56話 思惑と交渉
―――聖教国家エルシオン―――
「申し訳ございません。襲撃は失敗しました」
「なんだと!? 英雄の娘と期待していたが、使えんな。貴様にも失望したぞ、リューレン」
襲撃で海人たちの指揮を任されていたリューレンはある海人の男の前で土下座をする。
「やあ、シャルヴァス。私が眠っている間にずいぶん勝手なことをしてくれるね」
「……デスター。なぜ貴様がいる?」
海人族の長であり、王であるシャルヴァスはネフェリウスが現れたことに驚く。
「私が君の部下が全滅させられそうなところを助けてあげたんだ。君たちだけでフリードを倒せるわけがないだろ?」
「チッ。それで、英雄の娘はどうした?」
「それなら今は私の仲間に治療してもらっているところさ」
「あの刀を持っていてやられるとは情けない」
シャルヴァスはため息をつく。
「それで、何故貴様が余の前に現れた?」
「ここは私の国だ。どこにいようが自由だろう?」
「一介の神父ごときが図に乗るな」
シャルヴァスからは殺気が放たれ、側にいるリューレンはその迫力に内心冷や汗をかく。
「行き場を失った君たちを受け入れてあげてるのを忘れたのか?」
「貴様がこの国を興せたのは、余の力によるものだ」
ネフェリウスとシャルヴァスの間で、殺気がぶつかり合い、大気中の魔素にまで影響を及ぼす。
その空気は時間を止めたかのように重く、その場にいるのがリューレンでなければ、その場で意識を手放してしまうほどの圧迫感を放っていた。
「君には忠告しに来ただけさ。機会は平等だ。私を差し置いて秘宝を手にしようとしたことについては咎めるつもりはない。だが、君はその機会を逃した。ここからは私に従ってもらうよ」
「……」
「安心したまえ。秘宝を手にする機会は与えるつもりだ。勝手なことさえしなければ、の話だが」
「話せ」
「ああ、私の計画は……」
*****
「よかろう。リューレン聞いていたな? 次は失望させるなよ」
「心得ました。次こそ必ずや、期待に応えます」
リューレンはそのままどこかへと消えていった。
「我の手元にあるものとあの片割れさえ手に入れば、余の望みが叶う。そうだろう? デスター」
「ああ、もちろん可能だ。まったく、君たちの一族の神は力の分割と言い、封印と言い、余程自らの力を使われることを嫌っていたようだ」
「本来守るべき海人を野放しにして、到底許せん」
「くくくっ、神をも畏れぬ怒り。やはり君と手を組んで良かった。ああ、それとこれは返しておこう」
ネフェリウスはそう言うと、海裂魔刀をシャルヴァスに渡す。
「下らん、ガラクタだ。使用者を選ぶ武器など」
海裂魔刀を手に取りながら、シャルヴァスは一瞥して吐き捨てるように言う。
「それ以上口を開けば、私は君を殺さなければならなくなる」
ネフェリウスが冷たい声で言い放つ。
「教信者とはやっかいなものだな」
「私の用は終わりだ。良い報告を待ってるよ」
そう言い残し、ネフェリウスもシャルヴァスの前から消える。
*****
「おかえりなさいませ。聖帝陛下」
「お久しぶりです。我らが君よ」
「ああ、執事、研究者。君たちは相変わらずだね。報告してくれて助かったよ、アルテ。もう少しで彼女をフリードに捉えられてしまうところだった」
「管理不足で申し訳ありません。大迷宮核についても、本来ならもう少し先に使う予定だったにもかかわらず、海人に使われてしまいました」
「いいんだ。魔物よりもっといい戦力がある。それに、君には私の代わりを任せている以上、文句はないよ」
「ありがたきお言葉」
ネフェリウスは海人達の件については全く気にしていない様子でアルテを許す。
「アルテは引き続き、聖女を手助けしてやってくれ」
「はっ! お任せください」
アルテは一礼すると、そのまま静かに身を翻して退室する。
「さて、ノウス。呼び寄せて悪かったね」
「滅相もございません」
「それで、彼女の様子はどうだい?」
「聖女様のお力もあり、何とか回復しましたが、もう少し遅ければ命を落としていたでしょう。骨も内臓もボロボロで、回復にはかなりの手間がかかりましたよ。ふふふ」
「やはり君に任せて正解だったな」
「ずいぶん彼女のことを気に入られているようで」
「ああ、彼女はフリードの弱みになるからね。それに私は彼女から親と過ごす機会を奪った。当然、彼女にも私に復讐する機会を与えなければいけない」
「ふふふ。あなた様も相変わらずですな」
「もちろん、君にも私を殺す機会はある」
「ご冗談を。あなた様から頂いたこの力も気に入っていますし、自由にできる今の立場に不満はありません」
「そうか。そうなる運命も楽しみだったが。何しろ、君は持たざる者でありながら、私を殺し得る珍しい存在だからね」
ネフェリウスは感情の読めない声で残念がる。
「それで、調子の方はいかがでしたか?」
ノウスはネフェリウスに疑問をぶつける。
「ああ。まだ完全には馴染んでいないが、良い調子だったよ。君が移植してくれた我らが主の力を受け入れるための器、存在自体はこちらが先だが、人族の魔器に倣って、神器という名を与えよう」
「それは良い名です。まさか、帝国が代々守ってきたものが、臓器だとは思いもしませんでしたよ」
「くくくっ、驚くのも無理はないだろうね。それだけこれは誰かが手にしてはいけないものなんだ」
ネフェリウスは自身の体内にある神器があるはずの場所を指す。
