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42話 ルインスの過去

「そういえば、ルインスはなんで騎士になったの?」


 食事をしながら、俺はルインスに聞いてみた。

 前からルインスは騎士をやるような性格じゃないとは思っていた。


「つまらない話っすよ。聞きます?」


 普段は話したがりのルインスが珍しく渋っている。

 この雰囲気はどこかで感じたことがある


「いや、話したくないなら良いけど。もしかして、前に俺と似てるって言ってた人が関係してる?」

「そこまで話したなら教えて差し上げなさい」

「まあ、そうっすね。どこから話しましょうか……」




 *****




 おれが生まれたのは没落寸前の貴族の家だった。

 かつては暗殺業で財を築いていたらしいが、その魔法は子孫に継がれることなく、家は次第に衰退していった。

 力こそがすべての世界で魔法が引き継がれずに没落していくなんて貴族にはよくある話だ。


「その魔法は……! よくやった。お前は我が家の宝だ」


 ある日、先祖が一代でこの家を築き上げたとされる魔法をおれが使えると分かった途端、おれの扱いは一変した。


 ジャラ……ジャラ……


 普段は逃げられないように手枷でつながれ、任務の時だけは監視されながら目標を暗殺し続ける、そんな毎日だった。


「よくやった。お前は私たちの宝物だ」


 任務を終えれば決まってそう言われ、すぐに一日中、常に明るい部屋に入れられた。

 手枷で繋がれてしまえば逃げることもできないというのに、自分たちの影を操られないように徹底的に管理された。

 暗殺の訓練として、毒を飲まされ、痛みへの耐性をつけるために拷問に近いこともされた。


 おれは別にどうでもよかった。

 はじめはおれをずっと照らす光が憎かったが、慣れてしまえば眠ることもできるし、やりたいこともない。

 自分がただの道具なんだと自覚したら、苦しい気持ちはなくなっていた。


「おまえはだれ?」

「シッ……じっとして」


 いつも通り、やることもなくただ茫然としていたら、おれとおなじくらいの歳の子が鍵を持って部屋に入ってきた。

 そして、おれの手枷を外している。


「わたしはここではたらいてる*****。あなたをたすけにきたの」


 名前は思い出せない。

 彼女はおれに手を差し伸べてきた。


「……おれのことはほうっておいていいよ」

「なに言ってるの! こんなところにとじこめておくなんておかしいわ。あなたは自由になっていいのよ」


 自由? 何を言ってるのか分からなかったが、気づけばその手をつかんでいた。

 今思えば、その子があまりにも必死だったからだろうか。


「逃げて。わたしがつれてこれるのはここまで」

「おまえはどうするの?」

「わたしはかぎをかえさなくちゃ。あなたがにげる時間をかせぐわ。おれいはいらないわ」


 なんで逃げるのか分からなかったが、せっかく任務以外で外に出れたのだ。

 俺はなんとなく任務で何度か訪れた街へ向かうことにした。




 *****




 はらへったな。あっ、いいところにくだものがある。……うん、おいしい。


 おれは初めて任務以外の目的で来る街を堪能していた。

 好きな時に好きなものを食べられる。

 いつも時間通りに出てくる味気ない食事とは違い、街にはおいしいものがたくさんあった。


「コラッ! 盗みはやめるっすよ」

「これおいしいな。またあとでたべよう」

「ちょっと待つっす」


 誰かがおれの肩をつかんだ。

 振り返ると、みすぼらしい恰好のおじさんが立っていた。


「なに? おれに何かよう?」

「今食べてるそれ、あそこから盗んだ奴っすよね。ちゃんと見てたっすよ」

「ぬすむって? ……うん、おいしい」

「本当に分からないんすか? 良いっすか、少年。それはあの店の商品っす。お金を払わないといけないんすよ」

「おかね? なにそれ」

「おいっ、そこのガキッ! それうちの商品じゃねえか!」


 また知らないおじさんが出てきた。

 めんどくさいから逃げよう。


「待つっす」


 おれは捕まれて、その場から逃げられなかった。


「このガキ、ただじゃおかねえぞ」

「すみませんっす。お金は払うんで許してもらえないでしょうか?」

「なんだお前がこのガキの親か? ガキは一発ぶん殴らなきゃわかんねえんだよっ」


 バキッっと鈍い音がその場に響いた。

 だが、俺には痛みがなく、何故か、みすぼらしいおじさんがおれをかばって殴られていた。


「二度とこんなことをしないようきちんと教えるのでどうか許してほしいっす」

「チッ……次、同じことしたらただじゃおかねえからな」


 みすぼらしいおじさんがお金を渡して謝ると、別のおじさんはそのまま戻っていった。


「いいっすか? お金を払わないとこうなるっす」

「なんで、おじさんがなぐられたの? やりかえせばいいじゃん」

