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41話 大地の恵みに感謝を

 さて、この巨大猪相手にどうやって立ち回るか。

 まずは拘束だな。


「お前が今どこに立ってるのか忘れたか? 先手必勝! 氷蛇拘束」


 巨大猪が立っているのは、俺の魔法の氷の上だ。

 下から無数の氷蛇が絡みつき、そのまま締め上げて凍らせる。


氷蟲群襲ひょうちゅうぐんしゅう


 氷虫の殺意マシマシ版、『氷蟲』はいたずらで使うような代物じゃない。

 全体が強化され、氷の硬度も刃の鋭さも倍増している。

 今や、生きた武器そのものだ。手の部分は鋭い鎌のように変化し、相手の肌を裂きながら登っていく。

 氷蟲の硬度は現実にはありえないほど氷の密度を圧縮しているため、鉄すら凌駕する。


 ただ、これには相応の代償がある。

 氷虫の10倍ほどの魔素を喰うのだ。自然に存在しない強度を再現しようとするから、大量の魔素を使ってしまうらしい。

「動作」を加える程度なら魔素の消費は抑えられるが、「強度」を求めるほど消費量も跳ね上がる。

 ちなみに、「飛行」させる氷甲虫なんかも空を飛ばせるなんて不自然さを増す分、かなりの魔素を食う。


 そして、恐るべき特徴は、攻撃だけに留まらない。


「ブルルルルル」


 無数の氷蟲が相手の鼻や付近に刃を突き立てぴたりと張り付き、そのまま固まって窒息させる。


 巨大猪は鼻息を荒くしながら顔を振って振り落とそうとするが、氷虫の鋭い刃が深く刺さっていて、なかなか振りほどけず、体や顔からは血を流している。


 苦しませたくないし、早めにケリをつけよう。


 ドッドッドッ!


 巨大猪は氷蛇をやっとのことで振り払い、一心不乱にこちらに向かって突進してくる。ようやく俺の獲物から離れてくれたな。


氷釘壁ひょうちょうへき!」


 巨大な釘の付いた氷壁が目の前に現れ、巨大猪はそのまま壁に激突した。


「ごめんな、でもおいしくいただくからな」


 氷で剣を作り、その場で動けず、虫の息をしている巨大猪にとどめを刺す。


 もっと楽に逝かせる方法があったかもしれないが、大きな魔法を使えば仕留めた雉も猪も食べられなくなる可能性があった。

 俺は身勝手だ。謝りながら、それでもおいしく食べることを約束する。


 そして、氷蟲はなるべく使わないようにしよう。

 相手から落ちないように工夫しただけなのに、あれはひどすぎる。

 戦いを省みながら、どうやって解体するか悩むのだった。




 *****




「クラウ様、お疲れ様っす」


 俺は解体方法も知らないし、水場もないのでどうしようかと悩んでいたところに、飄々とした様子でルインスがやってきた。


 あれだけ次に会ったら嫌というほど凍らせてやると息巻いていたのに、今はそんな気分になれなかった。

 戦闘による疲労というより精神的な疲労、それに昨日から何も食べていない空腹のせいで、気を抜いたら何もできなくなりそうだ。


「いつから居たんだよ」

「まあ、それは後にして、まずはこれを拠点に運んじゃいましょう」


 ルインスが巨大猪に触れると、巨大猪は影に沈み込んで移動し始めた。


「何それ。魔法でそんなこともできるの?」

「便利な魔法でしょ? こっちに水場があるんでついてくるっすよ」


 俺は雉の方を持って、ルインスについていくことにした。




 体感としては15分くらい歩いただろうか。

 サーッと水の流れるような音がして、木々を抜けると、それなりに大きな川が流れていた。


「こんなところに水場があったんだ」

「クラウ様の拠点からもう少しだったんすけど、惜しかったっすね。もう少し上に騎士団でよく野営で使う場所があるっす」


 俺はその少し上流の方を見やった。

 確かに、水の流れは穏やかで、周囲には緑が広がっていたが、木が生えていない平地が見える。そこにはなんと、サターシャが立っていた。


「サターシャ! 帰ってきたんだね」

「はい、昨日アブドラハに帰還しました。クラウ様、お疲れ様です」


 サターシャはそう言うと、俺の体が返り血で汚れているにもかかわらず、ぎゅっと抱きしめてきた。

 その温もりが心地よく、疲れが少し和らぐ。


「今、汚れてるから」

「気にしませんよ。本当に頑張りましたね」


 その言葉に涙が出そうになったが、ルインスがいる手前、絶対に流したくないと耐える。


「ほら、さっそく解体するっすよ」


 相変わらず能天気なルインスは、巨大猪を手際よく解体し始めていた。


「ルインス、あなたは一人でそれをやりなさい。クラウ様、私がやり方を教えましょう」


 サターシャは俺に優しく微笑みかけ、まるで俺を気遣うように言った。

 彼女の言葉に従い、俺は解体のやりかたを学ぶことになった。


「それで、いつから俺のことを見てたの?」

「ずっとって訳じゃないっすけど、基本は影から見てたっすよ」


 ルインスは黒のうねうねを指さした。

 前にも見たが、どうやら、あの影とは視覚も共有できるらしい。


「あと、この猪を連れてきたのはルインス?」

「そうっすね。ただ、近くまで連れてきたのは事実っすけど、あのタイミングで突撃するとは思わなかったっす」


 まじか。雉を仕留めて気を抜いていた俺に、自然の厳しさを教えようとルインスが送り込んだものだと思っていた。


「それに、クラウ様なら逃げ出すかなと思ってたっす。まさか立ち向かうとは想定外でした。そこで初めて今まで鍛えていた成果を自覚すると考えてたんすけど、どうも上手くいかないっすね」