「それに、神火の宿主の魔器も疑似的な神器と言っていいだろう。母体が子を形成する間に、その子にも神器を形成させる。神火の宿主が必ず女性でなければいけないのはそのためさ。そして、その子が新たな宿主として力を受け継ぐ。自身の存在を消滅させることができない以上、私のように利用しようとする者の手に渡るより、よほど良い選択だろう」
「なるほど。本来の神器よりは性能が劣るものの、それも神器の枠組みという訳ですか。それにしても、よく帝国が守っていたことを見抜かれましたね」
「私が観た情報を元に、いくつかの手がかりを組み合わせれば簡単だ。なにせ、忠義に厚く、信仰深い種族の神だからね。自身を信仰していた種族が滅び、その姿を変えてもなお、世界のためにその力を使うというのだから素晴らしい」
ネフェリウスは敬意をこめてそう言う。
「そう言えば、フリードに会いに行ったついでに、逃げた神火の宿主にも会ったんだ。おそらく、女帝の娘だろう。髪の色も彼女に似ていた」
「おお、それは素晴らしいですな」
「この神器が馴染めば、次こそは神火を完全に取り込み、私のものにできる。女帝から吸収できた神火の一部も私の力と相性は良いが、あくまで私の目的の副産物にすぎない」
ネフェリウスは肩をすくめて続けた。
「ただ、神眼持ちには誘いを断られてしまったよ」
ネフェリウスは魔人族と人族の混血種の女性を思い浮かべる。
「そうですか。もう一人はいかがいたしましょう?」
「伝承によれば、我らが主は『その瞳をもって、過去に学びて知見を得、現在を見極めて真理を悟り、未来を見通して繁栄を願った』という。それに、神器が馴染んだ影響か、前よりもはっきりと過去が観えるようになってきたんだ。そこから考察するに、どこまで具体的かは分からないが、神眼の持ち主は私が望む未来を知っているはずだ。そうなると分かり合うことはできそうにない。探そうとしても未来を予知して見つけることはできないだろうし、放っておいていい。干渉してこない可能性もあるからね。ノウス、君には可能なら神火を捉えておいてもらいたい。宿主の情報はすでに君の研究室に送ってある」
「承知しました」
「さてと、もう一度私は眠りにつき、過去を辿るとしよう」
「いってらっしゃいませ」
―――騎士団の牢屋―――
「……我に何の用だ?」
騎士団の所有の牢屋で縛られていたカリューの前に文字通り影が現れた。
「お前には二つ選択肢がある。
一つ目は、二度と誰かを襲わないことを誓い、契約を結んだうえで、我々の監視下のもとで生活することだ。これを選んだ場合、すでに戦死した者たちは戻らないが、こちらで捕らえている海人たちは全員同じ条件で解放してやる。
二つ目は、この場で死ぬことだ。これを選んだ場合、仲間もろとも死ぬことになる。慎重に選べ」
影は冷たい瞳でカリューを見下ろしながら、淡々と語った。
カリューは影を睨みつけながら問う。
「襲撃を決断した時点で死ぬ覚悟はできている。だが、なぜ我らを助けようとする?」
その問いに影は一瞬目を閉じ、静かに息を吐いた。
「こちらにも非があるからだ。お前たちの襲撃は罪に問われれば確実に死刑だろう。だが、先にお前たちから秘宝を奪ったのはこちらだ。その事実があっても、お前たちの襲撃の正当性は認められない。そこで、裁かれる前に脱走という形で処理するつもりだ。さらに憎しみを生むのはこちらの望むところではない」
影の言葉は淡々としており、感情を感じさせない。
「我らに秘宝を諦めろと?」
カリューの問いに、影は頷いた。
「そうだ。その代わり、人目に付かない場所で新たな住む土地を提供する。襲撃時にお前たちを目撃している者もいるからな」
「……」
カリューは沈黙したまま目を伏せ、熟考する。
影からの提案は、秘宝を諦める――すなわち、故郷そのものを手放すことを意味していた。
それ以外は、あまりに都合が良すぎる。
「なぜ、我にその話を持ち掛ける?」
「捉えた中で一番の実力があるのがお前だからだ。お前がこれから海人達をまとめるんだ」
「逃げた同胞は?」
「お前がまとめるのは捕らえられた海人だけでいい」
「ふっはっはっは! まさかこんな形で再び戦えるとはな……面白い!」
カリューは突然笑い出した。
「確かに、我に提案するのは正解だ。我には貴様が隠している別の思惑などどうでもよい。我が求めるのは闘争のみ。もう一度、あの小娘と小僧と戦わせろ。それが貴様の提案を飲む条件だ」
「お前の条件など、考慮する価値もない。生かすも殺すも、こちらの判断一つだ。それに、お前は戦いに負けたんだ」
「確かに、結果は我の負けだ。だが、我の中ではあの戦いは終わっていない。本能がまだ戦えと囁いてくる! その条件が認められないなら我はどちらも選ばん! 好きにしろ」
「……」
想定外の回答に、今度は影の方が沈黙することになる。
「良いでしょう」
そこへ、サターシャが現れる。
「ですが、それはあなたの態度次第です。まずは、あなたが海人達をまとめ上げなさい」
サターシャはカリューの条件を受けることを約束した。
「わっはっは! 無論だ。我に任せろ」
*****
「良いんすか? また戦わせるなんて約束して」
カリューの牢屋から離れ、影を操っていたルインスがサターシャに尋ねる。
「ええ。あの男はこちらが条件を飲まなければ動かないでしょう。それに、うちの見習い達の成長を確認するのに丁度いい機会です。ルインス、クラウ様への指導は任せましたよ」
「もちろんっす。そろそろ次の段階へ移ろうと思ってたところっすから」
ルインスはそう言うと、影に身を沈ませた。
再戦の予感……。