「いやいや、暴力では何も解決しないっす。人には言葉があるんだから、分かり合うまで話せばいいんす。そういえば、少年、名前は?」

「なまえなんてないよ」


 昔は名前があった気もするが、おれに魔法が使えるようになってからは呼ばれたことがないので、忘れてしまった。


「じゃあ、今日から『ルインス』って名乗るっす。なんかしっくりくる名前っすよね。それと、見たところ住む場所もないみたいだし……よかったら自分のところに来ないっすか? 自分がルインスに色々と教えるっす」


 そう言って、おじさんはおれに手を差し伸べた。

 おれは少女の時もこんな感じだったなと思い、またしても手を握っていた。

 分からないことばかりで行く当てもないし、教えてもらおう。


「おじさんはだれ?」

「ああ、自己紹介を忘れてたっすね。自分はダリウスっす」

「へんなしゃべりかた」

「よく言われるっす」

「それに『ルインス』なんて、おじさんのなまえと似てていやだよ」

「そうっすか? 良いと思うんすけどね」


 おれとダリウスの生活はこうして始まった。




 *****




「ルインス、分かったっすか? 人のものは盗んじゃダメっす。人の命なんてもってのほかっす。あと、暴力も禁止っす」

「分かったから。でも、それだと相手が向かってきたらどうするの?」

「その時は話し合いっす。暴力に頼るのは簡単だけど、本当の強さってのは言葉で解決することなんすよ。自分はこれまでそうやって生きてきたんすから。」

「うそつき。ダリウスが話し合いで解決してるの見たことないよ。毎回他所の騒動に首を突っ込んで、全部相手の気が済むまで殴られて終わりじゃん」

「いやいや、本当っすよ。自分がこの巧みな話術で何人の女性を口説いてきたか」

「それ関係ないじゃん。しかも、この前ダリウスが見向きもされずに振られてたの見てたし」

「なっ、見てたんすか?」


 ダリウスは俺にこの世界の常識や生活に必要な知識を教えてくれた。

 この生活の中で、少しずつ俺の中にも道具には不要として捨てた感情が芽生えてきた。



 街を散策していたある日には、


 あの子、店のものを盗んでる。しかもあの店は、初めてダリウスと出会った時に怒ってた店主のところだ。


 俺と同じように店の商品を盗んでいる子を見つけた。


 どうしようか悩んでいると、


「ここにあった商品がねえ! またお前がやりやがったのか! 懲りずに何度もやりやがって。だからガキは嫌いなんだ」


 完全な言いがかりだ。

 盗んだ子を捕まえても良いが、俺と似たような境遇の子を捕まえようとは思わなかった。


「ああ、俺が盗んで食べたよ」

「このガキッ、今度こそ舐めた真似ができないように俺が教育してやるッ」


 俺は首根っこをつかまれ、人目がつかない場所へ連れていかれた。


「これでッ、少しはッ、反省したか!」


 何度殴られようが、この程度の苦痛なんて道具だったころに比べればマシだ。

 少しも態度を変えない俺に店主は益々腹を立て、もう一度俺を殴ろうとしたとき、


「ルインス! 探したっすよ」


 ダリウスがやってきた。


「てめえ、確かこいつの親だったな。またこいつがうちの商品を盗みやがったぞ」

「うちの子はそんなことしないっす。やったとしても何か理由があったはずっす。どうか許してほしいっす」

「どんな理由があろうと関係ねぇ。お前が甘やかすから何度もやるんだろ? 俺がこいつの性根を叩きなおしてやる!」

「殴るなら自分をやるっす。それであなたの気がすむならっすけど」

「うるせぇ、引っ込んでろ」


 そう言って、またダリウスが殴られた。




 結局、店主の気が済むまで俺の代わりにダリウスが殴られ続けた。


「なんで……ダリウスが」

「親が子を守るのなんて当然じゃないっすか。それに、何か理由があったのはルインスの顔を見れば分かるっすよ」


 ふらふらしながらも、ダリウスは俺を背負い、家へと向かった。


「でも、俺とダリウスは血がつながってないよ?」

「血なんて関係ないっす。大事なのはお互いがどう思うかっすから。ルインスは嫌っすか?」

「……分かんない」

「あはは、いてて。今はそれでいいんすよ。さて、今日は頑張ったルインスに何を作るっすかね」


 ダリウスは痛む顔を抑えながら優しく答えた。







 そして、事件は起こった。


「ルインス、逃げるっすよ」

「何があったの?」

「どうやら貴族がルインスのことを探してるみたいっす。あまり時間がないっす」

「ダリウスも一緒だよね?」

「自分は話すためにここに残るっす。だから、ルインス一人で逃げるっす」

「嫌だ! なんで? 一緒に逃げようよ」

「そうしたいっすけど、子供を預かる以上、義理は通さなければいけないっす。それに、関係ない人を巻き込むわけにはいかないっすから。もしもの時は、アブドラハっていう辺境にいるはずのシルヴァという男を頼るっすよ。上手くいったら、一緒に逃げるっす」

