?」
「それは……言えませんね」
俺が感じた他の商人との違いはそんなものじゃなかった。
もっと別のところに違いがある気がする。
「ああ。俺も同じ意見だ。金は商売において血液のようなもので、途切れることは商売の終わりを意味する。だが、金は商売の過程で生まれた結果にすぎない。にもかかわらず、真っ先に金を思い浮かべる奴が多いのは、生き物は本能的に“結果”を求めるようにできているからだ」
金は結果か……。ということは、バルドさんが言ってるのは、過程の話か?
「そして、『運』ももちろん重要だが、それには再現性がない。だから、商人の優劣を運で決めるというのは無理だ」
「そうですね」
運は平等だが、人が操れるものじゃない。
これで商人の優劣とやらが決まるのなら、俺は他の商人を凄いとは思わなかっただろう。
「『客との関係性』ってのは、かなり本質に近いな。お前の店が成り立っているのも、この部分が大きいのか? まあ、話を続けよう。
確かに、商売は客がいてこそ成り立つ。だが、もし今回の騒動で店が潰れて、何も売れなくなったらどうだ? どれだけ客との関係を築いていたとしても、それだけでは意味がない。
商人と客の関係性ってのは、お互いに何かしらの利益があるうえで初めて成り立つものだからな。商人の優劣を決めるには少し物足りない」
「じゃあ、バルドさんの答えはなんですか?」
バルドさんには俺にはない視点がある。そこが商人の優劣を決めるポイントなんだろう。
「これはあくまで俺の答えだが、商人の優劣を決めるもの、それは『信用』だ」
「信用ですか?」
「ああ。お前は『信用』というと何を想像する?」
信用か……。考えたこともなかったが、俺はどうやって信用を得てきたんだ? そもそも信用されているのか?
俺のこれまでの経験を思い出せ。
「約束を破らないこととかそれなりの頻度で会うとかですかね?」
「普通の人間関係で言うなら良い回答だろう。だが、商人にとっての人間関係は普通の人間関係とは違う。だから、信用の意味も変わっちまう。商人にとっての信用ってのは、実績の積み重ねなんだ。お前が商人として未熟だと思ったのは、おそらくそこの部分だろうな。今回、俺が声をかけた商人は実績を積んできた奴らばかりだ」
「……その実績っていうのはどういうものなんですか?」
信用と実績がどう関係してるんだ?
どうしても俺の中でその二つが結びつかない。
「商人における実績ってのはな、“金のやり取り”だ。俺たち商人は普通の人間関係と合わせて、必ず金のやり取りが発生する。きちんと従業員に給料を払っているか、期日までに借りた金を返しているか、そういった積み重ねが商人の実績になり、信用に繋がるんだ。そして、それを一度でも疎かにすれば、これまでの積み重ねた実績なんて関係なく、信用は一瞬で崩れ落ちちまう。普通の人間関係なら修復する可能性はあるが、金銭の方で失った信用は戻らない。ここが商人の優劣を分ける」
商人の信用は「人間関係+金のやり取り」によって成り立つから、良好な人間関係を築くことも大事だが、それ以上に金銭のやり取りで約束を守ることの方が大事という訳か。
さっき答えた「客との関係」が本質に近いというのも、良好な人間関係に分類されるからということだろう。
お金を軽視したことはないが、そこまで大事なことだとは思わなかった。
「俺もお金のやり取りはしっかりやってきたんですけど、これは実績になってるんですか?」
「ああ。従業員と客って意味なら、お前は十分実績を積んでいる。だが、肝心な相手との間で実績を積んでいない。お前は少し特殊だからな」
俺はシータ達とお客さんとの間で、実績を積んでいたらしい。
でも、肝心な相手ってなんだ?
「肝心な相手ってのはな、商業組合、もしくは大きな商会だ」




