51話 ハイネとサターシャ
―――クラウ視点(ラフィ奪還の少し前)―――
「クラウ様、ルインス! 状況を教えなさい」
「サターシャ!」
「ラフィちゃんが何者かに連れて行かれました。飛んで行った方向から、向かった場所はおそらくフリード様のところっす」
突然現れた法衣の男を追って氷甲虫に移動している最中、サターシャが竜(?)に乗って近づいてきた。
「分かりました。私が取り返すので、二人は逃げなさい」
「嫌だ! 目の前で連れ去られたんだ。俺にもできることがあるならやる!」
「自分がクラウ様を守るっすから、行かせてください」
「……仕方ありませんね」
自分でも馬鹿な行動だと思うが、それでも行かなきゃいけない気がする。
すでに魔素はないはずだが、魔器に感じる暖かい何かが魔素の代わりになり、氷をつくりだすことができる。
よく分からないが、魔法がまだ使えるなら黙って待っているなんてできない。
「寒い」
フリード子爵の豪邸に近づくにつれ、気温は下がっており、吐く息が白くなる。
氷甲虫に乗っていて、寒さに耐性のないはずのルインスは顔色を変えていない。
気で体温を上げているらしいが、それでもつらいはずだ。
そんな中で弱音を吐いてる場合じゃない。
「見えました。……あれはハイネ!?」
「どうしたの?」
「いえ、何でもありません」
隣を飛んでいたサターシャが少し動揺するが、すぐにいつもの調子に戻る。
俺の目には遠くて見えないが、敵の姿を捉えたのだろう。
しばらくすると、俺の目にも法衣の男と海人たちが見えた。
男の手にはラフィが抱えられている。
「あの野郎ッ!」
「飛び出しちゃ駄目っすよ。冷静になるっす」
俺が怒りのまま突撃しようとするのをルインスに抑えられた。
「気持ちは分かるっす。でも、仲間を信じるのも大事っすよ」
「ルインスの言う通りです。クラウ様、まだ魔法は使えますか?」
「うん」
「私が何とかしてラフィと彼を引き離します。それを保護してください。危険な役目ですがルインス、必ず守り抜きなさい」
「任せて」
「了解っす」
しばらく上空から様子を眺める。
すると、法衣の男はラフィの首を持ち、フリード子爵に突きつけた。
「シルヴァから指示がありました。今です!」
サターシャに言われた通り、一気に氷甲虫を加速させ、法衣の男に近づく。
「ラフィを返せっ!!!」
奴の気を引き、サターシャの存在に気づかないようにしなければ。
氷甲虫の速度を最大まで上げるために氷甲虫の後ろから氷を噴出させる。
「影縫い」
ルインスは魔法で落ちないように影で俺たちの体をさらに固定する。
もうすぐラフィに手が届くというところで、何かがラフィの首を持つ法衣の男の腕を切り落とした。
「ルインスっ!」
「任せるっす」
「神火は渡さない」
ルインスがラフィを受け止めたところで、法衣の男が逆の手を伸ばしてくる。
「触るな!」
その手を弾こうと思ったら、手から炎が出てきた。
なんだこれ? やっぱり俺の体がおかしい。いや、そんなことより逃げないと。
体の異変を感じつつも、とにかくこの場を離れて安全な場所に行くのが優先だ。
「騎士団の兵舎へ向かうっす」
「分かった」
法衣の男が追ってきていないのを確認した後、方向を変えて騎士団の兵舎へ向かう。
「さっきの炎は何すか?」
「俺にも分からないんだ。でも、ラフィを助けられてよかった」
フリード邸から離れ、落ち着いたところで炎のことをルインスに聞かれるが、俺にもよく分からない。
あの男は眷属がどうとか言っていた気がするが……。
「何か落ちてる気がするっすけど」
「あれ? ルインス、ごめ……」
気が抜けた瞬間、俺は意識を失い、俺たちを乗せた氷甲虫はそのまま高度を落していった。
*****
「ふぅ、本当にお疲れ様っす。ここまで無理させるなんて情けない限りっす」
ルインスは氷甲虫が不時着する前にクラウとラフィを担ぎ上げ、何とか無事に着陸し、そのまま医療設備が整っている騎士団の兵舎へと向かった。
―――サターシャ視点―――
「やはりハイネでしたか」
「サターシャか」
アブドラハから離れた場所でハイネ達に追いついた。
「どうしてあなたが海人といるんですか? それにあれだけ見せないようにしていた腕を隠そうともせずに」
「お前と昔話をするつもりはない」
「姫。お逃げください。我々が時間を稼ぎます」
リューレン達が前に出て、逃げる時間を稼ごうとする。
「ハイネ様はサターシャに任せます」
「シルヴァ、ありがとうございます」
シルヴァが海人達の相手をすると言い、サターシャはそれに礼を言うと、ハイネの元へ移動する。