「約束だよ」

「もちろんっすよ」


 俺は影を残し、街の外へ出た。

 今は夜だ。外まで出れば俺の魔法なら捕まることはない。




「失礼。ここに我が家のものがいると報告があったのだが?」


 そう言ってダリウスの家に姿を見せたのは、俺の元親の貴族だ。

 何人かの部下を引き連れている。


「ええ、預かってるっすよ」


 ダリウスは正直にそう答えた。


 なんでっ! 知らないって言えば、見逃してくれるかもしれないのに!


「あれは私の宝物だ。返してもらう」

「ルインスは道具じゃない。優しい心を持った未来ある子供っす。その未来を奪ってルインスを道具として扱うあなたには任せられない。お引き取り願うっすよ」

「ルインス? 勝手に名前まで付けおって。あいつは天が私に与えたものだ。速やかに差し出さなければ、と言いたいところだが、すでにあいつの情報を知っているお前には死んでもらう」

「あくまでルインスを道具扱いするんすか?」

「魔法を感知しました。例の子は街の外にいます」


 まさか、感知魔法を使える奴がいたのか?

 俺を探すために雇ったのかもしれない。考えれば分かったことだ。


「ルインス、逃げるっす! 『眠れ眠れ』」


 ダリウスは貴族の部下の感知魔法使いを眠らせた。


「チッ、貴様も魔法使いだったか。愚かな真似を。殺せ」

「はあっ!」


 貴族の配下の一人が、ダリウスをズバッと切り捨てた。


「ダリウスッ!!!!」


 街の外にいる俺の声はダリウスに届かない。


「クソッ、起きないか。あの子はまだ近くにいるはずだ! すぐに外へ向かうぞ」


 倒れているダリウスをそのままに、俺を探すためにその場から離れた。

 離れたのを確認した後、俺は影をダリウスの元へ近づけた。


 視覚や聴覚を共有できるんだ。声だって伝わるはず。


「ダリウス、しっかりしてよ! 一緒に逃げるって約束だったでしょ!」

「……この声は、ルインス、っすか?」


 不思議なことに、これまで視覚と聴覚しか共有できなかった影から声まで共有できるようになった。

 本の知識でしか知らないが、これが魔法の成長というやつだろうか。

 ダリウスは息も絶え絶えといった様子で、こちらの声に反応した。


「ルインス、申し訳ないっす。親らしいこと、何もできなくて。……あの日街で見かけたルインスを昔の自分と重ねたんす」

「ううん。ダリウスは色々俺に教えてくれたじゃんか! これからも俺に教えてよ!」

「……ルインスは優しい子っすよ。その力もルインス自身も誰かを殺すためのものじゃないっす。ルインスにも、いつか……きっと、分かるときが来るっす。だから、今は逃げるっす。幸せに生きる……」


 ダリウスの言葉はそこで途切れた。

 病院まで運ぼうにも、影では持ち上げることができない。


「ここら辺じゃないか?」


 遠くの方から声が聞こえる。

 奴らも街の外へ出たようだ。





 俺が追手から逃げ切り、もう一度ダリウスの元へ向かった時、そこには静寂が広がっていた。

 ダリウスはもう息をしていなかったが、その顔には穏やかな表情が残っていた。


 この後は、ダリウスに言われた通り、アブドラハのシルヴァという男の元へ向かった。


「あんたがシルヴァっすか?」

「そうですが、どこかで聞き覚えのあるその口調、もしや」

「ダリウスの息子、ルインスっす。父のダリウスは死んだっす。聞いたところによるとあんた、騎士なんすよね? 自分を騎士団に入れるっす」




 *****




「こんな感じでフロスト騎士団に入ったわけっす」

「……」

「なーんて、脚色だらけの作り話っす。ささっ、食べ終わった後は片付けるっすよ」

「もっとダリウスさんの話を聞かせてよ」

「いいっすよ。あの人はほんと女だけじゃなく、酒も弱くって……」


 この後も俺とサターシャは、ダリウスさんとの思い出を懐かしそうに語るルインスの話に耳を傾けた。







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