「それは、俺も獲物をとられて頭に血が上ってたのもあるから。それに、鍛えてたおかげで体力が切れることはなかったよ」


 実際、鍛える前の俺だったら、足場が不安定な森の中、長時間音を立てず慎重に歩くことなんて難しかっただろう。

 体力も上がっていることは分かったし、地味な努力の成果を実感できたのは良かった。


「それなら良かったっすけどね。こっちは副団長が飛び出さないよう抑えるのに必死だったんすよ」

「サターシャも見てたんだ」

「ええ。クラウ様の成長を見れて嬉しかったですよ。ですが、魔法を使う際に少し躊躇っていましたね?」

「……うん」


 やはり、攻撃する時の躊躇いはまだ拭えていない。


「相手と命を懸けて戦うという経験を積んだだけでも大きな成長でしょう。これがあるのとないのとでは、いざという時に大きな違いになりますから」


 サターシャが言うように、これまでの戦いよりもさらに命の重みを感じることができた。

 それでも、望んでこんなことをしたいとは思わないが。

 出来ればいざという時なんて来ないで欲しいけど、無理なんだろうなとは思う。


「さて、解体もそろそろ終わりそうですし、クラウ様は火の準備を頼むっす」





 俺の目の前には、串に刺さった肉がたくさん並べてある。

 食べきれなさそうな分は騎士団と俺の家族で食べる予定だ。

 何しろ、巨大猪は大人数でも食べきれないほどの量だからな。


「これは心臓っすね。生でもいけるんすけど、焼きますか?」

「当り前です。クラウ様に生のまま食べさせようとしないでください」


 ルインスは色々と他の食材や香辛料なんかも持ってきてくれていたみたいで、料理までやってくれている。

 サターシャも慣れた手つきで肉を焼いている。


「この猪は魔牙猪まがいのししっていうんす。魔素の影響か通常の猪よりも体が大きく育ちやすくて丈夫なんすよね。ただ、凶暴な肉食で森の生態系を壊すので、定期的に狩る必要があるっす。この個体はまだ子供っすけど、大人になると牙も大きくなって、人を食べるようになるんすよ」

「食事の前にそんな話はやめなさい」


 ルインスはうんちくを始め、サターシャは冷たくツッコミを入れている。

 大きいなと思ってたのに、あの大きさで子供なのかよ。

 なんかまがいものみたいな名前だし。

 騎士団はいつもこんな感じなのだろうか。

 俺は考える気力もなく、その光景を見ながら呆然としていた。


「クラウ様、焼けましたよ」


 サターシャから焼けた猪肉を渡された。


 ぐぅぅぅぅぅぅぅ


 すごく良いにおいで、俺は空腹だったことを思い出した。

 大きな腹の音が鳴って少し恥ずかしいが、誰もそれを指摘する者はいない。


「みんなで食べようよ。こんなにあるんだし」

「そうっすね。こっちも山菜とキノコで作ったスープできたっすよ。猪肉たっぷりで美味そうっす」

「この山雉の丸焼きはまだですね。では、私もいただきましょう」


 二人とも手を止め、食べられそうな串焼きを手に取る。


『大地の恵みに感謝を』


 突然、二人が静かに手を合わせたので、思わず目を見張った。


「えっ、何それ?」

「これは、古くから狩人に伝わる、命を懸けて得た獲物への感謝を捧げ、自然とのつながりを尊ぶ儀式です」


 俺も二人に倣い、手を合わせて大地へ感謝する。


「大地の恵みに感謝を」


 俺の頭には初めて狩った雉、命を懸けて戦った魔牙猪の姿が浮かんだ。

 しばらくして目を開け、串焼きを見つめ直す。同じはずのそれが、どこか違って見えた。


 もう限界だ。肉の香ばしい匂いが嗅覚を刺激して我慢できなくなる。


「……うまい」


 一口噛みしめ、ごくりと飲み込む。

 いつも何気なくやっているその行為が、今はまるで特別な儀式のように感じる。

 当たり前のことなのに涙腺が刺激され、溜まっていた涙が自然と零れ落ちた。


 肉の味付けは、香辛料が絶妙に効いていて完璧だった。


 多分、俺はこの感動を忘れることはないだろう。

 暗くなった森の中、ゆらりと燃える火の前でその味わいに浸りながらそう思った。




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