「行かせるな!」
「ふっ」
サターシャの邪魔をしようとする海人の首に赤黒い線が通り過ぎ、一瞬のうちに胴から切り離される。
「あたしが相手する! お前たちはシルヴァをやれ。海裂魔刀!」
「真理の瞳、遅速する世界」
ハイネは海裂魔刀を引き抜き、サターシャに振り下ろすが、危険を感じたサターシャは未来視と体感時間の感覚を引き延ばすことで避ける。
「あなたも魔剣を手にしたのですね」
「裂海」
ハイネは不可視の攻撃を続けるが、それをサターシャは避け続ける。
「やめなさい。魔剣は感情に流されて振るえば必ず身を滅ぼしますよ。一度話しましょう」
「お前はいつもそうだ! 冷静で正しくて、あたしと同じ混血のくせに人族に近い見た目で、そのくせ力だけは受け継いで。いつもあたしにないものを持ってる。そんなお前に話すことなんてない!」
「……仕方ありません。力ずくであなたを止めましょう。血魔気」
「何? 暗くなった? それに血の匂い?」
サターシャの雰囲気が一変し、目は深紅になり、体からは赤黒い液体がまるで命を持ったように溢れ出していく。
徐々に空気が淀み、周囲が薄暗く染まる。
それは視覚と嗅覚を侵す、恐怖そのものだった。
ハイネはサターシャから放たれる不気味な気配に圧倒されはじめる。
「波濤十閃!!!」
ハイネは水圧を分割し、巨大な波のように重い10本の水刃をサターシャへと放った。
各刃は一撃ごとに異なる方向に飛び、サターシャを包み込むように迫る。
「乱血散華」
サターシャは全方位から迫る水刃を全ていなし、避けても追撃してくる刃を次々とはじき返しながら、舞うようにハイネの元へ近づく。
剣を振るうたびに舞う血飛沫と剣閃は、まるで華が散るように写る。
「はあっ!」
サターシャの一閃により、水の刃は全て水しぶきに変わる。
「その刀を下ろしなさい」
そのままハイネの首元へ剣を突き付け、静かに宣告した。
「くそっ……」
ハイネは海裂魔刀を下ろすが、
「なんて、かかったな!」
降参すると見せかけ、地面に突き刺した。
「海崩!」
「なっ!?」
「ぐっ」
その瞬間、刀を中心とした狭い範囲に凄まじい重圧がかかった。
空気が押し潰されるような轟音が鳴り響き、周囲の地面が激しく沈み込み、空間そのものが歪む。
ハイネとサターシャはその圧力に抗う間もなく膝を突き、全身にかかる重さが骨をきしませた。
全身に何百、何千もの石が積み上げられ、大地そのものに押さえつけられているような感覚が二人を襲う。
二人は力尽きて地面に倒れ込み、血が目、口、耳から流れ、そのままハイネは気を失った。
「ふぅ……自分をおとりに使うとは……。私の負けですね」
サターシャは血塗れの身体を引きずりながら、その圧倒的な領域からようやく這い出した。
内臓のいくつかが潰れ、骨も何本か折れている。
気による身体強化で痛みを無理やり抑え込み、どうにかして立ち上がる。
サターシャの目では視覚情報から計算できる未来しか見ることはできない。
海裂魔刀が持つ物理法則から外れた計算できない力には弱く、「裂海」のように真上から圧力が届くまでに時間差があれば、サターシャの驚異的な身体能力を駆使することで避けることは可能だが、「海崩」のような広範囲に瞬時に作用する技には弱く、そこをハイネにつかれた。
「ですが、あなたは連れて帰りますよ」
気絶したハイネを連れて行こうと近寄ったところで、
「彼女は渡せないよ。魔人の、名前はサターシャだったかな?」
ネフェリウスが上空から現れ、倒れているハイネを担ぎ上げる。
「まだ……が存在していれば、……の……は君だったかも……ないね。君も私の元へ来ないか? ともに」
「断ります。彼女を渡しなさい」
サターシャは鼓膜が破れていてネフェリウスの言葉を上手く聞き取れないが、雰囲気で誘いを断る。
「同じ神眼持ち同士仲良くやれると思ったんだが、残念だよ」
「サターシャ! 大丈夫ですか?」
「……すみません」
海人達との戦闘をやめ、シルヴァがサターシャの元へ駆け寄ると、サターシャは限界を迎え意識を手放す。
「シルヴァ、ここはお互い手を引こうじゃないか。賢い君なら分かるだろ?」
「デスター、今度は何を企んでいるのですか!?」
「それは秘密さ。また君に私の計画を邪魔されては困る。ダリウスは元気か?」
「ダリウスは亡くなりましたよ」
「……そうか」
「あなたに悲しむ資格などありません」
「ああ、その通りだ」
シルヴァは飛竜を呼び寄せ、サターシャを背負うとその場を立ち去った。
誤字報告ありがとうございます。




